第8話 不可思議との際会 (1)
「はい、アンティークショップ雅です…ああ、蛍子さん…え? 今日? ああ、電話してくれたんだね…うん、いや、今しがた帰ったとこ、ろ……どこに行ってた?って、いや、それは、ちょっと説明が…あ? いやいや、独りじゃないよ?…うん、達哉君とだね……そうそう、彼にさ、展示会場に一緒に行ってもらったんだ……は? 僕が女装するわけない…うん、その関係で……そうそう…うぇっ? ど、どういうこと? け、蛍子さ~ん?もしも~し?」
受話器を抑え、泣きそうな顔で一馬が振り返る。昨日のことでどうやら誤解が生じているようだ。ほっとこうかとも思ったが、これで仲がこじれると寝覚めが良くないと思いなおし、電話を替わる。
「あ、もしもし蛍子さん? 俺です、達哉です。ご無沙汰してます…ええ、昨日の展示会ですよね…ひどいですよ、いきなり『女になってくれ』ですもん。頭、疑いましたよ。大変ですね蛍子さんも」
受話器の向こうで大笑いする声が伝わってきた。機嫌が直ったようだ。
「ええ、そのことで今朝から一馬さんと一緒に動いてました…あ、休みですから、俺……あはは、連絡しなかったんですね一馬さん…それはすみませんでした。俺もうっかりしてましたから…いえ、ホントに……ええ、ちょっと疲れました、主に女装で…はは、やめてくださいよ、蛍子さんにそう言われると…ええ……ええ、伝えときますね、じゃ、おやすみなさい」
しっかり切れていることを確認して電話を切り、一馬を見やる。
「た、達哉君、どうだった…?」
「大丈夫、誤解は解けてます。あれから誰を誘ったのか、心配してただけですから」
「あ、ああ、そういうこと、か…」
ホッとして気が抜けたのか、座り込む一馬に、
「今回は一馬さんが元凶です。ちゃんと連絡してあげなきゃ」
「ああ、わかってる。ちょっと浮かれてたんだ。悪い事しちゃったな」
「お詫びにおいしいものでもおごってあげたらいいんじゃないですか」
「ああ、そうするよ…悪かったね、巻き込んで」
「お互い様という事で。じゃ、おやすみなさい」
「ああお休み…って、彼女も連れて行ってあげなよ」
「へ?」
聞きなれない言葉に振り返ると、何かを渡された。それはあのアンティークドールだった。
「あのこれ? 一馬さん?」
「君を慕って動いてきたんだ。一人ぼっちにしたらかわいそうだろ? 枕元にでも置いておくんだね」
「……」
割り切れない思いのまま二階の客間に入って簡易型のソファーベッドを広げた。以前にも何度か泊まったことがあり、勝手は知っている。何より、いろいろありすぎて疲れていた。
「まったく、どうしてこんなことになったんだかな……」
そのまま睡魔に逆らえず夢の国へと入っていった達哉。だが、その日のサプライズはまだ終わっていなかった。
「え? だれ?」
呼ばれたような気がして達哉は目が覚めた。一面の闇だった。
「あるぇ? ここ、って、もしかして……」
『やっとまともに話せるのう、クロノスの所有者よ』
「ええっ?」
声のあった方を向くと、そこに居たのはさっきのアンティークドール。だが、
「あれ? キミの目…赤だったっけ?」
陽の光の中では確か緑だったような…記憶があった。
その問いかけに、軽く肩をすくめるドール。
『この世界では妾の瞳は深紅となる。力の発現を表す意味での』
「力の、発現……?」
『うむ。まあ、そのことはおいおい伝えよう。今はまず、自己紹介からじゃの』
そういうと、ドールは優雅にスカートをつまみ一礼する。
『お初にお目にかかる。妾は錬金術師クアランドルンによって魂を与えられた「時の修復師」アンジェリカと申すもの。以後よろしゅうに』
「あ、ご丁寧にどうも。俺、いや僕は桐生達哉です……時の修復師?」
『誤った時の中で苦しむものの原因を取り除き、正しき方向へと教え導くのが役割と主からは拝命している。妾にとって誇らしいお仕事なのだ!』
「あ、はあ、なるほど?」
『だが、ここしばらくはそれができなかった。大切な相棒が消えたせいでな』
「相棒…って?」
『あの腐れ商人め、妾と相棒を引き離すとは万死に値する!主よりいただいた御用を邪魔する輩には錬金術師からの呪いを送り付けてやるわ!』
「うわ~、過激な発言だ…」
思いっきり達哉は引いた。それはもう、飛び退るくらいに。危ない輩には近づかないのが信条の達哉にとって、今の発言はNG以外の何物でもなかった。
『何を驚くことがある。妾は主によって作られた最高傑作のリビングドールじゃ。その妾の許可も得ずしてやらかす阿呆どもには、妾直々の鉄槌を下さねば!』
「あ~、わかったから落ち着いてくれないかな?」
これはもう話にもならないレベルだと達哉は悟った。この興奮度合いは、あの幼馴染兼悪友の涼司が興味を持った事柄に向ける熱意と同じ類の物であり、その意味するところは熱が冷めるのを待つしかないという、消極的ではあるが効果的な方法をとるべきだと、今までの経験で知っていた。
「え~と、アンジェリカさん、だっけ? お怒りなのはわかったんだけど、その相棒を探してるんだよね。それなら早く行った方がいいんじゃない?」
『何を言う。やっと見つけたからこそ、ここに居るのじゃ。ほれ、早う出さんか』
「……は? 出す、って、何を?」
『貴様、とぼけるのも大概に!……いや、こやつは二枚舌を使うような輩ではないな。では本当に知らぬのか。ふむ』
「あの、アン、ジェリカ、さん?」
『そうだな、知らぬからこそ、あの商人も相棒を妾から離したのだろうな。貴様、いや、クロノスの所有者殿。その身の近くにあるクロノスを、妾に返してくれぬか』
「クロノス……確か、時を意味する神の名だよな。ってことは、これか!」
達哉は胸のポケットに手を入れ、中の物を取り出した。それは、壮一からもらった奇妙な懐中時計だった。
それを目にしたドールの顔が輝く。人形なのに、表情がないはずのドールからはあふれんばかりの喜びが感じられて、達哉は一瞬戸惑った。
(え、こいつって人形だよな? 本人もそう言ったし。でも、雰囲気はまるで近所の後輩か、年の離れた従妹……待て待て、俺。俺に幼児趣味はないはずだ。無いったらない。無い、はずだ……よ、なぁ)
そんな風に内心で葛藤をしているのをよそに、ドールはワクワクと近づき、そっと手を伸ばしてきた。
が。その手が時計に触れることはなかった。出来なかった、が正しい。限りなく近づけるのだが、時計と指の間に薄皮が張り、接触できない。ラップの上から触れるような感じと言えば一番近いだろうか。
『なっ、何故妾を拒絶するのだ! 我が主に作られてより長き時、いつも共に居たではないかっ! そ、その妾を、なにゆえにっ!』
先ほどの歓喜がウソのように反転し、絶望に彩られた瞳が時計を凝視する。
その様子を不思議に思い、達哉が時計に触れると。
軽い音がして、懐中時計の蓋が外れる。中の文字盤があらわになった。
「え? あれ? ここ開いていたっけ……?」
天頂部にあったふたつの小窓。どう動かすのかさっぱりわからなかったそこが、今見ると開いた状態で数字が入っている。
「この数字は日付け、か。確かに今日だよな…っと、12時だと、変わる?」
長針と短針が同時に上を向いて揃い、そして少しずつ動く。それに伴い、右の小窓の数字が入れ替わった。
納得して、ふと前を見ると、ドールが固まっていた。「愕然」を体現したその顔に、随分と表情豊かなんだと、変なところで達哉は感心する。
『日付じゃと!? す、すまんが、その盤面を妾に見せてくれんかっ?』
「あ、ああ。これでいいか?」
少しかがんで、ドールの方へ手を向ける。まじまじと眺めた後、小さな両手を握りしめてドールは叫んだ。
『理不尽じゃああぁぁっ!!』
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