私たちは繭の中
hayaseRyou
魔女と退魔師
カツカツカツ―――――。
赤いヒールの音を響かせて、レディは夜の街を歩いていた。
全身真っ赤なドレスを身にまとい、その唇を彩るルージュまでもが、濃い深紅。
うねる黒髪と白い肌だけが、赤ではないことが不思議なくらい、彼女には赤が似合っていた。
この街で今一番輝いて目立っているのは、間違いなくレディ、彼女と言えよう。
しかし誰も、彼女に気づかない。
客寄せの店員、すれ違うサラリーマン、肩を寄せ合うカップルたち。
彼らは確かにレディのことを視界に入れる。
赤を纏った彼女を見る。
しかし、彼女のことを風景の一部として認識してしまうのだ。
まるでそこらの街路樹を見たときのように。
レディは魔女だ。
それも、歴代魔女の中でも最も優れた魔女と言えよう。
魔女に求められる知識、ワザ、そして黒猫。
全てにおいて、レディは完璧だった。
人々がレディを認識できないのも、魔女のなせるワザのせい。
レディはピタリと足を止めた。
そこは、鮮やかな色を纏うレディに相応しくない、暗く狭い、ジメジメとした路地裏だった。
「この私を呼び出すなんて、一体何事かしら。」
凛とした声が、路地裏に響いた。
「魔女殿、魔法使いの弟子を引き取ったのだとか。」
路地裏の影が蠢き、しわがれた老女の声で語った。
「あら、耳が早いのね。そうよ。彼は私が預かった。余計な手出しは無用よ。」
レディは眉間にシワを寄せて続ける。
「貴方、もしかしてずっとそのままのつもり?私のことは呼び出しといて、自分は影を飛ばすだけなんて、いかにも貴方らしいけども。」
呆れたように鼻で笑うレディの周りには、心なしか冷たいブリザードが吹き荒れている。
レディは滅多に外出をしない。
呼び出しに応じた形となった今宵の外出は、実に数カ月ぶりである。
加えてレディは、この影の主である老女が嫌いだ。
どれくらいかと言うと、ハンバーグにこっそり刻んで入れられた人参くらいには嫌いなのだ。
よってレディの機嫌は、すこぶる悪い。
「私もいい年なのでな。齢80を越えたこの婆(ばば)を引きずり出すなど、無情なことは言わんでくれ。」
「では代替わりをするといい。次代はもう子供という歳でもあるまい。力も充分あると聞く。私は15で魔女の名を継いだ。」
「いやはや、この婆、まだまだ頑張りますぞ。」
カッカッカッと笑う声は、さながら魔女のよう。
この婆、名を西條美代子といい、退魔師の名を持つ者である。
ある特殊な力と役割を持つ者のことを、名持ちというのだが、魔女や退魔師は、名持ちの一種。
代を重ね、そのワザと知識を受け継ぎ強化していくのだ。
美代子は名持ちの中で最も高齢で、次代への代替わりが近いはず。
しかしその気配が感じられぬのだ。
レディはそのことに不信感を抱いている。
名持ちの持つ権限や役割は大きい。
美代子はそれを利用して、何か良からぬことを企んでいるのではないかと懸念しているのだ。
「それで、御要件は何かしら。」
レディは苛立ちを押し殺し、笑みを浮かべてそう問うた。
「魔法使いがのぅ。店を閉じてしもうて、困っておるのじゃ。おぬし、魔法使いと仲が良かったろう。ちと様子を見てきてくれんか。」
「ご自分の配下を行かせるといい。私は忙しい。」
魔法使いは道具を売っている。
ただの道具ではない。
チカラを持った、特別な道具だ。
退魔師を名乗り、魔を払う美代子は、魔法使いの道具を度々購入していた。
「おぬしも知っておろう。魔法使いが店を『閉じた』ということは、半端な者では店が見つけられぬということじゃ。チカラを持った者でないと、もはや店にたどり着くことは不可能じゃ。」
「魔法使いの道具がなくとも、そのお年で現役を続ける貴女であれば、問題はないでしょう。大人しく店の開店を待つことね。」
レディは察した。
つまり美代子は、レディを通して魔法使いの様子を探りに来たのだ。
「どうしても魔法使いのことが気になるのなら、他をあたりなさい。」
レディは踵を返し、影に背を向ける。
「おぉ、そうじゃ。」
コロリ。
小さく硬い物体が、レディの前に転がり落ちた。
「魔法使いから最後に買い取ったものじゃ。おぬしにやる。」
レディの背後で影は一度大きく膨らみ、縮んだ。
その影にはもう、美代子の気配はなかった。
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