第12話   自由への一歩

 その後の話。

 ほどなくして壮一の意識は回復し、その病院の医師たちに驚かれることとなる。そして2週間のリハビリ後、退院してきたが……。


「たっちんのお兄さん、会社辞めたって本当かい?」

「相変わらず情報が早いな。どこで聞いた?」

「ん~、病院の看護師長さんが僕の家のメイド長の姉さんなんだよね。それでわかったんだけど。あの会社って優良株なんだよ。特に今開発中の機械がすごいとかで期待が大きくってねぇ。IT関連株の中でも上昇著しいんだよ。あ、僕も今注目してるよ、あそこ。今後の動き次第ではかなり上乗せできそうなんだ~♪」

「要するに内部情報あさりだな」

 涼司がドヤ顔で胸を張る。こいつの情報網は侮れない。どこから手に入れているのか、一度問い詰めたいと達哉は思う、それも本気で。


「ひどいなぁ、幼馴染の家のことだよ? 心配して当然だろ? キミんち特殊だし」

「特殊言うな。変わってるくらいにしとけ。兄貴がやめたのは事実だけどな」


 退院と同時に、壮一は会社へ辞表を出した。手がけていた仕事にめどがついたこと、今回の事故で思うところもある等々の理由を付記して。

 もちろん、会社からは慰留された。壮一の才能を惜しんだからだ。だが、事故や社員の入院で企業のイメージに傷がついたのも確かなので、その本人を残しておくわけにはいかなかったのだろう。軽い押し問答の末に辞表は受理されたそうだ。

 そして退職金と銘打った見舞金兼補償金を受け取った。新しいゲーム機器開発中の事故だったことが影響しているとか何とか云っていたが、実質は口止め料に近い。


 会社との交渉を終え、退職金を受け取ったところで壮一は動き出した。

 その初めが、両親からの離脱宣言だった。


「なに? 家を出るのか? 壮一、冗談だな?」

「いいえ、本気です。オレと達哉、二人共です」

 それは退院してから1か月後の夜の事。リビングで両親と向かい合い、淡々と話し始める。


「会社に入ってから考えていたことです。オレももう独り立ちしないと」

「そんな、壮一ちゃん。まだ独身なんだし、結婚してからでも」

「母さん。そう言いながらオレの結婚話、いくつ潰したか覚えてますか」

 事実だった。壮一が交際を始めると必ずしゃしゃり出て、あれこれと文句をつけるので相手が逃げる。たとえお見合いの相手でも。


「ま、まあ嫌ぁね壮一ちゃん。潰すなんて、そんな」

「そうだぞ壮一。母さんはお前のためを思ってだな」

「オレのためなんて言い訳はたくさんです。もう二人のおもちゃにはなりませんしなりたくありませんあなた方だけで十分暮らしていけるだけの収入ありますよねオレと達哉はここから出ていきます達哉もオレが面倒見ますから心配はいらないですよもともと無視していたんだから構わないですよね」


 両親に口を挟ませることなく、一息に言いきって済ませる。軽く息を整えて、

「達哉に関して、親権の行使なんて考えないでくださいね。あなたたちが普段どういうことをしていたか、思い出せばすぐにわかりますよね? 全部記録にして残してありますから、干渉してきた段階で裁判所へ提出します。それがどういう結果を引き起こすか試してみたいというなら止めませんが」

「な、何だと! 壮一、お、お前、親を脅すのかっ!?」

「ひどい言い方ですね父さん。問題なければそんな言葉が出ませんよ。もしかして自覚ありました? 今の時代ネグレクトって結構注目されてますから、すぐに結論が出されます。また、早急に出さないと影響が大きいし」


「な、な、な、……」

「壮一ちゃん! あなた、私たちを見捨てるのっ!?」

「見捨てる? 何のことですか。子供が親元を離れるのは当たり前のことですよ。あなたたちこそ子離れする必要があるんじゃないですか、徹底的に」

「だ、だからと言って、家を出ていくなんて、どうして!」

「自立するためです。最初に言ったでしょう」


「兄さん、それと義姉さんもいい加減にした方がいいですよ」

 扉が開いて一馬が参戦してきた。達哉が声をかけていたのだ。


「一馬!! お前が変なことを吹き込んだのか!」

「それは濡れ衣だね。壮一君は自分で考えて実行しているから。前から僕は兄さんに言ってたよね。きちんと子供たちを見るべきだ、と。見なかった兄さんたちには文句を言う資格がない」


「何を見ていないなんて言うのよっ! 壮一ちゃんは優秀で達哉はダメなの当たり前でしょ! 親が言う事のどこがおかしいのよっ!」

「……義姉さん。自分の子供に優劣つけてどうするんですか。壮一君が優秀なのはいいとして、達哉君のどこが駄目なんですか。テストの成績が学年の最下位でしたか?出席率が悪いですか? 学校から何か言ってきましたか?」


「………」


「問題を起こすこともない、学業だってそこそこの成績をとっている、いたって普通の男の子じゃないですか。それを駄目だと決めつけて見向きもしない。よくも親だと胸を張って言えますね。兄さんもそう。恥ずかしくないのかな、この人たちは」


「「…………」」


「先日、田舎の親父に連絡したら激怒してたよ。そのうちここへも来るんじゃないかな、あの勢いで」

「なっ! お、親父が!?」

「僕と兄さん、その間に居る他の兄弟たちもそうだけど、誰一人として親父に差をつけられたことはないはずだ。見習えとか頑張れとかは言われたけど、比べられて貶められたことはない。自分たちのやってることと比較してみたら一目瞭然だよね。どう、兄さん?」


「…………」


「答えられないだろ? それが今、ここにある現実だよ」


「……そうか」


「彼らから猶予をもらったんだ。落ち着いてしっかり考えるべきだよ。今の状態は自分たちがやってきたことの結果だと受け止める時期に来たんだ。そうじゃないと、今度は確実に縁切りされるから。彼らだけじゃなく、僕も、親父からも」


「「!?」」


「……もう引っ越しの手続きは済んでいます。これから出られるな、達哉?」

「ああ、大丈夫だよ兄貴」

「な!?い、今から!?」

「大事なものはもう運んであるし、確認したからすぐに出られるよ、兄貴は?」

「オレも行けるさ。てことで、父さん母さん。お元気で」

「あ、あ、壮一、ちゃん……」

「母さん……」


 泣き崩れた母と肩を落とす父をスルーしてリビングを出る壮一と達哉、一馬。

 そのまま玄関から外に出て大きく深呼吸をする。何だかやたらと肩が軽く感じられた。

「これでひとつ山を越えたな、ふたりとも」

 大通りを目指して歩きながら、一馬が明るい顔を向けてきた。


「ええ、そうですね。今日はありがとうございました一馬さん。オレたちの問題に巻き込んでしまってすみません」

 壮一が頭を下げる。達哉も一緒に頭を下げた。

「謝ることはないよ。いつかは起きたことだろうからさ。それよりも、壮一君にひとつ貸しができたことの方がうれしいかな。叔父としてろくな役に立ってなかったからね、今までは」


「そんなことは……ああいえ、そう言っていただけるならうれしいですね。これからも頼らせてもらいます」

「ああ、そうしてほしいな。達哉君も、ね」

「もちろん!」


 3人で顔を見合わせ、誰からともなく笑いながら歩き続ける。

 親の庇護から外れることがどれほど重いのか、徐々にわかってくるのだろう。それでも、今はこの気楽さをしっかり感じたかった。

 季節は夏に向かいつつあった。



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