第11話   是正そして脱却

「とんでもない事?」

 聞き返しても『壮一』は答えない。うつむいて拳を震わせる様子から、相当ひどい事なんだろうと思うものの、達哉には思い当たらない。

 何を言ったのかやったのか。首をかしげる達哉だが、

「…………んだ」

「え?」

「危ないことするな……そう言ったんだ、あいつら」

「それ、は、普通だと思うけど?」

 達哉は思う。親なら言うだろうな、と。

 だが、『壮一』は違うと否定した。

「達哉を助けることが『危ない事』だと言ったんだぜ、あの二人」


「……なに?」

「これだけだと分からんだろうな……達哉を診療所へ運び込んで手当てしてもらい、そのままオレはそばに居た。看護婦さんが家の人が来るから待ってろって言って。そうしてあいつらが来て……」

 苛立たし気に足踏みしながら『壮一』が続ける。

「オレに向かっていったんだよ。『危ないことをするんじゃない』……そこに寝ている達哉の容体すら聞かずに、だ」

「…………」

「当然聞き返したよ、『どういう意味だ?』と。そしたらさ……『よその子を助けるのはいいけれど、達哉を助けるのに命を張るんじゃない』二人とも至極当然のように言ったんだ」


「意味わからん」

「だろうな。オレも言ったよ。『弟を助けるのは当たり前だ』ってね。そうしたらさ……そうしたら、あいつら、なんていったと思う?『確かに達哉は次男だが、優秀なお前を失うことと比べたら些細なことだ』……弟だぜ? 自分たちで作った子供だぜ? お前らそれでも親なのかって、なにえこひいきしてるんだよって思ったよ!」

『壮一』が叫ぶ。手を握りしめ、半分泣きながら、それでも声を張り上げて。


「俺、要らない子だったのか?……」

『壮一』の告白は達哉にとっても衝撃だった。確かに『壮一』に比べたら凡庸だと自分でも思う。でも、自分なりに頑張ってたし、親に対しても悪感情は持っていなかった。少なくとも嫌われていないと思っていたのに、この有様とは。


「それきいて、オレ、喚いたよ、『ふざけんな!』って。『オレもこいつも、おもちゃじゃねぇよっ!』って怒鳴ったんだ!その声を聴いてたじいちゃんが入ってきて、親父を殴って怒ってくれたんだ、『このド阿保がっ!』って大きな声で」

「そう言えば、あの後しばらく兄貴と二人でじいちゃんのところに居たよな。俺、高校受験の前なのに大丈夫かなって思ってたけど、それってじいちゃんが気を使ってくれたって事か……」

「おう。じいちゃんの声ってすごいだろ? あのまんま、家に帰るまで怒鳴り散らしてたから、近所中に知れ渡ってさ。親父とおふくろ、いたたまれなくなって先に帰っちまったんだ。面白かったぜぇ」


 にやりと笑って親指を立てる『壮一』。だが、すぐに顔を曇らせる。

「それでもさ。あいつらがオレや達哉をどういう目で見てたかわかったから……隙を見せられないって思ったんだ。自分のためにも、お前のためにも力をつけないといけない……そう考えて頑張ってきたんだけど、もう限界だったんだ」


 うつむいて肩を落とす『壮一』の姿がぶれ、今の壮一に重なる。達哉に時計を、『クロノス』を渡したあの日の壮一がそこに居た。


「あいつらはオレを政治家にしたがった。それか、ノーベル賞を目指せるくらいの学者を。だから、それを振り切って違う系統の大学に入り、今の会社に入社した。これならあきらめてくれるかと思ったが、それでも! それでも達哉を認めないのは変わらなかった。おまけに今のオレと達哉を見比べることまでしてくるんだ。いつまでたっても、オレや達哉を自分の都合のいいおもちゃにしてやがる。オレの会社の地位を誇ってどうなんだ。達哉を追い詰めてどうするんだ。一体オレたちをどうしたいんだ!」

「兄貴……」

 うずくまって叫ぶ姿の壮一に、日ごろの余裕はなくなっていた。もう限界だ、と全身で訴えるそれに、達哉は胸が熱くなった。

 そこに、冷静な声が割って入った。

『ならば妾の出番じゃな。そのしがらみを砕いて歪みを正すが、覚悟は良いか?』


 その声に壮一が顔を跳ね上げて見つめる。

しがらみを、砕く、だと? そんなことができるのか?」

『うむ。クロノスが歪みの時間軸を特定し、その根本原因を認識した時点で、心から是正を望むのならば妾の力にて叶えよう。時が巻き戻ることはないが、歪みが正されれば、その時間において新しい道が示される。但し!』

 言葉を切り、ドールはその深紅の瞳をひた、と壮一に据える。

『その道を往くのは、おぬしじゃ。これまでと違う方向に進むのじゃから何があるかわからぬ、どういうことになるのか妾でもどうにもできぬ。今ここで手にしている物が、そこではなくなっているかもしれぬ。まったくの未知じゃ。それでも進もうと思うなら示そうぞ。その覚悟はあるのか? ん?』

「まったくの未知……違う方向への道……行けるのか?」

『その覚悟なき者に、妾の力は貸さぬ。それが決まりじゃ』

 少しの間下を向き、だが、勢いよく壮一は顔を上げる。

「往く! その道を示してくれ! オレに力を貸してくれ!」


 ドールが笑った。

『よう言った。妾の力で未来を示そう。留まるのはここまでじゃ。光に従いてすすめ。歪みを正した先にある、おぬしの夢をつかむがよい!』

 そう言いつつ、壮一の正面でランタンを高く掲げる。その瞬間、ランタンの光が壮一の体を包み込み、そのまま一直線に伸びていく。ここに来た時と同じようにずっとどこまでも、果てもなく。


 呆然と光の筋を見つめる壮一にドールが告げる。

『さあ、道が開けたぞ。その光が今のおぬしに導くじゃろう。歪みは正されておる。その先はおぬしの決意次第じゃ』

「わかった。きっと未来を切り開いて見せる。ありがとう。それと達哉」

「? なんだ兄貴?」

「オレのところまで来てくれてありがとう。すまんな、情けない兄貴で」

「いや、かえって安心したよ。兄貴も人間なんだってわかって、さ」

「何言ってるんだ……まあいいや。戻ったらまた話そう。いろいろとな」

「ああ、待ってるよ、兄貴」

 

 光の筋を見据えて壮一が足を踏み出す。一歩ずつしっかりと踏みしめて。

 最初はゆっくりと、だが徐々にその速度は速くなり……マラソンランナーのような勢いで壮一が去っていく。その背に向かって、達哉はそっと手を振った。

 遠く、小さく離れて、やがてきらりと消える。そのあとを追うようにして、光の筋は消えていった。



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