閑話 魔術と錬金術のお話

 夕方。小さな宿場町の酒場にカナリア一行の姿があった。

 一つのテーブルを囲み3人は各々が注文した料理を口に運ぶ。

 髪を紐で後ろに結んだカナリアは、運ばれてきた麦粥をから、湯気を上げている粥をすくい上げゆっくりと口へと運ぶ。

 口の中に熱気と共に麦独特の甘みが広がる。

 久しぶりの温かい食事に自然と頬がゆるむ。

 そんな小さな幸せを感じながら食事を進める彼女の右斜め前に座るスイユンも一口大に千切ったパンをシチューに浸しながら口に入れる。

 彼女もまた温かい食事に満足している様だが、スイユンには一つ気になる事があった。

 スイユンの左側(つまりはカナリアの前の席)で骨付きの鶏肉を食べているアッシュの事であった。

 彼女は眼の前に置かれている程よく焼け脂がのった鶏肉を勢いよく引き裂く。

 そして、右手に持った骨側に付いていた肉をそのまま口に運び、噛みつき引きちぎぎる。傍から見れば野生児のような食べ方である。

 その食べっぷりはお世辞にもきれいな食べ方とは言えないものである。

「……あの、、もう少し、お行儀よく食べませんか?」

「……なふぃが?」

 鶏肉を裂いた時に飛び散った油を頬にもろに受けたスイユンが静かに声をかける。その膝に置かれた両手が静かに震えている。

 アッシュは気にすることなく口に肉を頬張ったまま答えた。

 その態度に怒りを覚え立ち上がったスイユンだったが、アッシュの視力が非常に悪いことを思い出す。

 彼女の眼はほとんど光を写さない。普段は戦いの時ですら足元がおぼつかない事や周囲の人や物にぶつかることもないため忘れがちだが、自分とは違い周囲の細かいことは見えていないのだ。

 つまり自分の食べ方が他人と異なっていることに気が付いていないだけでなく、周囲からどのように見られているかという観点が彼女には無いのだった。

 スイユンは自身を落ち着かせると「なんでもないです。」とだけ言うと着席しつつ、自分の料理に食べかすが飛んでこないように少し位置をずらした。

「まあまあ、二人と落ち着いて食べようよ。スイユン、わたしの側に席を移動してくれる?」

 そんな二人を見ていたカナリアは苦笑いをしながら話しかけた。

 その提案に承諾したのか少しむくれながらも無言で席を移動するスイユン。

「アッシュは、少し食事のマナー覚えた方がいいかもね。せっかくなんだし他の人からどのように見られるかを考えるいい機会になるよ?」

 そこまで言われたアッシュは口の中の物を飲み込むとキョトンとした表情を向ける。

「……もしかして、わたしの食べ方って他の人から見た変なの?」

 問いかけるアッシュの顔がみるみる羞恥で赤くなっていく。

「変と言うか……。でも今まで食べるときのマナーとか教わる機会なかったんでしょ?ならこれから覚えていけばいいよ。」

 年下を諭すようにやさしくカナリアが返す。そして「それに」と付け加える。

「多分マナーについてはわたしよりスイユンの方が詳しいから、スイユンに教えてもらうといいよ。何せワンウさんに作法を教え込まれているんだし。」

 少し意地悪い笑みを浮かべるとスイユンの方に目を向ける。

「えっ!?わ、わたしですか?……確かにこれまで師父グランド・マスターに洋の東西を選ばず礼儀作法を教えていただきましたけど……。」

 突然矛先を向けられしどろもどろに答えるスイユン。

「なら決まりね。華帝国や極東の礼儀作法ってよく知らないから、わたしも興味あるの。ぜひ教えてね。」

 飛び跳ねるように喜ぶカナリアに圧倒されつつ、スイユンはこっそりとアッシュの方を見る。アッシュもまた興味深々と言った表情を浮かべている。

 そんな二人を見てスイユンは思わずため息をつく。普段は無表情な事が多いアッシュだが基本的にはカナリアに勝るとも劣らない程に好奇心旺盛であった。そんな二人から頼まれたら断れる訳がない。

「わかりました。明日から二人に礼儀作法を教えてあげます。でも基本は師父からの教えですから本当に正しいかはわかりませんよ。」

 承諾と同時に予防線を張ることは忘れない。そしてさらに交換条件を提示した。

「礼儀作法を教える代わりと言っては何ですけど、カナリアに魔術と錬金術の違いについて教えて欲しいんです。もちろん基礎的なものでいいんですけど。」

 彼女もまた二人に劣らぬほどの好奇心の持ち主であった。


 食事が終わり階上の部屋に戻ると、カナリアは机の上にいくつかの道具を取り出す。

 いずれも魔術や錬金術において必要な巻物や薬品だ。

 物珍しそうにそれらの品々を見つめるスイユン。アッシュもそれらを間近に持ってきていいのか思案顔でにらみつける様に見つめている。

 そんな二人の前に果実水を注いだカップを置くと、カナリアは魔術の歴史から説明し始めた。



 魔術とは古来から続く『魔法』や『呪術』と呼ばれてきた神秘の力を体系化したものである。

 かつては一握りの者のみが触れられる事のできる奇跡にも等しい力であった。

 しかし、いわゆる『魔法使い』や『呪術師』と呼ばれた術者達の閉鎖的な考えのもとでは(当人達の性格以外にも、周囲から迫害を受けてきた歴史にも起因するが)、元々魔力の行使には素養を必要とするにも関わらず、後継者を得る事に難儀していた。

 そのため見込みのある子供を誘拐するなどを行うことになり、さらに社会から隔絶していった。

 その様な中、魔法について調査研究をしていた学者が、ある魔法使いと出会った。

 本来であれば神秘を暴く者と隠蔽する者で対立しかねない両者であった。

 しかし、互いに議論を交わした結果、神秘を探求する者として意気投合することとなる。

 そして2人は『魔法』を『魔術』と言う技術体系へと組み直し学問として確立するに至った。

 魔法と魔術は基本的に変わるところは無い。そのため、魔術の行使には本人の才能が必要になる。

 しかし、学問として体系化した魔術は、学問として広く門戸を開いてるため適性ある者を探すための労力が大きく軽減されることになった。

 さらに個々の特性ごとに修める学科が選択できることもあり短期間で(とは言え10年、20年以上の時間は要するが)大きな魔術を行使できる者が現れた。

 また学問である以上、共同研究も当たり前に行われるようになったため、新たな術式た次々と編み出されることとなった。

 しかし、この様に体系化されたということは、必然的に権力者にその力の行使を求められることや、新たな術式に対する権利問題なども発生した。

 これらの諸問題に対する管理、研究育成などの魔術に関連する諸問題を解決するため、『魔導学術院』が作られた。

 現在、人目に触れる場所で活動するほぼ全ての魔術師はこの魔導学術院と何らかの関りを持っている状況となった。


「その魔導学術院って、カナリアが所属している『王立学術院』の事?」

 魔術の歴史について一通りの説明を聞いていたアッシュが質問を投げる。

「そうだね。『王立学術院』も魔導学術院の一つで文字通り連合王国が設立したもの。ただ他の魔導学術院と違って魔術関係だけでなく数学や建築、芸術なんかも管轄に置いている総合的な組織なので敢えて魔導を外しているって感じかな。」

 自分の所属組織の特徴を少し自慢するように胸をそらしながら話す。

 カナリアは幼いころから王立学術院で暮らしていたため、帰属意識が強いことはアッシュも理解していた。

「だからカナリアは魔術と錬金術を同時に修めているのね。」

 今度はスイユンが納得したばかりに声を上げる。

「んー、それはちょっと違うかな。錬金術は基本的に魔術の一つなの。特に現代錬金術は魔術と切っても切れない関係にあるわ。」

 カナリアは講義を再開するように一つの書物を開いた。


 錬金術は大きく分けて2派存在している。つまり古代錬金術と現代錬金術。

 前者は古代に南方で発生した正に卑金属から純金属を生成する技術である。

 これらは魔術が広まるまでは連合王国内でも研究が続けられてきたが、結論から言えば、この試みは失敗であった。

 確かに一時的に性質を変えることは可能であった。

 しかし、全く別の物質へ永続的に変えることは、無から有を作り出すこと並みの無理難題である事が研究の果てに得られた結論でった。

 その結果をもって古代錬金術は衰退してくことになる。

 対する現代錬金術は古代錬金術の研究から派生した術系統である。

 ただし物質変換を目的としてた古代錬金術とは異なり、研究の副産物的に生まれた技術を使い魔術行使の助けとなる触媒を生成する術であった。

 ともすれば道具作成を生業とする職人的な存在ではあるが、より効率よく簡易に術が使える様に研究を続けており、中には『電』の様な魔術の代用品となる物を発見、発明する者も現れている。

 その事から現代錬金術の研究は魔術の神秘性を侵すと危ぶむ声もあるが、同時に誰でも気軽に使える魔術を渇望する人々からは次世代の魔術としてもてはやされていく事となる。


 一通り説明を終えたカナリアが果実水を口にする。柑橘系の酸味が乾いた喉に刺激的だった。

 その時、アッシュが何か感がる様に難しい顔をしながら問いかけた。

「現代錬金術が魔術の補助なら、なんでカナリアは錬金術を修めているの?あんなに色々な魔術を使っているのに。」

 以前彼女と戦った際にも現代錬金術による補助も使っていたが、戦闘を行いながら瞬間的に『肉体強化』などの魔術を行っていた事を思えば当然の疑問だった。

「……言いにくいんだけど、わたし魔術師としては三流もいいところよ。」

『えっ!?』

 バツが悪そうに視線を泳がしながら答えるカナリアに二人は驚愕の声を上げる。

「魔術において自分の身体に影響を与える魔術って初歩も初歩なの。何せ自分が一番接している物って自分の体じゃない。その調整が出来なくては他の物へ影響を与えるなんて無理なことなの。」

 それまでの明快な解説とは異なり、陰鬱さが混じった独白の様な語り方で話し始める。

「わたしは別に魔術の大家の家系の秘蔵っ子の様に魔術の才能がある訳じゃないからどう頑張っても三流魔術師どまりなの。こればかりは適性の問題。どんなに高度な術式を覚えても簡単には扱うことができないのよ。」

 おもむろに服の胸にあるスロットから1本の細い管を取り出す。透明な水晶でできた管の中からわずかに赤い光が漏れ出ている。

「これは下級の火の精霊を閉じ込めた魔導具タリスマン。これの力を借りれば一般的な魔術師が使う程度の炎に関する魔術は行使できるの。他にも色々な精霊の力を借りているわ。でもね。」

 そう言いながらいつもマントの裏に身に着けているベルトを持ち上げる。

 そこには精霊を封じた管と似た形状の薬瓶が鈴なりに取り付けてあった。

「これらの錬金術で調合した薬品を媒介に使えば、わたしの魔術の効果を増加させることができるの。わたしが錬金魔術師であるのはそのためかな。」

 最後に乾いた笑い声をあげるが、無理をしている感じが否めない。

 「今晩はこれまで。」カナリアはとだけ告げると窓辺へと席を変え、外を見つめ続けた。

 アッシュもこの様な時にかける言葉が見つからず、何か思案する様に床の方へ顔を向け押し黙る。

 室内に陰鬱な雰囲気が場を支配していく。

 その中、スイユンは大きく深呼吸する。そして「良しっ!」と小さく呟き気合を入れると、カナリアの方へ歩いていく。

「カナリアはさ、自分の足りないところを補う為に錬金術を習ったんだよね。」

 突然話しかけられた事に驚き、振り返るカナリア。その目はうっすらと充血し、普段は見せない様な驚きと敵意、そして恐れがまじりあった様な表情だった。

「わたしもね。師父から武術マーシャル・アーツを習っていたけど、わたし身体小さいから、どうしても武技マーシャル・スキルすら覚えるのが大変だったの。」

 そう語りながらカナリアの横に座りカナリアを見つめる。

 それは普段のあどけない年下の少女ではなく、どこか母親の様な慈しみをたたえた女性の表情だった。「あっ…」思わずカナリアの声が漏れる。スイユンの手がやさしくカナリアの髪に触れ、そのまま側頭部から頬へとやさしくなでながら語り続ける。

「だからわたしは師父に武術なんて無理だって何度も言ったんだけど。返ってくるのは『創意工夫せよ』だけだったんだ。でねある時ね考えたの。身体が小さいからこそできることは無いかってね。」

 カナリアから目を離し、アッシュの方を見る。視線に気が付いたのかアッシュもカナリアとスイユンの方へ近づいた。

「自分で言うのも変だけど、わたしは結構すばしっこいから、相手に正面からぶつかるのではなく、色々な方向から攻めようと思ったの。その為には何が必要かって考えながら指南書を見直してみたら、それまでは理解できなった武技がわたしの戦い方にあったものに見えてきたの。そこから先は早かったよ。自分に合ったかたちで武技を体得してく事が出来たから。」

 カナリアが改めてスイユンの方へ体を向き直す。それに合わせスイユンは大きく両手を広げてカナリアに抱き着いた。

「わたしが自分に合った方法で武技を習得したのと同じだよ。カナリアはカナリアなりに必要な力を得るために錬金術を体得した。それは他の人から見たら邪道かもしれないけど魔術を使えるようになったことは間違いないでしょ。だからさ、人の目を気にするなとは言えないけど、結果を出している以上、自分を卑下する必要はないと思うよ。」

「そうだよね……。ありがとうスイユン。それに心配かけちゃったねアッシュ。」

 抱き着かれたことに驚いたが、そのまま抱き返すと礼と謝罪の言葉が自然とこぼれた。


 深夜。

 他愛のない話をしているうちに眠気に誘われるままスイユンはベッドに倒れこみ眠ってしまうと、カナリアは彼女に毛布を掛け自分も寝支度を始めようとした。

 そこへ「あのさ……。」とアッシュに改まって呼び止められた。

「なに?」

 すっかり元の調子を取り戻していたカナリアはニッコリと微笑みながら振り返る。

「スイユンにあの話はしなくていいの?」

 アッシュがいつにもまして真面目な口調で問いだしてきたが、カナリアはわざと少しおどけた口調で答える。

「それはわたし自身の問題。『わたしは滅びた公国のお姫様ですぞ』なんて言っても締まらないじゃない?」

 答えに納得がいかないのか眉をへの字に曲げるアッシュ。

 そんな彼女に近づきながら真面目な口調で答える。

「……そうね。必要になったらスイユンにも話すけど、『』がわたしを狙って暗躍しているって話はまだ確定した話ではないじゃない。」

 「そうだけど……」となおも言いかけるアッシュの唇に人差し指を当てて言葉を紡がせるのを止める。

「確かに奴らは何の関連性もない2つの組織にわたしの妨害を依頼していた。まるでわたしの行き先を前々から知っていたかのようにね。」

 アッシュに身体を密着させ耳元に口を近づけ小さくささやく。

「本当にわたしの行き先を知っているなら身内に内通者がいるし、ほうぼうの組織に依頼してまわっているのなら資金力はとんでもないことになるわね。」

 耳元でささやかれるという行為に対し紡がれた言葉に、アッシュは背中に冷たいものが走る感じがした。それはどちらに転んでも恐ろしい敵と対峙していることになるではないかと。

「なーんてね。どちらもわたしの想像でしかないから、そこまで心配しても始まらないよ。」

 アッシュから身体を離すとカナリアは元の明るい口調に戻っていた。

「だからね。アッシュには期待してるよ。いざという時にはわたしを守ってくれるのはアッシュだから。」

「それは一度殺しあった仲だから?」

 明るくふるまうカナリアに対して、少しだけ意地悪そうにアッシュが皮肉を返す。

「ひどいなぁ。少なくともわたしはあの時、そんなこと考えていなかったよ。」

 口をとがらせ反論するカナリアに「わたしもだ。」と答えるアッシュ。

「それに『いざという時に守る』のはわたしだけじゃない。スイユンもだ。わたし達はお互いにカバーしあう事ができるいい仲間になるはずだ。」

「そうだね。でもその時にはスイユンにもちゃんとわたしの事を話さないとね。」

 カナリアはスイユンの方を見ると羽織っていたマントをハンガーにかけ、自分のベッドへと上がった。

 その気配にアッシュもベッドの中へ入り込む。

 ランプの明かりを消すとカナリアはベッドに両手足をなげだして横になった。

「……そうだよね。いつかは本当のことを離さないといけないよね。スイユンだけじゃなくアッシュにも。」

 意識が睡眠によって薄れていくのを感じながらカナリアは口中で呟いた。

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カナリア ~ある錬金魔術師の冒険~ サイノメ @DICE-ROLL

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