第9話   不可思議との際会 (2)

『どっ、どうしてじゃああぁぁっ! あれほどずっと、共にいたのにっ、わ、妾とは結べないと、そうぬかしよるかあぁぁっっ! クロノスの馬鹿あぁっ!!』


 小さな両手を握りしめ振り上げて。地団太を踏む足は赤い靴と白いソックスがチラ見えしているが、そんなことも構わずに、目の前のドールは駄々をこねる。


『おぬしが居ないから、妾は主からの御用が果たせず、ただただ骨とう品とだけ、それだけの価値しかないとっ、周りから見下されてあちこちに売られてっ……ううっ、わあぁぁ~~んんっ!!』


 え、な、泣いた? ビスクドールが……大泣きしたぁっ!?

 ドン引きしている達哉の前で、アンジェリカと名乗ったビスクドールは座り込み、いわゆるギャン泣きしている。


(どうすんだよ、こんなの。オレには幼児をあやすスキルなんてないんだけどな…)

 現実逃避してみたが、目の前の事態は変わらない。

(とりあえず、ハンカチ、かな?) 


 ポケットを探って出したのはティッシュ。それを差し出す。

 盛大な音を立てて鼻をかんだドールにため息をひとつ。

(こーゆーの、得意じゃないんだが……)

 呆れ半分、あきらめ半分で声をかける。

「あのさ、話がちっとも見えないんだけど、説明する気、ある?」



「なるほど。キミが力を使うには、その対象が必要なんだよな?」

 あれからしばし後。泣き疲れ、喚き疲れて不貞腐れたビスクドールと並んで座り、事態の把握に努めている。


『うむ。妾は……時を直すだけ。巻き戻すというよりやり直す形、かの。それよりおぬし、おなごの扱いに慣れておらんのう。こういう時は優しく抱きしめて慰めるのがイケる殿方だというのに』


「悪いな。俺は彼女いない歴イコール年齢のぼっち男子なんだ。女の子や幼女を喜ばすことなんて期待するなよ」


『よ、幼女とは何たる物言いを! 妾は由緒正しき錬金術の申し子たるリビングドールじゃ! おぬしのような若造に嘗められるとは無礼千万、主の沽券にも拘わる重大な侮辱をしおってからにぃ!』 


「何を怒ってるんだ。単に若いねって言ってるだけだろ? それともロリばばあって呼んでほしいのか?」

『ろ、ロリばばあ……』

「それならそう呼んでやるぞ。幼女なんて言って悪かったなロリばばあ。格式高い錬金術の申し子のロリばばあ、見かけだけなら若いのにいい年なのかロリばばあ……」

『ま、待て、分かった、妾が悪かった。だからやめてくれぇぇ!』


 ……などという一幕をはさみ。

「で、結局、この時計はあんたと一緒に作られたんだけど、今は一緒にいられないって事なんだな?」

『ああ、そうなるな……』

「そうなった原因に心当たりは?」

『あったらこんなに騒ぐはずないじゃろう……ちっとは考えんか、この馬鹿者』

 最初の衝撃と「ロリばばあ」の物言いに疲れたのか、元気のない声でつぶやく。


「ん~、でもなあ、俺だって兄貴から預かっただけなんだけどな」

『あにき? おぬし兄者がおるのか? じゃが、家にその気配はなかったと思うが』

「ああ、兄貴は今…病院だ。事故に遭って意識不明になっている」


『それは大変じゃの。妾が作られた当時はもう無理な病であったが、この時代はそれでも生きておるのか……幸せかどうかはわからぬが』

「そっ、そんなこと、言うなよっ……!」

 思わず反発したオレをドール…アンジェリカは不思議そうに見上げる。


『何を怒る? 本人にとってはどっちつかずの状態なのじゃぞ? しかも自分では何もできぬところで肉体だけ生かされておるのじゃ。自分を伝えられないというのは周りの者よりも本人が一番つらいと思うぞ。それを思えばわかるではないか』

「……っ!」


 理性ではわかっていた事実を指摘され、言葉を飲み込む。

 だが、感情が収まらない。

「家族を失うってのが嫌なんだよっ。あんな優秀な兄貴がこんな風に逝くのは間違ってる。俺なら、誰も傷つかなかったのに。どうしてっ…」

『それは違うぞ』


「え……」

 冷静な声が感情の奔流を止める。横を向くと、紅い瞳が見つめ返した。

『おぬしとて家族じゃろ。居なくなれば誰かが悲しむのではないか?』

「…………」

『確かにおぬしの父母は兄者寄りではあるようじゃ。でも、それが身代わりになっても良いという理由にはならぬ。仮になったとしたら、その時一番悲しむのは兄者であろうよ。今のおぬしのように自分を悔やみ、嘆くであろう。そうは思わぬか?』

「…………」


『身内を失くすのはほんに嫌なことじゃ。されど、時の流れに逆らい、本来の生を見失うことこそが、真に悲しむべきことだと妾は思う。そうならぬために妾は作られた。歪な時を修復するために』


 紅い瞳にはゆるぎない意志があった。なにものにも惑わされず、己の存在を信じ、貫こうとする決意。達哉にはそれがすごくまぶしく感じられた。

 だから少し茶化してみた。


「流石はロリばばあだな。言う事に重みがあるよ」

『そ、それはもうやめろと言っただろうがっ!』

「おっとと……え?」


 顔を真っ赤にしてポカポカと殴ってくる小さな手をよけようとして身をよじった拍子に、手のひらから時計が滑り落ちた。

 そのまま下へ落ちるかと思ったら……時計は空中にとどまり、薄く発光しだした。


「な、何が起こってるんだ?」

『クロノスの機能が動き始めたのじゃ! よじれた時の歪みを感知して、その時刻を示そうとしておる! もう少し待つのじゃ!」


 時計の盤面全体が光り始め、やがて文字が読めないくらいに発光して…落ちると同時に消えた。


 恐る恐る手に取ってみると。

「動いてる…? いやでも、この動き方って……」


 短針が12時と1時の間に固定され、、長針がおかしな動き方をしている。9まで行った短針がゼンマイの動きを無視して巻き戻り、7を指すとそこからまた時を刻み、巻き戻る。延々とその繰り返しだ。


「どうなってるんだ、これ?」

『日付じゃ、日付を見よ。どうなっておる!』

「ああ、さっき見たところだよな……って、この日は!」

『妾にも見せよっ!』


 腕ごと引っ張られて下に下がり、二人して額をくっつけて盤面を見る。さっきは普通に今日の日付がでていたそこには、今、4と25が出ていた。

『この日付に心当たりがあるのじゃな?』

「これは、兄貴が事故に遭った日だ。4月25日午後12時39分。まさしく、あの自動車が突っ込んだ時刻だ」


 壮一の会社は新しいゲーム様式を模索していた。バーチャルリアリティ、脳内ダイブの機器と併せて実験を繰り返し、人体と脳への影響を調べていたのだ。


「あの日は1時から電気系統の点検があるから一斉に終了する予定だった。兄貴もそれまでに最終チェックを終わらせるはずだったんだけど、そのバグ取りをしていた部署が時間配分を誤って結局ギリギリまでかかっちまった。それがなけりゃあの時間にはもう終わっていたんだけどな……」


『終わらなかったために兄者はそのチェックをしていたという事か?』

「ああ。それでも、20分前には完了するからと、幹部の許可も得たうえで接続していたんだ。実際、ほとんど終わっていた。後はOKを出して接続を切るところだった。そのタイミングでビルの玄関に自動車が飛び込んできたんだ」


 その車はスピードを落とすことなく交差点を信号無視で突っ切り、何台かの車を巻き添えにしたまま横転して、そのまま横滑り状態で突っ込んできたのだという。

 幸いにも昼休みの時間帯であったためロビーには誰もいなかったが、階段横の電源ボックスに障害が発生してビル全体が停電してしまった。


「兄貴の会社はそういう時のために非常電源を用意していて、すぐに復旧させたんだ。それだけならよかったんだが、玄関で火災が発生していて……」

 消火活動をするために、その地域の電源を落としたことで壮一の意識が戻らなくなった。1~2分の差ですべてが悪い方向へと動いてしまったのだ。





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