タバコと恋と八方美人

優 詩織

同盟のはじまり

 タバコと恋と八方美人



「のどか!」

 学校からの帰り道、友達の真奈ちゃんが駆け寄ってくる。

「真奈ちゃん、どうしたの?」

「んーいや、のどかの姿が見えたから!」

 なるほど、と微笑みながら返すと、真奈ちゃんは表情を険しくして、ちょっとあそこみてと前方へ指をさす。

「林亮介君だよ、あの子クールですらっとしてて顔も整ってて、かっこいいよね!」

「はあ……」

 そうかなあと小首をかしげていると、真奈ちゃんは続ける。

「んもう、のどかはかわいいんだから、あーいうタイプでもすぐ落とせるんだろうなあ」

「そうかなぁ」

 そうだよ、と続ける真奈ちゃんとしばし談笑しながら私は涼しい顔をして、前を歩く林亮介の姿を目で追っていた。



 🚬



 次の朝、夏の暑い日。

 初夏の日差しがちくちくと肌を刺激する中、私は学校にたどり着いた。自動ドアを抜けたところで、スマートフォンの時刻を確認する。

一時間目までは、まだ三十分ほど時間がある。

 私は教室へ昇るエレベーターとは真向かいにある、小さな扉を開き、吸い寄せられるようにとある場所に向かう。

「たばこ、たばこ」

 電子タバコをポーチから取り出し、今日も喫煙にいそしむ。

 ここは、学校の屋外喫煙所。

 八方美人を性格の売りにしている私にとって、この喫煙所は私の腐った部分の掃きだめだった。

「うまい」

 誰に言うでもない感想を吐きながら、ぷはぁと大口を開けて煙を吐き出す。高校生の時からタバコを吸っているため、罪悪感などはとうの昔に消え失せている。なあ猫よ、と目の前の喫煙所に住み着く猫に話しかけ、二口目に興じるところだった。

「ねっこちゃぁん! ちゅーるもってきまちたよ、お……」

 ガチャンと勢いよく扉が開いたかと思いきや、クラスではクールガイで名の通った男、林亮介がデレデレで溶けたような表情を浮かべて現れる。

「おまえは、南のどか! なんで、ここに」

「……ああ、うん」

 サーっと血の気が引いていく林とは裏腹に、私はやけに冷静だった。

「……見たな」

「そっちこそ」

 もう面倒くさくなって、何事もなかったようにタバコをふかしていると、林が突っかかってくる。

「お前、タバコ吸ってんの」

「まあ」

 淡々と告げると、彼は驚いたような表情をする。

「お前未成年だろ、っていうかお前クラスではあんなにほんわかしてて愛想いいのに」

「うるさい、あんたには関係ない」

 こんなところでも愛想を振りまくのは面倒くさい。ただでさえいつもの八方美人ですら周囲に決めつけられてかったるいのに。

「というか、あんたこそあんなに静かでクールクールしてんのに」

「ああ、あれは新学期そうそうのどをぶっ壊して静かにしてただけだ、そしたらいつの間にかクールだの静かな人だの言われてるだけだよ」

 なーねっこちゃぁん、と汚い猫なで声で猫を呼び、ちゅーるを与え始める。

「今からでも喋れば?」

「いやーもう静かな人間ってなったらそれで通すよ、面倒だし」

 猫がちゅーるを食べ終わり、次はこいつだと猫じゃらしで戯れ始める。

「でも、たまには誰かと話したいから、こうしてたまに猫と遊ぶんだ」

 わしゃわしゃと猫と遊ぶ彼は、私の知らない彼だった。ふうん、と思いながら私はもう一口タバコを吸う。

「お前こそ、話さないの?」

「なにが」

 視線は猫に向けたまま、彼が続ける。

「タバコ吸ってるとか、八方美人してるとか、愛想振りまくのしんどいーとか」

 何度言われたかわからない言葉を反芻しつつ、私は敢えてゆっくりと煙を吐いた。

「別にしんどくはないわよ、吸ってるのも高校からだし」

「こ、高校⁉」

 衝撃の事実と言わんばかりに驚く林をガン無視し、私は続ける。

「私がこんなに冷徹な人間だって周囲が知ったら、あとが面倒だし」

 面倒な人間に媚びを売るのも、本当は好きじゃない人間と友達ごっこをするのも、それを避けたほうが面倒なことが起こると直感的にわかっていたからだ。

「俺たち、似てるな」

「ハ?」

 またわけのわからないことを言い出したかと思うと、とんでもないことを言い出す。

「よし、今から俺とお前は喫煙所同盟だ!」

「ハア?」

「喫煙所にいるときは、一緒に喋ろう!」

「ハア⁉」

 そんな面倒なこと死んでもごめんだと思っていると、彼に飽きたのか猫がすたこらさっさと遠くのほうへ駆け出していく。

「じゃあ、そういうことだから! 教室では、おたがい強く生きような!」

 ヘラヘラした笑みを浮かべながら、彼は屋内へと戻っていく。私は一人取り残され、これから起こる珍事に頭を悩ませながら、また一口タバコを吸った。



 🚬



「で、本当に来るのね」

「あったりまえだろ、お前がどの時間にいるのかとか把握してんだからな」

 ふんす、と胸を張る林がなんだか腹ただしい。

 あの後結局、私と林は教室では行動を共にしないものの、方面が一緒ということからたまに一緒に帰ったりこうして喫煙所でだべることをするような仲になっていた。

「林」

「ん?」

 私はふと、胸に突っかかっているモヤモヤを彼に少し分け与える。

「私って、そんなにつまんなさそう?」

 先程真奈ちゃんに、のどかってどこかつまらなさそうだよねと言われたのだ。決して彼女を責めるつもりなどない。

 でもつまらないと思っていることは事実なので、ぬぐえないモヤモヤをひしひしと感じているのだった。

「なんだ、藤田が言ってたこと気にしてんのか」

「いや、別に」

 私が強がると、彼は空気を読まずにこにこと笑ってくる。

「何よ」

「いや?」

 笑いかけてくる彼を一瞥すると、そう怒らないでよと彼が両手を振る。

「お前、俺の前では素でいられるようになったなあって」

「な」

 私は彼の言葉に対して、ゆでだこのように赤くなってしまう。

「ち、違う! 別にそんなこと」

「本当?」

「ないから! これっぽっちも!」

 ぶんぶんと手を振り否定するも、ふふっと笑われてしまう。

「やっぱお前面白いよ」

「ハ?」

「俺はつまんなさそうではないと思うぞ」

 そう優しく言われると、少し心がほっと落ち着いてしまう。

 んんんと唸っているとへへっと林が笑いだすので、なに笑ってんのよと返すと、いやいやと彼は弁解し始める。

「お前のそういう面白い所知ってんの、俺だけなんだって」

 にやにやする彼の顔がいらだちを掻き立ててくるので、その顔面に煙を思いきり吐き出してやる。

「わっ! なにすんだよ!」

「ばーか」

 そう返してタバコを吸うのをやめ、私は教室へと戻る。



 🚬



 なんなんだ、あの男は。

 私の心にぬっと入ってきたかと思いきや、ヘラヘラと笑うだけ笑って微妙にかき乱してくる。

 うんうんと首をかしげながら教室の前にたどり着くと、友人たちの楽しそうな声が耳に入ってくる。

「えーでものどかってさ、全然面白そうに笑わないじゃん」

「わかるー、表面で取り繕ってるっていうかー」

「だるいだるい、そういうやつだるいよね」

 わいわいと響く、私の陰口。

 別になれたことだ。よくあること。だから私は何事もなかったかのように笑って、繕って、生きていくしかないのだ。

 私がいつものように笑って教室に入ろうとすると、林がサッと隣を歩く。

「気持ち悪い話してんな」

 ぼそっと林がつぶやくと、じろりとみんながにらみを利かせる。

「なによ林」

「別にあんたに切れてないし。のどかに対してだし」

「ていうか、のどかこそ何なの? 頼んでないのにああいう風に取り繕ってきてさ、迷惑なんですけど」

 ズバズバと心無い言葉が胸に刺さる。

 でもあなたたちは私が冷淡でいると不愉快そうな表情をするじゃん。

 でもあなたたちは私よりも周囲の人間に愚痴とかが理由で嫌われているよ。

 でもあなたたちは。

 でもあなたたちは。

「俺はお前らのその批評のほうが迷惑だと思うぞ」

 考えがまとまらない私に、その彼の一言は、まるで光が差したような気がした。

「行こう」

 ぼやっとしていると、彼が腕を引いて教室から出る。

「え、どこ、へ」

 私がクラクラした頭で尋ねると、彼はぶっきらぼうな表情のまま、こう告げた。

「いつものとこ」

 


 🚬



「吸わないの?」

 喫煙所にて林にそう聞かれて、私はいいと小さく首を振る。

 結局彼女たちは追いかけても来なかったし、これから私はどうやって教室内で過ごしていけばいいのだろう。自分にとって居心地のいい環境を作ることに尽力していたから、いざ失うと何もわからなくなる。

「なあ」

「なに?」

「俺と一緒にいようよ」

「ハ?」

 変なことを言われ、目を見ずにそう返すとやはり彼は噴き出してげらげら笑い転げてくる。

「その返し方、お前そっちのほうがやっぱり良いって」

 さらっとそういう彼に、私は先ほど女たちに言われた言葉を反芻し、モヤっとする。

「冷淡なままでも、人は寄ってこないわよ」

「俺はそっちのほうがいい」

「すごくわがままになるし」

「別にいいんじゃないか?」

「タバコ吸うし」

「俺も吸うけど」

「ハ?」

 ナチュラルに喫煙者ですといわれ、私はまたも素っ頓狂な返事をしてしまう。

「ほら」

 彼が着ているパーカーから取り出したのは、三本ほど残っているピアニッシモとまだ輝きを失っていないジッポライターだった。

「かっこいいでしょ、このライター」

「本当だかっこいいーって違うわ! なんであんたそういうこと言わないの!」

「言えって言われなかった」

「ハ?」

「まあまあ、友達も減ったことだし」

 あっけらかんと彼が言うもんだからなんだか本気でどうにかなる気がして、私は勢いよくベンチから立ち上がる。

「まあ、どうにかするか」

「返事は?」

「なんの」

「え、だから、俺と一緒にいようよって」

 少し赤くなった顔で、彼が上目遣いで聞いてくる。

「ハ、あれ、マジだったの?」

「マジ以外の何物でもないけど」

「ハア……」

 私がそう深くため息をつくと、彼はなんかごめん今しか言えるタイミングないと思って、というより実は俺一目ぼれしててと釈明し始める。

「同盟、解消」

「え?」

 私はベンチに座る彼の頬に、唇を添える。

「よろしく、ダーリン」

 後ろに笑が付きそうなニヒルな笑いを含めながら、私は彼に対してほくそ笑んだのだった。

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タバコと恋と八方美人 優 詩織 @yu-shy

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