~閑話~ 静観する黒幕
深夜。
その部屋にあるのはマーラーの交響曲第5番。豪華絢爛でいて、どこか陰鬱な空気が漂う奇妙な音が鳴り響くなか、じっと音に浸っているのは独りの男性。
クッションの利いた椅子に深く座り、瞑目したまま身じろぎせず、音の奔流に身をゆだねている。最後の音が余韻を残して消え、一転して静寂が訪れたその部屋に男が身を滑り込ませてきた。
「総帥。ご報告いたします」
「清川か。どうであった?」
「は。関係の有無は不明ですが動きがありました」
「ほう……?」
声に興味をにじませ、顎が微かに上がる。
「ドールを預けた桐生の家で過日話し合いがあり、子供2人が家を出た模様です。長男壮一は事故により1か月ほど人事不省であったのが、先ごろ回復したばかり。その矢先に両親との決別を決行しております。その際、次男の達哉も行動を共にしております。この者がドールの委託者ですが、それ以外には今のところ大きな動きはなかったと報告がありました」
「ふむ……外から見て変わりなかった、と?」
「はい」
「なるほど、のう。若造共が動いた先はつかんでおるか?」
「押さえてあります。ただ……」
報告する声が翳った。
「ん?」
「移転先のマンションが
「む……
「お役目が果たせず申し訳ありません」
「よい。すべてが回ることなどあり得ぬのじゃから。しばらくは様子見とするかの」
「では、いかがいたしましょう」
「今しばらくはそのままで。動きがあればその時に対応を。但し、監視していることに気づかれぬように、な」
「承りました、総帥」
一礼して、男…清川は退出した。再び部屋には静寂が戻り……。
幽かに、かすかに音が混じりだした。それは次第にボルテージを上げ。
その発するところは、『総帥』からだった。
「く……くくっ……くくく……」
肩が揺れ、顔が上がる。瞳がぎらつき、唇が歪んでいた。
「ふっ、くくくっ……ついに、ついに動きよったか。あのドール……ふふふふ……今まで何が起点かわからなかったが、ようやく動き出したか……」
誰も居ない、誰にも聞かれない、そんな空間だからこそ、人はその本質を見せる。
安西グループの基礎を築き上げ、年経てもなお隠然たる影響力を持つ男の顔に現れたのは『執着』。何が何でも独占しようという、浅ましいまでの欲望があった。
「くくくく……必ず、あのドールをわしの物にしてみせる。今はまだ預けてあるだけ、そうじゃ、操る方法を探るための雌伏の時じゃからの……くくっ、待っているがいい、そのうち必ず、儂の手元に縛り付けてやるから、の。ふふふ…………」
音の消えた部屋に響く含み笑いとそのつぶやきは、聞く者のいないまま部屋の空気に溶けていった。
ランタンドール ~時の迷い道~ 晶良 香奈 @Alies-Noa
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