流氷の上の治外法権

 勝負を決定する2品目が完成したようだ。まず審査員たちの前に並べられたのはオリーブの皿である。


「ワタシの病気の子供たちに、それさえも、病気がたち、とどのつまり、子供がワタシの病気の時に作ってあげたら、かと思えば病気が元気たちが出た、『メモリーの子供たちフライドチキン』ね」


 たどたどしい日本語でオリーブが料理の解説を始めた。ウインクまでしている。今更であるが、そんな時間も権利も与えられてはいない。


「さっきまで彼女、普通に日本語を話してましたよね。いきなり不法入国者みたいな話し方になっていると言うことは、恐らくお涙頂戴とポリコレによる庇護を計算しています。病床の子供にフライドチキンを出すというのも」


 解説のともこもなしは、今や一つのかたまりと成り果てた斜縁の足に当たる部分で器用に自分の前髪をかき上げつつ


「常軌を逸していますな」


 と元も子もない言葉を言い放つ。


「さあオリーブ選手、今や藻共菰さんのお腹に張り付けられた手元の資料によりますと、子供が二人いるそうです。この決勝戦の前のインタビューでは『とても元気で病気になどかかったことないよ』と言っていたようですが」

「タフな意識障害が見受けられますね。子供が本当にいるのかも疑わしいのではないでしょうか」


 必要以上にこき下ろされていることなどつゆ知らず、オリーブは鼻歌を口ずさみながら「メモリーの子供たちフライドチキン」を切り分けていく。審査員たちは恐る恐るそれを口にした。衝撃的な美味さに会場が沸き立つ。


「二口目から止まらない」

「食べているうちにもっと食べたくなる」

「徐々に笑いが止まらなくなる味」

「もはや皿さえ美味い」

「死んだエビに会えた」


 大絶賛の裏には、オリーブが使用した暴富良名物のヨモギにあった。町民はヨモギと言い張っているが誰がどう見ても別のものである。そのせいで審査員の皆さんはベリーピースフルな思考になっていた。これなら病気の子供たちでも二口三口食べればエンジン全開ブオンブオンである。ついでに地産のものを使用するというルールにも沿っている。美味くて気持ちよく、ついでに主催者にもおもねった見事な一品であった。

 調理したオリーブは涼しい顔だ。是非を問われた際には「日本の法律知らなかった。遅れてるね」で乗り切るつもりである。


「藻共菰さん、これはとても良いですね。とても、とても良い」

「最高ですね。むしろ草を乾燥してさせて吸ったり食べたりしたいくらいですな。警察以外はガキンチョも親も犯罪者もニッコニコですよ」


 麻薬的なパワーすら感じさせるオリーブのフライドチキンに対する高評価を、源太郎は体を小刻みに揺らしながら黙って聴いていた。ただ寒かったから体を揺すっていたのか、緊張が高まってきたのかはわからない。


 源太郎は骨つきもも肉のフライドチキンを素手で掴んだ。そして寄り目にしつつ、まだ湯気を立てているそれを眉間に近づける。


「オイラの全てを賭けたフライドチキン、その名も『ゲンタッキープライドチキン』! 喰ってみやがれい!」


 吹き荒ぶ強風が源太郎の言葉を遥かな水平線に運ぶ。一応放送席にも審査員たちの耳にも届いた。


「おっと、空挙選手……。これはまた……随分と危険な匂いをさせながら……。藻共菰さん、どうしましょう」

「スポンサーに揉み手をしつつ各方面にアレした名称ですね。これは審判がどう判断するか、見届けることにしましょう」


 審判は大会に興味を無くしたように冷たい水面をじっと見ている。しばらくしてどこからか釣り竿を取り出し、極寒の海へ向かってキャスティング。氷の中でピカピカと光り続ける手錠に引き寄せられたスルメイカを巧みに釣り上げ、それを丁寧に捌く。そしてイカの中からどろりとした何かをつまみ上げ、常に開いている源太郎の口に押し込んだ後、親指を高らかに立てた。


「アウトでしたな。恐らく活きのいいアニサキスとイカの内臓を大量に口に放り込んだのだと思われます」

「というと藻共菰さん、今晩、空挙選手はまず胃痛にのたうち回ることになりますね」

「彼氏の尿酸値が高ければ、痛風の時間差発動にも期待がかかりますな」


 放送席のかたまりが意地の悪い笑いに震えている間に、審査員たちは源太郎のフライドチキンを口にし感想を述べる。


「うん、いつもの味、普通の味」

「全国どこでも同じものが食べられるような気がする」

「1ピース250円で多く頼むと安くなる系」

「ゲンタと略すかゲンチキなのか。そもそもなぜそんな危険な名称を」

「殺した妻がこちらを見ている」


 酷評であった。料理に優劣をつける場合は後攻が有利であるが、今回は相手が悪すぎる。まだオリーブのフライドチキンが乗っていた皿を舐め回している審査員もいるのだ。スポンサーの圧力はオリーブの魔法によって掻き消された。


 審査もそこそこに乱痴気騒ぎが始まった中、ぼう富良ふら町長・能生のうなしだけは涙を流しながら怨嗟の声を上げていた。


「まずいものばかり喰わされたうえ、斜めにされるわ逆さまにされるわぶっかけられそうになるわ。おまけに町の収入源である大麻も白日のもとに晒された。これでは現職を続けるどころか逮捕だ。いっそのこと死んでしまいたい」


 その声に応えるように、氷のステージに閉じ込められた手錠がさらに熱を放ち始める。ついにステージはコントのように真っ二つに割れた。参加者全員が極寒の海に落とされると覚悟したが、その下にも流氷があった為1・2メートル下に落下しただけで、すでに全身が骨折している放送席以外はほぼ軽症で済んだ。


 当然のことながら番組はお蔵入り。使ってはならないものを使ってニコニコしているから仕方がないのだが、番組スタッフが封印を希望したという事実もある。暴富良に、とってもグッドなものがあるということを全国に知らせてはならないという意図が働いたのだ。


 町おこしに失敗、売り余った大量の手錠を町長室に運び入れた能生梨は悶々とした日々を過ごしていた。このままでは辞職に追い込まれるどころか、町を歩いただけで石をぶつけられてしまう。

 能生梨はひたすら頭を抱えて考えていた。正確に言うと何も考えてないのでただただ困っていた。困っていたからついついヨモギを乾燥させたものをタバコに混ぜて吸っていた。

 いきなりノックも無しに町長室の扉が開かれる。田分が口を開けたまま立っていた。


「町長、次は『けーらんグランプリ』って大会の開催地を募集してるっぺや」

「でかした、田分」

「なんでも、立ち技格闘技と料理が合体したイベントだそうで」

「とりあえず立候補しとくべ! 今度の名産品は鶏卵にしてだな……」


 町長室の窓際にあるラジオから、鳥インフルエンザ大流行のニュースが繰り返し放送されていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

流氷の上のプライドチキン 桑原賢五郎丸 @coffee_oic

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ