吸血鬼は川を渡れない
九十九ひとり(9ju9)
ゾンビ襲来
空はまだ暗く、星の光は雲に遮られて殆ど見えない。本来なら長閑な農村地帯は、闇の中で眠っている。いや今まさに死にかけている。うーん多分もう死んだなあれは。
白状しよう。俺は吸血鬼狩りのジョン。三日前に請けたゾンビ退治の仕事に見事失敗し、命からがら逃げ出して今に至る。依頼者である豪農一家をどうにか避難させた所まではよかったが、生憎ゾンビの数が多過ぎた。その他の村人は恐らく皆ゾンビの餌食だろう。依頼と話が違うじゃねえかと叫びながら殿を務め、うっかり依頼者達とはぐれて川沿いに逃げ場を探している。ゾンビ達は今も俺達を喰おうとしているのに。
「なあジョン」
連れの男が振り返りもせず俺に言った。
「やっぱり、この川深いよ。幅も広いから歩いて渡るのは無理」
「そうだな」
投げやりに言い返して、俺は溜め息をついた。振り返れば遠くに火災の炎が幾つも見えた。
「船は? 小舟でいい。とにかく川を渡りたい」
俺が質問すると相棒は嬉しそうに答えた。
「そういうのも見付からない。残念だねカナヅチくん」
暗くて見えないが、相棒は笑っているらしかった。
風が時折、燃える村の方から嫌な匂いを運んでくる。このままならゾンビ達に見付かる可能性は低い。しかし連中はこちらの匂いを的確に嗅ぎ分けて来るので、風上に立ってしまうとすぐに見付かる。現在地がどこなのかも見失ってしまった。そこへ持って来てこの忌々しい川だ。
任務失敗の原因はまず依頼者がゾンビの数をかなり少なく見積もっていた事。二つ目は俺の判断ミス。多勢に無勢と分かった時点で依頼主を口封じの為たたっ切って逃げ出すべきだったにそうしなかったのは依頼主の姪が可愛かったからではなく、まだ自力で解決出来るんじゃないかと思ってしまったからだ。
「さて、どうするジョン。夜明けまでまだ長いぞ」
相棒はいついかなる時でも楽しそうな男だ。特に俺が窮地に陥っているとなれば尚更。
「そろそろ僕の眷属になる気は? 痛くしないからさ」
「断る」
何が悲しゅうて男の吸血鬼に頼んで噛んで貰わにゃならんのだ。そりゃ吸血鬼になればゾンビの攻撃対象からは外れるが俺は死にたくない。
「吸血鬼になれば夜目が利くようになるのに?」
「太陽光で灰になるだろ! それに水も渡れねえ!」
俺はつい怒鳴ってしまった。すると側の木立の中から枝を踏む足音が聞こえる。奴らずっと追い掛けて来ていたらしいな。じゃあ殺すか。墓はきっとこいつが建ててくれる。
吸血鬼は川を渡れない 九十九ひとり(9ju9) @9ju9
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