一件落着ですわ!

 元公爵令嬢としても、シスターとしてもらしからぬ拳でプルーキーを床に沈め、危機を回避したメルナス。

 しかしそれは目先の危機をやり過ごしただけ。

 プルーキーが目を覚ませば間違いなくメルナスたちを罪に問い、教会を潰そうとするだろう。


「今の内に子供たちを連れて村を出ましょう」

「そう、だな……シスターからお尋ね者になるなんてな」


 倒れ伏したプルーキーを一瞥し、フェルが苦笑する。


「あら、後悔していますの?」

「別に……わぷっ!?」


 メルナスは照れくさそうにそっぽを向いたフェルを胸に抱きしめた。

 今も服は破れたままなのでほぼ生乳の胸に顔が埋もれた。


「ご安心してくださいな。ひもじい思いはさせませんわよ」

「ぶはぁっ! ガキ扱いすんな! 離せ馬鹿!」

「おほほっ、照れずともいいんですのよ」


 そうして一頻りフェルに構い倒した後、メルナスはセバスに一礼する。

 紳士な老執事はメルナスから目を逸らしていた。


「申し訳ありませんわ、あなたの主に粗相を働いてしまいました」

「いえ……プルーキー様を止めて下さり、感謝いたします。目が覚めたら教会について取り計らっていただけるように進言しましょう。ですからどうかお待ちいただけませんか?」


 セバスの提案に無駄だと首を横に振った。

 殴り飛ばされて改心するようなタイプではない。きっと目覚めたら血眼になってメルナスたちを探す事だろう。


「このままわたくしたちを見逃してくださるだけで十分ですわ。それにあなたも街に行って騎士団に匿ってもらった方がよろしいですわよ」

「長年このブルベック家に伝えて参りました。裏切ることは出来ません。それにこの老体一つで怒りが収まるのであれば、惜しくはありません」


 そうですの、とメルナスはそれ以上セバスを説得する気はないようだった。

 メルナスがフェルに手を出されるまでそうだったように、自分が望むことの邪魔をされるのは腹立たしいことだからだ。一緒にするなと言いたい。


「メルナスさん……ごめんなさい。私がもっと早くに決断していれば、恐ろしい思いをせずに済んだのに……」

「謝らないでくださいな。言ったはずですわ、わたくしわたくしが最良と思う選択をしているだけだと」


 だから気にする事はないと肩を竦めた。

 ミケは頷き、花開くように笑った。


「さて、それじゃあ急いで教会に戻りましょう」

「ってお前、その格好で外に出るつもりか!?」

「仕方ないじゃありませんの。戻らないと着替えもありませんし」

「メイドの給仕服でよければお使いください」

「ありがたい申し出ですがわたくしはシスター、今更メイド服に袖は通せませんわ」

「メルナスさん、その気持ちはありがたいですが流石にそれは……」


 三人から説得されるもメルナスは一向に頷こうとはしない。

 シスターとして真に自覚を持ち、誇りを持って袖を通すその意思は称賛されるべきなのかもしれないが、これでは痴女である。


(それに村を出るなら最後に一度くらい露出プレイをしてみたいですわ!!)


 痴女だった。

 立つ鳥跡を濁さずに出ていけ。もしくは焼き鳥にでもなってろ。


「さあいきますわよ!!」

「だから行くな馬鹿!」


 部屋を出て門へと向かおうとするメルナスをフェルが後ろから羽交い締めにするが、バイタリティーに溢れた限界性癖現役シスターは止まらない。フェルを引きずりながらとうとう門の目前にまで来てしまった。

 このままでは村の青少年たちや教会で大人しく待っているはずの子供たちに深刻な悪影響が出てしまう。

 ──と、追いかけてきたミケがベッドから引き剥がしてきたシーツを放り投げようとした時、門から一歩出たメルナスが何かにばさりと突き当たる。


「んぷぁ!?」

「噂で聞いた以上に苛烈なお嬢様のようだ、とは思っていたがその格好は些かお転婆がすぎるぞ、メルナス嬢……」


 頭から被ることになった布を剥がすと、メルナスの前では上半身がワイシャツという随分とラフな騎士団長クラウドがあきれ顔で額を押さえていた。


「あの時の騎士団長……? けど、なんで?」

「明日、王都に戻ることになって、今日の内に教会に寄らせてもらおうと尋ねたら子供たちに君たちを助けてほしいと頼まれてね。元々、街の住人からこの村の領主の噂は聞いていた。その調査も兼ねていたのだが……どうやらその通りだったようだ」


 メルナスの格好と頬、それにフェルの腫れた腕を見てクラウドは目を細め、追いついてきたセバスに何があったのかと尋ねた。


「なあ、ひょっとして最初から騎士団長を呼んでれば解決してたんじゃないか?」

「かもしれませんわね。……没個性的だからつい忘れていましたわ」


 クラウドを没個性呼ばわり出来るのはこの国はおろかこの世界でメルナスぐらいなものだろう。

 もっともフェルもプルーキーとの遭遇から頭が一杯で今の今まで忘れていたことに違いはない。王国騎士団長は本来雲の上の存在だ、メルナスの存在で繋がりが持てたとはいえ、すぐに思い当たらないのも無理はない。


「婦女暴行に脅迫、いくら貴族とはいえ牢屋行きは免れませんわね。正統派イケメンの彼のこと、お金を積まれたとしても罪状は覆らないでしょう」

「丸く収まるってことなんだろうけど……なんか釈然としないな」


 疲れ切った大きな溜息を吐いて、フェルは地面に座り込んでメルナスの足に寄り掛かった。

 見上げれば昨日までと変わらない高貴で生意気な後輩の顔が見える。


「結局、骨折り損かよ」

「あら、お二人が駆けつけてくれなかったらわたくし、今頃は手籠めにされてしまっていましたわ。だから、ありがとうございます」


 少しだけ迷って、メルナスは素直に感謝を口にする。


(でもやっぱり少し惜しかった気もしますわね!!)


 台無しだよ。


「そっか……今度は家族を守れたんだな」


 そんなメルナスの内心など知らず、フェルは腕の痛みを感じながら感慨深く呟いた。

 たとえ意味が薄かったとしても、かつて見送る事しか出来なかった母親の時とは違う。きっと意義はあったのだ。

 この腕の痛みはその勲章だと、手を太陽に翳した。


「女神フローレンスを信仰する教会を独断で取り壊そうとした事、シスターへの脅迫行為、それに領地経営の放棄。拘束するには十分すぎる罪状だ。彼の身柄は騎士団で預かろう」

「ええ。お任せします。公平なご判断をお願いしますわ」

「勿論だ」


 回り道もあったがこれで一件落着。

 メルナスは大きく深呼吸をすると、今までになく爽快な気分になった。

 真に公爵令嬢という柵から解放されたような気がする。

 見下していた平民たちの同じ目線に立って、同じように生きて、純粋に思う。


(性癖の為に望んだ追放ですけれど──まあ、平民も悪くありませんわね)


 人とは違う性癖に目覚めて、それでも人でなくなったわけではない。

 家族と共に勝ち取った勝利を悪くない、そう思える程度には人の心は残っている。

 だからきっと、メルナスはもう大丈夫だろう。

 人にはちょっと言えない性癖を抱えながらも、立派にシスターとしてこの村で生きていける──


(これからは平民として、シスターとして、下剋上されるために聖女を目指しますわ!!)


 やっぱ駄目かもしれない。




 ◇◆◇◆




 見立てではあと数時間は目覚めないだろうというプルーキーを置き、メルナスたち三人と共に教会へと戻ってきたクラウド。

 教会では見覚えのある人相の悪い二人組が子供たちに囲まれていた。


「おおっ、あねさんっ、姉御ッ、お嬢! 無事だったんですね!」

「山賊さんたち、子供たちを見ていてくれたのですね。ありがとうございます」


 正確には元山賊の、あのコンビだった。


「彼らにはこれからあの支部で団員たちの訓練相手を務めてもらうつもりでね。君たちに顔を見せることが難しくなるだろうから今日ぐらいはと一緒に連れてきたんだ」

「あまり酷い扱いはしてあげないでほしいですわね」

「いや俺も一度手合わせをしたんだが、中々どうしてやる。山賊なんてものをしていたのが勿体ないぐらいだ」


 それはまた意外な才能だ。けれども同時に納得もした。

 本当に何の取り柄もないような純山賊キャラなら出会った時点でメルナスの性癖は満たされていただろうから。


「アギスト、ブライ! 屋敷に行って子爵の拘束を頼む」

「へい! 承知しやした旦那!」


 そして今更になって山賊AとBの名前を知る。

 以前ならモブの名に興味は持てなかったが、心に留めておこうと決めたメルナスだった。

 性癖:下剋上に目覚めたことで良くない方に広がったメルナスの世界だが、徐々に良い方向にも彼女の世界も広がりつつあるようだ。


「おねーちゃんたち、お帰りなさい!」

「ただいまですわ、みんな」

「本当に騎士さんが助けてくれたんだね! ありがとー!」

「いや、俺は何も……」

「素直に受け取っておくべきですわよ。それにあなたが来なければ夜逃げすることになっていたのですから。わたくしからも感謝いたしますわ、騎士団長様」


 あまり子供が得意ではないのか、たじたじになるクラウドに耳打ちし、メルナスも深く頭を下げた。

 頭にはシスターのベール、上には丈の長い自分の団服を身に纏うアンバランスな姿に、しかしやはり元公爵令嬢の高貴さが滲む淑女の礼にクラウドは頬を掻き、謹んで感謝の意を受け取った。メルナスは意図せず、まだ彼のフラグを継続させたようだ。


「さて、みんなお腹空いたでしょう? お昼ご飯を準備しますから手伝ってくださいな!」


 パンパンと手を叩き、子供たちに指示するメルナスはもう十分に教会に溶け込んでいた。


「あなたも食べていってくださいな。お祈りはその後で。騎士団長様のお口に合うかは分かりませんけれど」

「あ、ああ。君が作るのか?」

「当然ですわ。だってわたくし、此処では一番下っ端のシスター見習いですもの」


 子供たちに手を引かれ、炊事場へと向かうメルナスが振り向き微笑んだ。

 噂とは違うとは知っていたつもりだが、本当に我儘公爵令嬢なんて噂とはまるで違う。クラウドは思わず見惚れてしまって、メルナスから視線をずらした。


「変わった奴だよな。本当に元貴族様なのかよ」

「ああ……けれど今の彼女は幸せそうだ」


 かつて要人警護任務で訪れた隣国ヴェルフェクス王国の王宮で見かけた彼女は美しかったが、とてもつまらなさそうに取り巻きたちに囲まれていた。

 だが今はどうだ。昔は触れあうことなど互いに許されなかっただろう孤児たちと手を取り合い、楽しそうに笑っている。

 彼女にとって公爵令嬢という肩書こそが枷だったのかもしれない──そう思えるほど、メルナスは今を謳歌している。騙されてますよそれ。


「あ゛っ!」

「? どうした?」

「おい馬鹿! お前はまず着替えろ!! って痛ぁ!」

「君もまずは治療した方がいいな。……まったく、自由なお嬢様だ」


 クラウドは苦笑し、フェルを支えて救急箱と着替えを持って走り寄って来るミケの下へと向かった。

 原作から外れ、前世とも折り合いをつけて、とりあえず最初の苦難は大団円を迎えたようだった。

 綺麗な感じに終わるのはやはり釈然としない部分はあるが。

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