悪役令嬢ですけど婚約破棄されて実家勘当されたら性癖:下剋上に目覚めましたわ!!

 教会とメルナスの貞操の危機を回避して早二週間。

 フェルの怪我も完治し、すっかり元の平穏な生活が戻った教会。

 快気祝いと称して教会の庭先で少しだけ豪勢な食事を取ることとなったメルナスたち。


「王都に戻られたクラウド様が教会本部に話をつけてくれたおかげで神父様も新しい領主様と一緒に来月には着任してくださるそうですし、教会も安泰ですね。……これで馬に乗らずに済みました」

「まさか王都に出向くのを渋っていた理由が馬が苦手だからだとは思いませんでしたわ」

「お恥ずかしい……」


 なんてことはない真相に肩透かしを食らったのも良い思い出である。

 ミケはもっと早くに動いていればあそこまで大事にならなかったのに、と後悔しているようであったが。


「領主様はブルベック家の親戚筋の方だそうですわね」

「あれより酷くなることがなければ誰でもいいさ」


 今は食事を終え、せっかくだからと子供たちを遊ばせつつ、三人はお茶会を楽しんでいた。

 せめてものお詫びにとセバスが差し入れてくれた茶葉はメルナスも認めるほど上質なもので、公爵令嬢時代に戻ったようなつかの間の優雅な昼下がりである。


「けれど少し刺激的な日々が恋しくなってきましたわね」

「冗談だろ。もうあんなのは暫く御免だ」

「日々健やかに、子供たちが育っていける環境であればそれが一番ですよ」


 ミケも神父の問題が片付き、背負っていたものから解放されたのか表情はいつになく柔らかだ。

 彼女も元は今のようにもっとおおらかで天然気味な性格の持ち主であるので、ようやく本来の気質を取り戻したということだろう。


「思っていたよりも退屈なのですね、シスターというのは……こんな調子では聖女になるまでどれだけ時間が掛かるのやら」


 ぼそりと零したメルナスだが、ミケは耳ざとくその呟きを聞き逃さなかった。


「まあ! メルナスさん、聖女様に憧れが?」

「え? ええ、まあ、そうですわね。貴族でなくなった今、わたくしの目的を果たす為には聖女になるのが一番の近道かと思いまして」

「お前が聖女ぉ? そんなタマかよ? もっとこう、お淑やかで無垢な奴が呼ばれるもんだぞ」


 下剋上されるため、という超個人的で欲望に塗れた目的を思えばメルナスほど聖女に相応しくない人物はいない。

 フェルの指摘は的を射ていた──のだが、


「何を仰るんですか。メルナスさんが教会に来てから尽力して下さっています。きっと今の聖女様のようにもなれるでしょう」

「そうは思えないけどな」

「フェルさんも聞いたでしょう? あの時、お屋敷で語ってくださったメルナスさんの考えは素晴らしいものでした」

「!!!! 分かってくださるのですかシスターミケ! わたくしの性癖をアッヅぃ!!」


 勢い良く立ち上がった拍子に上がった紅茶の飛沫を顔面に受け、悶えるメルナスを余所にミケは胸に手を当ててあの時のメルナスの啖呵を想起する。

 間違いなく認識の齟齬が発生しているのだが、一体どこに勘違いする要素があったのか。


「メルナスさんが求めるのは見下していた者に見下し返される事、言葉は確かに乱暴ですがそれは貴族も平民も問わない、平等な世の中を目指したいということですよね?」

「んんぅー? それはちょっとズレてるような……?」


 メルナスが首を傾げるも、深い感銘を受けたらしいミケの語りは止まらない。


「しかもそれが生癖──生まれた時から胸に抱いていた、自分が自分であるために譲れない理念だなんて、素晴らしいではありませんか!」


 そんな都合の良い勘違いある???


「ま、まあそうとも言い換えられなくもありません……わね?」


 ミケの圧に負け、メルナスも曖昧に頷いてしまう。

 信仰に厚く、勘違いしてしまったミケの勢いは凄まじくメルナスも言い負けていた。

 メルナスも家族の一員となり、遠慮がなくなったとも言える。


「そのためにも! このエクィナス教会で女神フローレンスに祈りを捧げましょう! 女神様はいつも見ていてくださりますよ! それに王都から神父様がいらっしゃればきっと神父様もメルナスさんのお考えを支持してくださるはずです!!」

「う、うっす……ですわ」


 リオネとはまた違う天敵が思わぬところから現れたメルナス。元とはいえ悪役令嬢らしい、ざまぁである。

 そして新たに現れた天敵と過去の天敵、夢の競演が訪れようとしていた。


「ご、ごめんくださーい!」


 教会の入口の方から聞こえてくる女性の声。

 礼拝の時間は過ぎている、となれば何かの問題を抱える子羊の来訪かと信仰に燃えるミケは駆けていった。

 残されたフェルはマイペースに紅茶を口に運び、メルナスははてとまた首を傾げた。その声に聞き覚えがあるような気がしたのだ。

 ついでに言えば性癖に目覚めてからついぞ感じることのなかった嫌な予感、というものをひしひしと感じていた。


「メルナスさん! あなたにお客様ですよー!」

「だってよ」

「え、ええ……どなたでしょうか……」


 ミケの後ろをついてくる人影に目を凝らし、そしてメルナスは絶句した。


「メルナス様ー!!!!」

「なんであなたが来るんですの!?」


 忘れもしない主人公にして、原作でも性癖に目覚めた後でもメルナスの天敵、今最も未来の王妃に近い女、リオネ・ゼアノール伯爵嬢がそこにはいた。


「お久しぶりです、メルナス様!!」

「いや圧が強いですわ! というかなんでわざわざ恋敵の追放先に来てるんですの!?」

「あれからずっとライオット様を説得して、ようやく分かっていただけたんです!」

「はぁあああ!?」


 どうしてようやく追放出来た悪役令嬢をリオネが呼び戻そうと骨を折っているのか、メルナスには全くもって理解出来なかった。

 あまりに良い子すぎることが発覚し、ああして突き放してヘイトを向けさせたはずなのに、と。


「メルナス様は王国にとってもなくてはならないお方です。メルナス様が去った後でメルナス様が在学中に貢献していた多くの事業や学院の運営に影響が出て、ライオット様や生徒会の方々も苦労なさっているようで……」

「いやいや! 学院ではわたくし、大した仕事はしておりませんわよ!? 精々ライオット様の手伝いをしていたくらいですわ!」

「はい、ですがメルナス様の後釜を狙った方々もあまりの忙しさに音を上げてしまって。私も手伝ってはいるのですが、とても一人では……やはりメルナス様はすごいお方です!」


 実家である公爵家に関しては追放後の事を考えて資料や方針を固めておいたが、メルナスにとって片手間の作業でしかなかった学院の方は一切引き継ぎを行っていなかった。

 メルナスは必要ないと考えていたようだが、自覚のないまま学院でも想像以上に色々と貢献していたらしい。相変わらず無駄で嫌味なスペックをしている。


「メルナス様! どうか学院に戻ってきてください!」

「絶対にお断りですわ! だいたい自分で追放したのだから自分のケツぐらい自分でお拭きなさいな!」

「そこをなんとか! ライオット様は私が絶対に頭を下げさせますので!!」

「なんともなりませんわ! というか、えぇ……あなた、原作ではそんな男を尻に敷くタイプだったかしら……?」

「私が弱かったからメルナス様をこんな目に合わせてしまったと反省しました! 私はもう自分の言葉も意思も曲げたりしません!!」


 この一ヵ月と少しの間に随分と逞しくなったらしいリオネ。

 形は原作通りに戻して追放されたはずだが、メルナスの見えない所でもどんどんと外れていってしまったようだ。


「メルナス様がお戻りになれば今度は私が、ライオット様から婚約破棄をしていただきます!」

「ひえぇ……なんですのこの子、なんでこんな強い子に育ってしまったんですの……」


 リオネにたじたじになって、助けを求めるように視線を彷徨わせる。

 ミケは駄目だ。にこにこと見守っているだけ。学校生活が上手くいっているか心配していた母が仲の良い友達を家に連れてきた子供を見るようだ。

 ではフェルは、と視線を動かせば、気難しそうに腕を組んでメルナスを睨んでいた。


「随分と人気者じゃねえか。流石はお貴族さまだ」

「え、なんで拗ねてますの?」


 たとえるなら自分だけだと思っていた親友が他の友達と仲良く話しているのを見てしまったような、そんな感じだった。


「!? どことなくメルナス様を思わせる高貴な雰囲気と幼い容姿……まさかお産みになられたのですか!?」

「どんな勘違いしてますの! わたくしは今も昔も清い身体のままですわ!」

「誰が誰のガキだって!? やっぱり貴族は全員気に入らねえ!」

「あーもうフェルさんも落ち着いてくださいまし!」


 早々には収拾のつかないてんやわんわの大騒ぎ。

 刺激が欲しいとは願ったが、こんな展開は望んでいない。

 そう、望んでいたのは単純明快、鮮烈痛快な──


わたくしはただ下剋上されたいだけですのにー!!!!」


 晴天の下、メルナスの悲痛な叫びが響き渡った。


「ンアッづい!!!!」


 ざまぁ。




悪役令嬢ですけど婚約破棄されて実家勘当されたら性癖:下剋上に目覚めましたわ


~Fin~

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悪役令嬢ですけど婚約破棄されて実家勘当されたら性癖:下剋上に目覚めましたわ 詩野 @uta50

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