トリックオアトリート ~お菓子をくれないと、いたずらしちゃうぞ~

西東友一

トリックオアトリート

「トリックオアトリート!」

「じゃあ、トリートで。肩が凝って仕方なんだよ。わたしゃ」

 私は横たわる彼女に疲れを取る魔法をかける。

「はぁぁーーーーーっ、気持ちぃねぇぇっ」


「トリックオアトリート!」

「はぁ、はぁ、はぁ、じゃあ、トリックでお願いしますっ。ぐへへへっ」

 パンツ一丁になったデブな男を裸足で踏む。

「あっ、もっとっ、もっとっ。そぉ、そこっ。もっときわどく攻めてぇぇっ」


「トリック、オアトリート!」

「ひっひっひひっ。待っていたぞえ。今日のためにリストに残しておいたんじゃあ」

 ほとんど歯がない老婆がにやぁっとする。

 掃除に、洗濯、料理に壁の修理。


「トリック、オア・・・トリート」

「じゃあ———」




「あぁーーー腹立つ」

 私は頭を掻きむしる。

「おい、まだまだ回る家が足りないぞ、エマ」

「うっさい、オーランタン。なんで、こんなに私が頑張んなきゃならないのよっ?私は天才の魔女エマよ?」

 私はカボチャの精、オーランタンに文句を言う。


「別に辞めてもいいのだぞ、エマ。今日はハロウィン。新人の魔法使いは普段使った魔法量に応じて、人々にマナを還元しなければならない日だ。できない魔法使いは魔物になるだけだ」

「んがああああああっ」

 私は発狂したくなる。



「こんな糞みたいな人間たちのために魔法を使うなんて屈辱でしかないわ。そんなのはサンタか、サタンにでもやらせておけばいいのよ。もーーーーっ」


「サタン様に怒られるぞ…エマ?」

「サタンもやればいいのよ…そうすればわかるわ。なんなのよ、トリート選ぶ人間はわかるけど、なんなのよ。トリックを選ぶ男どもは⁉踏めって何?罵声を浴びさせろって何?足でくすぐれって何?あーー思い出しただけでも鳥肌が立つわーーーーっ」


「まぁ・・・それに関しては・・・同情する」

 表情がないオーランタンだったが、その声でその表情も憐れんでいるように見える。


「魔法使いたちより、よっぽど人間の方が邪悪じゃない・・・」

「・・・」

 私が呟くが、オーランタンは何も言わない。


「それより・・・いいのか?時間はあまりないぞ?」

「えっ、今何時?」

「20時だ。そして、エマはあと20人に尋ねなければならない」

「ぜったぁい、無理じゃん。なんで、そんなにハードル高いの?トリックオアトリートって」

「最初に言ったはずだ、むやみに魔法を使うなと」


「確かに言われた・・・ような気がするけど、そんなに使っていないわよ?暑くて死にそうになったら涼しくするようにアイスの魔法を使ったり、寒かったらファイヤー、餓死しそうならクック、それから、えーっと、ワープだって寝坊してどうしても間に合わせたいときにしか使ってないし・・・」

「・・・」


「いや、あんた言いたいことあったらはっきりと言いなさいよ?何考えてるかわかんないんだから、マジで」

「・・・とにかく、君のような魔法の無駄遣いをする女の子や、快楽におぼれたようなものが魔物になる」


「うっさい黙れ。化け物。あんただって魔法の無駄遣いをして、ノルマを達成できなかったんでしょ?」

「・・・まぁな。だが、私は自分が使った魔法で後悔はしないさ」

「あっそ」

 なんとなく、そのかぼちゃをくり抜いた目が寂しく見えた。


「と・に・か・く・・・急ぐわよ!オーランタン」

「あぁ」

 私は箒に乗って次の集落へ向かう。



 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・っ。やっと着いたぁ」

 森を超え、ようやく次の町へ着く。

「じゃあ、さっそく・・・あの家からにしましょうか」


 コンコンッ


「トリックオアトリート!!さっ、早く選びなさい!!」




(ヤバイッ、ヤバイッ、ヤバイッ———)

「オーランタン‼あと何人⁉」

「あと、8人だ。そして、残りは半刻を切っているぞ」

 淡々と言うオーランタン。


 コンコンコンコンコンコンッ


「こんな時間だ、出たくない家もあるだろう」

「くっ」


 ドンドンドンドンッ


「早くっ、出なさいよっ」



 ドンドンドンドンッ


「はぁ~~いっ。どうか、されましたか?ふぇっ」

 金髪のウェーブに青い瞳の小さな女の子が出てきた。

 怯えた顔をしてようが、自分勝手の人間のことなんて知っちゃこっちゃない。

「トリックオアトリートォ‼さぁ‼早く選びなさい。そして、時間がかからないものにしなさい!」

「ふぇぇんっ」

 少女は怯えて頭を抱える。


「おい、ダメだぞ?魔女から指定することは許させれない」

「ぬぐぅ・・・じゃあ、自由に選びなさい」

 私は左足のつま先をゆする。


「えーっと、えーっとぉ・・・」

 少女は視線をキョロキョロさせながら、私を上目遣いで半泣きの顔をしている。

(これだから、人間は。めんどくさいなぁ)


「決まったぁ」

「何かな?」

 私は心無い笑顔を少女に近づける。


「トリート・・・で」

「それで、内容は?何かな、何かな?」

(早くしろよ、とろい女だな)


「うん、あのね、えっとね・・・」

「うん、何かな?」




 ———お姉ちゃんに幸せになってほしい




「・・・」

「えっ?」

 無言で見守るオーランタンと驚きを隠せない私。


「お姉ちゃんが辛そうなお顔してるから、幸せになってほしい」

「トリートってそういうことじゃ・・・」

「だめ・・・・っ、なの?」


「今日はハッピーハロウィン。魔女は人間の願いを叶えなければならない日だ。拒否権はない」

 オーランタンが淡々と言う。

「じゃあ、お姉ちゃんを幸せにしてあげて。かぼちゃさん」

「あぁ・・・約束しよう。良かったな、エマ。これで魔物にならなくて済むぞ」

 私の体からすーっと呪いのような何かが消えていく。


「えっ、本当に?やったぁ!!」

 私の体を触り、愛おし自分の体を抱きしめる。そして、体は目の前の可愛らしい少女を抱きしめていた。


「えへへへっ。よしよし」

 少女は私の頭を撫でる。


「ふぅううううっ、良かったぁ」

「エマ、そういう時にはなんて言うんだ?」

「あんた、使えるわね!!よくやったわ」

 私は少女の頭をぐしゃぐしゃする。


「・・・エマ」

「何よ、オーランタン」

「・・・感謝の心を忘れたら、お前は醜い人間以下の醜い魔物だぞ、エマ」


 魔物のオーランタンが何を言おうが、スルーしてきた私だったが、その言葉は私の心にちくりと刺さった。私は眉間にしわを寄せ、言い返そうとしても言い返す言葉がなく、口をもごもごさせて、歪ませた。


「・・・ありがとね・・・お嬢ちゃん。助かったよ」

 私は少女の純粋な青い瞳を真っすぐ見て、頭を下げる。

「えへへっ、どういたしまして」

 もう魔女特有の呪いが解けているはずだが、その満面の笑顔を見たら、心がきれいになった気がした。


「あっ、そうだ!!」

 少女がぱっと目を見開く。

「ねぇ、お姉ちゃん。お願い変えていい?」

「はっ?」

 私は天国から地獄に落とされたように感じた。


(この子、あえて私に嫌がらせするために一度喜ばせたのか?無垢って残酷・・・)

 私の顔は青ざめていただろう。

 私はオーランタンを見る。


「まだ、ハロウィンだから、有効になってしまう」

 私はめまいがした。

 もう時間は、数分しかない。


(無理だ・・・)


「さぁ、聞け。エマ」

 この小悪魔の満面の笑みが憎たらしく感じる。

「聞かなければこの瞬間、魔物が確定するぞ?」

「・・・トリックオアトリート・・・」




 ———お姉ちゃんと、あとカボチャさんの二人とも幸せにして



「なっ?」

「へっ?」

 私よりも先にオーランタンが驚く。


「みんなで、幸せになろ?」

 すると、オーランタンが光に包まれ、私も光に包まれる。

(眩しい・・・)




 私は、ゆっくりと目を開けると・・・彼がいた。

「ジャック・・・」

「エマ・・・?」


 ジャックだ。

 彼は自分の顔や体を触って人間の姿であることを確かめる。




 私は思い出した、彼のことを。そして、自分のことを。




 私は病弱で、不治の病に掛かっていた。そして、彼はそんな私を治すために魔法使いになり、強力な魔法を使って私を治してくれた。

 しかし、その代償としてハロウィンに数千の人の願いを叶えなければならず、失敗した彼はオーランタンになり、そして魔物となり人間としての存在が過去も含め消えてしまったことを。


「ジャック!!」

「エマ!!」

 私達はお互いを抱きしめ合う。暖かい彼の体温が心地よく、彼の匂いが懐かしい。

 

「ごめんなさい、私。あなたに感謝をしていたのに・・・こんなにも愛していたのに忘れていたなんて・・・」

「いや、いいんだ。エマ。君が幸せなら。僕は・・・」

 お互い涙を流し合う。


「んーーーっとよくわかんないけど、良かったね。おねぇちゃん、お兄ちゃん」


 私達二人はしゃがんで少女の目線に合わす。

「本当にありがとう。お嬢さん。君の願いのおかげで僕たちは幸せだ」

「さっきは・・・ごめんなさいね。本当にありがとう」

「ううん、いいの」


 カチッ


 時計の針が長針も短針も12時を指す。


 11月1日。ハロウィンは終わった。


「魔女も魔法使いも幸せにはなれない・・・その強力な力ゆえに。だから、僕たちはもう魔法が使えないけれど、お嬢さん。何か望みはないかな?僕たちでできることならなんでもするよ」

 少女は腕を組んでんー、んー唸りながら考える。

「ふぁあああっ」

 そして、頭を使って欠伸が出てしまう。


「そしたらねぇ・・・っ。お菓子をちょうだい」

「お菓子かい?えーっと・・・」

 人間に戻ったばかりのジャックは服のポケットを触るが当然、お菓子などない。

 そして、私もお菓子なんて持ちわせていない。

 私達は顔を見合わせる。


「ごめんよ、明日には用意するから・・・」

「えーっ。むぅぅっ」

 少女は眠いのだろう。そして、私達が甘えてもいい存在だと認識したようだ。

 少女は私にとびかかってくる。

「へっ、ちょっと・・・アハハハハハッ」




「お菓子をくれないと・・・いたずらしちゃうぞ?」

 


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トリックオアトリート ~お菓子をくれないと、いたずらしちゃうぞ~ 西東友一 @sanadayoshitune

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