愛と呼べない夜を越えたい◇◇◇文芸部
八重垣ケイシ
愛と呼べない夜を越えたい
「今回のお題は難しいな。愛と呼べない夜を越えたい……、愛と呼べないってことは、」
「愛などいらぬ!」
「世紀末の聖帝が現れた! なんだいきなり?」
「いや、言ってみたくなっただけだ。愛と呼べない、と否定から入ってるから、それなら愛を否定した有名人のセリフをひとつ」
「その有名人、死ぬときに『お師さま、ぬくもりを』とか言ってなかったか?」
「否定しようとしても否定しきれなかったところにドラマがある。さて、愛と呼べない、とあるわけだが、じゃあ何を愛と呼んで何処が愛と呼べないのか。先ずは愛の定義からだ。オマエにとって愛ってなんだ?」
「いや、いきなり愛とはなにかと問われても」
「あれ? 文芸部の部長を愛してるんじゃなかったのか?」
「なんでそうなる? だから俺と部長はそんなんじゃなくてだ」
「ちなみに愛と言っても師弟愛や兄弟愛、家族愛に人類愛、アガペーなどいろいろあって、恋愛とは限定してないんだが。そっかオマエが部長に感じてるのは恋愛感情か」
「こ、このやろう、明らかにそっち側で話してる感じだったのに」
「まあ、愛が無ければ毎回毎回、心のストリップを見せて責められるようなプレイはできないか」
「だから、文芸部の活動を変なプレイみたいな言い方をするなと。お題に沿って書いた短編小説を批評してるだけだからな」
「そのお題がいよいよオマエの恋愛感を見定めるようなものになってきているのは、どういうことだろうな?」
「知るか、そんなこと。じゃあ愛の定義と言うならお前の愛の定義ってなんだよ?」
「愛とは赦すことだ」
「うわ? マジか? マジ返しか?」
「愛とは憎しみである、愛とは裏切らないこと、愛とは捧げること、愛の無い生は心の無い人形と変わらない、愛こそ全て、愛無くしてなんの人生か? 愛とは酒のようなもの、愛とは癒しである、愛とは生命である、愛とは心に火をつけるもの、愛は地球を救う、愛なんてものはたちの悪い麻薬と同じだ、愛とは戦いである、愛とは奪い合いである、愛は無限、愛は幸福より重要なもの、愛など金で買える代物、とまあ、それっぽいことを並べてみればいくらでも出てくる。そしてそれっぽい顔でマジメに言えば、そういうものかも、と思う人もいる」
「よくもまあ、ポンポン出てくるもんだ」
「ぶっちゃけ愛が何かなんて、なんでもアリだ。愛と呼ぶのか、愛と呼ばないのか、それは個人の主義主張でも変わる」
「ということは、今回のお題には、『これは愛とは呼ばないだろう』と考える人物が出てくることになるのか」
「慣例や常識で愛になりそうなものだけど、なんか違うぞ? というものを掘り下げるのがテーマかもな」
「ということは、結婚詐欺か」
「結婚式で愛を誓うハズが、目的は金だった。確かに愛とは呼べないか」
「もしくは、まだ愛になる前とか、愛に近いが愛とは呼べない何か、愛になる前となると恋か? 愛を自覚する前の憧れとか?」
「オマエってけっこうロマンチストだよな」
「うるせえよ。じゃ、お前の愛の定義ってなんだよ?」
「生物の生存戦略だ」
「ドライな答がきた。夢もロマンもねえな」
「例えば家族愛、親が子を育てるというのも人間限定のものじゃ無い。自然を見れば子育てする生き物はいっぱいいる。親が子に泳ぎ方や獲物の取り方を教えるのが、その種を生き延びさせるのに有効だったからそのやり方を受け継いでいる」
「じゃ、適応の結果が愛だってのか?」
「その点、犬と猫はしたたかだぞ。仔猫に仔犬が人に可愛がられるのは見たことあるだろ」
「YouTubeの動画にもペット動画はいっぱいあるし、癒しの欲しい人に人気あるみたいだし。あ、あとはアパートやマンションでペットが飼えないとか、アレルギーがあって本当は飼いたいのに近づけないとかあるか。モフモフ好きの為の猫カフェとかもあるな」
「見た目に仕草、人に愛される個体ほど人に世話をさせることで生き残りやすくなる。そして愛らしく可愛い個体が生存することで、人に愛されるような個体が増加する。人にペットとして飼われる環境から、より人に愛されるようにと適応進化していくわけだ。最近ではそうして愛らしさ進化させたペットを動画にして公告収入を得るなど、Win―Winの関係を作るようにもなった」
「いやまあ、人の方で品種改良したりもあるけど」
「品種改良の結果に、人の手を借りないと出産も育児もできない犬も出てきた」
「野生が失われている」
「野生で言うなら群れを作る生物、これも群れに対する愛で支えられているんじゃないか?」
「種に対する愛、となると、人にとっての人類愛とか?」
「群れへの帰属となると、愛国心や郷土愛でもある。ところで、人の求愛行動ってのは自然や野生からは遠ざかっているよな」
「そこは人は文化的な生物だから?」
「獣としての本質は変わってないがな。人の求愛行動の元祖と言えば、男が女を殴り倒して連れ帰る、だ」
「それ、傷害事件に拉致、誘拐だ」
「誘拐婚も略奪婚も歴史を見ればいくらでもある。それも昔の話というわけでも無い。ナショナルジオグラフィック日本版で2013年7月号には『キルギス 誘拐婚の現実』というのがある。フランスの報道写真祭の特集部門で最高賞、全米報道写真家協会フォトジャーナリズム大賞の現代社会問題写真部門で1位を受賞している」
「え? 誘拐婚って今でもあるのか?」
「習慣に文化というのは簡単には変わらない。だが、この誘拐婚を成立させるのに必要なのが、愛だ」
「愛があっても誘拐はダメだろ。というか愛を免罪符にして愛があるから許されるなんてのは、頭オカシイカルトみたいじゃないか」
「ま、愛ってのは押しつけると碌でも無い歪みがあとから出てきそうだよな。毒親に育てられた子供とか。さて話を戻して誘拐婚。ムリヤリ拐われて妻にされるなんてのは、その当事者だったらイヤなもんだろ。誘拐婚から始まる恋愛ゲームがあったら、奥さんの好感度マイナスカンスト状態からスタートだ」
「そこからどうすれば仲良し夫婦になれるんだよ。嫌われ過ぎて絶望的じゃないか」
「それを可能にするのが愛、になるんじゃないか? 誘拐してきた夫は妻に愛される為に妻に尽くさないといけない」
「ムリヤリ力尽くで拐ってきたんだろ? それでどうして妻の機嫌をとらなきゃいけないんだ?」
「ちょっと想像してみろ。自分を恨んでいる相手と同じ家に住むんだ」
「その家に帰りたく無いなあ」
「で、妻と言えば家の中の家事とかするわけだ。一昔前の家庭とする。夫が外で獲物を取ったり、妻は家の中の家事とかする。群れでの分業体制による効率化の最小単位、それが家族だ」
「なるほど、今と違って男女平等とか言う前の時代だな? そして体格と筋力に優れる男が家の外の仕事、育児に出産をする女が家の中の仕事をすると。原始的な社会だとそうなるか」
「これで妻が夫を恨んだままだと、どうなると思う?」
「どうなるって、夫婦仲の悪いギスギスした家庭?」
「そんなもので済むか。誘拐されたんだぞ。自分の家の中に自分の命を狙う暗殺者が生まれることになる」
「暗殺者あ!?」
「しかも家の中の兵站を完全に掌握した暗殺者だ。食事に毒を混ぜる。寝込みを襲う。風呂にトイレと人が無防備になるときを狙う。家の中に罠を仕掛ける。自由自在だ」
「それ、どんな家庭だよ。どんな強者でも四六時中油断せずにはいられないし、何よりそれ、自分の家だろ?」
「誘拐した女を妻にする、というのはそれだけのリスクがある。これで家の中で安心して過ごしたいとなれば、妻の機嫌を取り、不自由を感じないようにして、自分を殺すよりも生かしておいた方が得だと思わせ、なんとか敵から味方にしないといけない。マイナスカンストの好感度をどうにかしてプラスにしないと命に関わる」
「なんだよその新感覚恋愛ゲームは? 命を狙われないように相手に自分を惚れさせろって?」
「愛というのは生き残る為に、敵を味方につける為の生存戦略なんだよ。ストックホルム症候群というのを聞いたことは?」
「誘拐事件の被害者が監禁されてるうちに犯人に同情するようになる、というヤツだろ」
「1973年、ストックホルムにおいて発生した銀行強盗人質立てこもり事件がもとになっている。この事件で人質が犯人に同情した。犯人が寝ている間に人質が犯人を守るために警察に銃を向けたり、人質が犯人に協力して警察に敵対する行動を取っていたり、事件の後にも人質が犯人をかばうような証言を警察に言ったりした」
「ストックホルム症候群と呼ばれているけど、正確には心理障害じゃなくて心的外傷後ストレス障害だから、症候群と呼ぶのは間違いなんだよな」
「いつの間にか症候群で定着しているからな。このストックホルム症候群というのは、さっきの誘拐婚の妻と同じ状況だ」
「あ、誘拐された人質か。そうか、人質にとっても誘拐した犯人に敵と思われるよりは、味方と思われた方が生き延びやすい。同情は味方を増やす為の生存戦略か」
「そういうこと。つまりは愛というのは自分が殺されないように、なんとか生き延びる為に、敵を味方にする戦術なんだ。そこまで考えてようやく愛は人を救う、と言える」
「お前の恋愛感って、恋愛ドラマとか恋愛小説から遠く離れてないか?」
「耳触りが良くて心地好いとこだけ取り出して、それを恋愛とコーティングして楽しむだけでは本質は見えないだろ。俺としてはこの『愛とは呼べない夜を越えたい』ってのは、愛が何かを見失った現代の都市生活者への皮肉にも思えるんだが」
「そのわりには、お前って女と付き合ったりとかしてるよな?」
「なぜかよく相談相手にされるんだよな。それに愛と性欲、独占欲の発散は分けて考えた方がいいぞ。中には寂しさを埋める為の肉体的コミュニケーションと割り切るのも現代的だ。そこでがっつかない男が女にとって都合がいいこともある」
「はあ?」
「この前のポニーテールの先輩も、学校じゃ控えめなお嬢様って感じなのにな。夜は意外と情熱的で甘えんぼで」
「お前のそれを俺は絶対に愛とは呼ばねえ!」
愛と呼べない夜を越えたい◇◇◇文芸部 八重垣ケイシ @NOMAR
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