第10話 歪みの真相
『ふむ。では、その時の歪みを修復してやればよいのではないか? さすれば、おぬしの兄者も助かり、このような悔恨を抱えなくともよい未来へと繋がるはずじゃ。おお、ならば妾の仕事ができるという事になる。何と喜ばしい事か!』
(え、ひとりで盛り上がってるよ、このロリばばあ。大丈夫かな?)
『む、おぬし。今何か良からぬことを考えなんだか? 何やら不穏な空気が感じられたが……気のせいか?』
「……なんのことかな。それより、どうやって修復するんだ? 日時は分かったけど、それ以外で必要な事、あるんだろ?」
『む、そうだな。今はそちらか。ではクロノスをここに入れてくれ』
そう言って手を腰の後ろへ回し……前に持ってくると、そこにはランタンが。
「それどこにあったんだよ?」
『乙女の秘密じゃな』
「乙女って柄かよ……」
『なんじゃとっ!?』
などと揉めながら、発光を続ける時計をランタンの中へと収める。
すると、何の支えもないままひとりでに時計が起き上がり、ランタン内部の中央でゆっくり回転を始めた。
「へえ。これって何かの魔法かい?」
『魔法、とはちょっと違うやもしれぬな。錬金術の『錬成』に当たると聞いておる』
「俺からみると、『魔法』も『錬成』も同じに見えるけど」
『馬鹿を言うでない。『魔法』のようなあやふやなものと錬金術を一緒にするでないわ』
「その答えの方が今の時代じゃ不思議だってわかってる?」
背景の違いを言い合ううちにも時計の姿が光の中でおぼろとなっていき、ランタンそのものの光となる。そして、そこから一筋の光が前方へと投げかけられた。
『うむ。進むべき道が決まったようだ。この光をたどれば答えは見えるじゃろう』
「この光に従って進んで行けって事かな。んじゃ行くか」
片膝をついていた状態から立ち上がり、光を追おうと一歩踏み出したところで、達哉の服の裾が引っ張られた。
『待たんか、このうつけ者が!』
「ん? なんか忘れものか?」
見下ろすと、ドールの両手が差し出されている。首をかしげると、
『妾を抱き上げんかっ。おぬしと同じ速度でなど動けるわけが無かろう!』
「そうか? 錬金術とやらでぴゅ~ッと飛んでいけないのか?」
『この大たわけがっ! 空を飛ぶなど、非常識なことを言うでないわ!』
「非常識に非常識呼ばわりされたよ……」
訳の分からない理不尽にがっくりしながら、達哉はドールを抱き上げる。曲げたひじの上に腰を落ち着けたドールがランタンをかざすと、その光はまっすぐに闇の中を照らし出した。
『うむ。この方向で間違いないようだの。この先に歪みがある。さあ、進むのじゃ。時の歪みを正すために!』
「あんた、俺の事馬だと思ってないかい……?」
ものすごくテンションの上がったドールと反対に、達哉の気分は最低に落ち込んでいた。
闇の中では時間の感覚など無きに等しい。それでも、かなりの距離を動いたような気がしだしたころ、光の先に何かが見えてきた。近づくにつれ、その何かはうずくまった人の背であることが分かった。
後姿だけなのでよくわからないが、体育すわりをしたその人物は何かをぶつぶつ繰り返しているらしかった。
『ふむ、何とも暗い雰囲気の男だな。よほど溜まっておるようじゃ。しっかり聞き届けて曲がった道を正してやらねばのう』
「あんたが言うと体育会系の話に聞こえるよ・・・」
小さな声で交わしていたのに聞こえたらしい。うずくまっていた人物のささやき声がピタッと止まり、ゆっくりと振り向いた。
「誰だよあんたたち」
『おぬしの迷いを晴らしに来たんじゃ。こんなところに居ても何も変わらんじゃろうが。迷いを断ち切って戻らぬとおぬし本当に死ぬぞ』
「死ぬ、か。死んだ方が楽かもなぁ・・・」
『馬鹿なことを。ここで生を断ち切れば、永遠にとらわれるか完全消滅するかの二択しかなくなること、知っておるか?』
「外には出なくて済むだろ? それが一番うれしいかな」
『何という覇気のない男かのう』
呆れたようにため息をつくドール。
だが、達哉は相槌を打つことさえできなかった。
「あ、兄貴・・・?」
「ん? キミだれだよ。・・・って、達哉、か?」
驚いたように立ち上がった少年の『壮一』。その姿は達哉より幼く見えた。
『こやつが兄者か? かなり若く見えるが・・・まあ、ここではそうかもしれぬな』
「どういうことだよ、それ」
『ここは夢の世界、つまり精神世界でも無意識の領域に繋がっておる。故に形作られた姿は、それが起きた時間軸に囚われるのじゃ。こやつがおぬしより若いという事は、歪みのある時間軸がそこにあるからじゃな』
「歪みのある時間軸・・・」
達哉はただ繰り返すことしかできない。あの、完璧を絵にかいたような壮一が、悩みを抱えていたことが信じられなかった。
(壮一君にも悩みはあったんだよ)
これは誰の言葉だったか・・・そう、一馬が言っていたんだった。
(周囲からの期待が重すぎて息が抜けない、どこまでやったらいいのか上限がわからない。そう言って寂しそうに笑っていたよ)
確かに期待は大きかった。何でもできて、しかも文句のつけようもない完成度なのだから、いやでも期待してしまう。そんな周りの希望がたえられなかったのか。
(一体何がきっかけになったやら)
確かそうも言っていた。
(特にご両親からの期待が大きすぎて……)
「そうだよ、親父もおふくろもすごく期待して。もっと上に行けるはずだって、そうおもってるんだ、今でも」
「だから、何だよ」
「え?」
知らず口から出ていた言葉に反応して睨む少年。
「期待していたからって、なんでオレの人生に干渉してくるんだよ、あの人たちは」
「干渉? どういう事?」
「達哉は…知らなかったんだろうな。あの状況じゃあ」
「あの状況……?」
「え~っとな、オレが中学3年で達哉が小学2年だった時の夏休みだよ」
「あ、ああ……確か、親父の実家のある田舎へ行ったとき、だよな」
「そうだよ。それまで田舎なんて知らなかったからさ、オレたち凄くはしゃいじまったろ? で、何があったか……言えるか?」
「ああ、覚えてる。兄貴が地元の子供と揉めて……滝つぼへのダイビングをやらかして……相手の子が溺れかかったんだ。それを兄貴が飛び込んで助けたんだっけ」
「そうだ。それはいいんだが、そのあくる日に、今度はお前が溺れかけた。しかも、何人かで難癖付けて追い詰めて」
「そう言えばそうだった。あれ、兄貴に助けられた子の子分だって聞いたけど」
「最初に溺れた子、どうやらあそこのガキ大将……有力者の子供だったらしくて、逆恨みみたいになってさ。その反発が達哉に向いたんだと。上じゃなくて下を狙え、なんて子供らしくない発想だよ」
ふんと鼻を鳴らす壮一。そうだ、中学時代の兄貴はちょっと生意気な言動してたっけ、と達哉は思い出す。
「だけど、結局その時も助けてくれたの、兄貴じゃなかったっけ? 俺、溺れて意識がもうろうとしてたからよく覚えてないんだ」
「その辺からわからないんじゃ無理かもな。達哉を引っ張り上げて病院へ運んだんだけど……」
壮一の顔が歪む。泣き出しそうな、思い出したくないような、そんな顔で。
「あのひとたち、とんでもないことを言いだしたんだ」
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