放送席墜落

 揚げ物シェフの頂点を決める世界大会、SPC(センタッキープライドチキン)決勝戦。

 現在のところ、圧倒的に日本代表のからあげげんろうが、サモア系アメリカ人のオリーブ・バターフライを突き放している。

 そもそもが日本人を優勝させる為の世界大会である。オリーブが優勝するチャンスは最初から無い、完全な出来レースであった。オリーブが訴えたように差別があるわけではなく、やらせなのである。単純に日本人が優勝すれば大会側としては誰でもいいのだった。例えそれが源太郎のように、恐らく健康保険や国民年金を払っていないのだろうな、たぶん住所不定なんだろうな、きっとじゃんけんの時パーしか出せないんだろうなと思わせるヒトであっても。


 それぞれが2品目の準備に突入する。オリーブは


「そこらへんの道に捨ててあったから拾ってきたね」


 と早口でボソボソと言うや、騒いでいる鶏の足を掴み、逆さ吊りにして首をスッパリと刎ねた。沿岸にいる養鶏業と思しき男が鎌を片手に何事かを怒鳴り続けているので、地産のものには間違いないのだろう。

 大会のルールには「材料を盗んではダメ」とは書かれていない。「いくらなんでも書かなくてもわかるだろそれくらい、な? 常識としてな?」というのが大会側の見解である。新鮮な鶏を調達した過程に関しては不問に処された。


 血抜きを済ませ腹を割き、香草と思しき葉っぱや黒い塊を詰め込んでいく。そして丸ごとの鶏をドボンと油へ投入した。


「オリーブ選手、またもマカダミアナッツチョコを使用した模様ですが、ともこもさん、あの選手はなんというかその、大丈夫なんでしょうか」

「ハサミも使いようなので、彼女も使いようによってはまあ、問題には発展しないんじゃないですかね」


 相変わらず激しく旋回し続ける雑な放送席で、雑な解説が述べられた。そんなことを知る由もなく、オリーブは更に何かを描いた茹で卵を卵液とパン粉に付け、そのまま鍋に放り投げる。


 その頃、審査員席でもみくちゃになりながら斜め逆立ち状態にあった能生のうなしは、色々なことを後悔していた。なぜ極寒の海上でまずい揚げ物を食べなければいけないのか。なぜ顔どころか手も映らないような審査員席でもみくちゃにされているのか。そしてなぜこんなトチ狂った大会が自分の治めるぼう富良ふら町で開催されているのか。

 全ては自分の無知・無能のせいであるのだが、そんな正論は身も心も斜に構えた能生梨には通用しない。全ての責任から老町長は目を逸らし、屈辱に頬を濡らしたつもりが斜め逆さだったので額を濡らした。涙の落ちた先で、流氷に閉じ込められた暴富良名産の手錠がピカピカと暖かな光を放っている。


 源太郎もやはり鶏料理で勝負に出るようだ。半身のもも肉を取り出して高く掲げ、一際大きな声で宣言した。


「オイラはこの安かった骨付きもも肉、ブラジ」


 産地を言い切る前に、後ろから音もなく近づいた審判が源太郎の股間を蹴り上げた。白目を剥きひざまづいた首筋へスタンガン。ビクンビクンと痙攣をする源太郎の後頭部に巨大な氷での一撃を加えつつ審判は親指をまっすぐに立てる。


「空挙選手、ワンアウト。ともこもさん、これは『地産地消違反』ですか。それとも『食べられる』という方に」


 途中まで話しかけたしゃべりの動きが止まった。どこからか飛んできた吹き矢が額に刺さっている。5メートル下では審判が親指をまっすぐに立てていた。


「おっと私、なぜかワンナウトのようです」


 流血しながらも笑顔で実況を続ける斜縁を、ここがチャンスとばかりに藻共菰の頭突きが襲った。鈍い衝撃音と共にソファから滑り落ちる斜縁だったが、その手は藻共菰のベルトをしっかりと握っていた。最後まで一つのまま流氷に叩きつけられる放送席。


 ずるり……と起き上がった源太郎は、時々思い出したように動きを止めながらも香草や調味料を肉にまぶし、低温でじっくりと揚げていく。


 色々な箇所を骨折しながら手足をスパゲティのように絡ませ合い、一心同体のかたまりと成り果てた放送席の二人が声を発した。


「私の顔に藻共菰さんの藻共菰さんが押し付けられて不愉快な状況ですが、どうやら二人ともフライドチキンで勝負するようです。藻共菰さんの藻共菰さん、どう見ますか」

「まさに両者のプライドを賭けた、プライドチキンといったところかもしれませんね、ええ」

「もう少し専門的なことは言えないんですか」


藻共菰の駄洒落に斜縁は失笑で応えた。

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