百手のマサ、町田の子どもたちのふれあいイベント
「やったね兄貴!」「すごいや兄貴!マジでやっちまうなんて!」
町田の浮浪児たちがマサの周囲を取り囲む。
十兵衛討伐からしばらく後。バラック街に足を踏み入れた途端にこの有様だ。
あの戦いからしばらく、傷だらけの全身を癒すためにほとんど寝たきりとなっていた。次から次に見舞いに来る「遠縁の親戚」や「学生時代の先輩」、「相互フォローの友人」を蹴散らしながら半ば不眠不休で付きっきりで看病してくれたウォーモンガーたみ子には感謝してもしきれない。
「ま、だいぶ良くなってきたし後はなンとかなンだろ…これも貸しだぜ」
まだ痛みの残る肩を小突くと、たみ子は看病に押しかけてきた時同様、勢いよく帰っていった。
「さて…と…」
十兵衛を倒した直後にたみ子が言っていたように、さほど遠くない内に柳生空中艦隊が町田に攻めてこよう。体を回復させつつ、その備えをしないといけない。やることは多い。
「とはいえとりあえずは…バラック街だな」
十兵衛が挨拶がわりに町田市民の大半を殺害した直後、マサが落ち延びた区域。なし崩し的に十兵衛討伐の旅に出ることになってしまったが、いくらかの私物を残してある。
バラック街を離れる時はちょっとした外出と思い、浮浪児たちの中で最も良くしていた小僧に荷物を見張らせていたが、思わぬ長旅となってしまった。あの地域でそれが未だ盗まれずに残っているとは考え難いが、今の自分は十兵衛を倒した男だ。ひょっとしてひょっとすると、敬意、あるいは畏れによってそのままとなっているかもしれない。
◆
「……な、ワケねーわな…」
マサがねぐらとしていた廃バラックは散々に荒らされ、金目の物も金目でない物も全て持ち去られていた。金子やら雑多な品はともかく、惜しい品が一つあった。が、己の迂闊だ。見つけ出すには骨が折れそうだが、それもやむなし。
「靴磨いたよ兄ちゃん!お代!」「バクシーシ!」「十兵衛倒して儲かったんだろ!?小遣い頂戴よ!」「バクシーシ!」
マサを囲む浮浪児たちは知らぬ存ぜぬでマサにタカり続ける。こいつらの中に、マサの荷物を漁った者も混ざっているであろう。大したツラの皮だ。半ば感心しながら呆れるマサだったが、その中に荷物を見張らせている小僧の顔がないのが気がかりだった。
立ち去ろうとしたマサの耳に、悲鳴が聞こえた。
「ヌ…!」
バラック街の入口に先ほどは無かった磔台がそびえ立つ。そこには、傷だらけになった例の小僧が……!
「今、助ける!」
待ち伏せのリスクはあったが、打ち払うだけの技量が己にはある!
マサは躊躇なく駆け出し、小僧を縛る鎖を斬り払う。
「ゲーッホ、ゲホ!」
激しく咳き込む少年を背中に庇い、辺りを警戒しながら歩く。他の浮浪児たちは守るべきか?それとも、敵か?逡巡したマサの足が止まる。それはマサの意思によるものではない。
「影縫い!?」
マサの足元から伸びる影に針が突き刺さり、マサ本体の脚をもその場に縫い留める。それは…磔になっていた小僧の口からの含み針である!
「キキーッ、百手のマサ!十兵衛を殺したお前の首を取れば武功もドン!柳生に持っていってもどこに持っていっても遊んで暮らせるぜ!置き引きだってやり放題だ!」
彼を取り囲んでいた浮浪児たちも一斉に棒手裏剣を構え、マサに投げつける。
油断ならぬガキどもと思っていたが、想像の遥か上だな。マサは内心辟易しながら、刀を振り回して棒手裏剣を弾き散らす。
あの戦いの後、如何にしてかレディ・ストラテジーヴァリウスが接ぎ直した愛刀"ウーラノスの楊枝"はそれ自体が意思を持つかのように手裏剣を弾く。
だが、彼を囲む浮浪児たちの陣形はさらに厚く複雑となっていく!影縫いによって脚を封じられたマサは上半身のみで巧みに防御し続けるが、その形成は徐々に不利!
「キキーッ!これぞ命奪呪殺陣!死ね、百手のマサ、死ねーッッ!!」
その時!
「使いたくはなかったんだが…南無三!!」
マサがその腰に差すもう一振りの刀、聖鎖と霊符で厳重に封印されたその鞘に手をかける。
おお、読者よ、見るがよい!
辺り一面を病んだ紫光が照らす。その歪な光はマサの影ともども、彼を拘束する影縫いの呪力を吹き飛ばす。
「ギ、ギィーッ!!あの剣、あの剣はまさか!!」
なんたるか!百手のマサの手に握られているのは、柳生十兵衛の用いた邪刀・英霊頑刀である!(今の所有権はレディ・ストラテジーヴァリウスにあるのでリース契約)
刀身の輝きに共鳴して、柄に巻き付けられた聖鎖が苦しげな軋みをあげる。
「…ッ!乗りこなせて、短時間か!!」
マサは刀身を再び鞘に収めると、身を極端に低く構えた姿勢で浮浪児陣形の中に飛び込んでいく。
「ギ、ギィーッ!!影縫いだ、もう一度!」
浮浪児たちがマサの足元を狙い一斉に棒手裏剣を再投擲するが、油断が無ければむざむざとそれを受ける男ではない!
「ギャアー!」「ウギャアー!」「アギャアー!」
浮浪児達の密集陣形の中をマサが駆け抜けるに合わせて、血しぶきが飛び、悲鳴が上がる。
そして最後に、マサだけがその場に立っていた。
「痛えよ…痛えよう…」「オ、オイラの手が~…」「ああ~~」
浮浪児たちは全員倒されている。無傷の者は一人もいない。片手、あるいは片足が切り飛ばされた不運な者も一人や二人ではない。
倒れる浮浪児たちは皆、口々に苦痛の呻き声をあげる。つまり、命を失った者もまた、その場にはいなかった。
マサが叫んだ。
「まだ命がある者、それは持って帰るがいい!ただし、なくした手足は置いてってもらうぞ。これはもう、俺のものだ」
浮浪児たちが一人、また一人よろよろと立ち上がってその場を去ろうとしていく。その後ろ姿を見てマサは思う。これは将来の禍根となるだろうか。手足を斬り飛ばされたガキどもは再起不能となるだろうか。
いや、不屈の精神を持った剣士にあっては自己に与えられた過酷な運命こそかえってその闘魂を揺さぶり、ついには…
復讐に燃える隻腕の剣士がやがて己の命を狙いにくる様を想像し、マサは笑った。それならそれでよほど面白い。たみ子を斬らなかった時、轟轟丸を斬らなかった時とは全く違うものが己の中に残った。冷たい風がマサの火照った肺を冷やす。
「だが…!」
マサが跳ぶ。
「そこの貴様、その邪悪な魂だけは、今ここで刈り取っていく!」
再び英霊頑刀を素早く抜くと、その場を立ち去らんとしていた浮浪女児の背に突き立てる!
「ギャアアアアアアアア!!!!」
病んだ雷光が辺りに拡散する!
見よ!その光が彼女を照らすと、その外見は見る間に変貌していく。英霊頑刀の魔光が幻術を消し流す。幼子の体格はそのままに、そこには醜悪な老婆の顔面が!
「ギニャァァアァァ!!!貴様…なぜ私がこの数十年間町田の浮浪児コミュニティの全てを当人たちに支配されていることすら気づかれず支配し邪悪な欲望を満たし続け、今回の襲撃も裏からその一切を主導していた町田史上最悪のエルダー浮浪児”絡新婦のアユミ”と気づいた!」
「勘!」
マサは更に深くその背中に英霊頑刀を抉りこむ!魔光は次第に刀身に収束していく!
「ギニャアアア!私の魂が…吸われる…!肉体から離れて別の浮浪児に憑依することも出来ない!この刀に魂が完全に食い滅ぼされてしまう!ギ、ギギニャアアアアアアアア!」
英霊頑刀がアユミの背から一気に引き抜かれる。
「成敗!」
「ギニャアアア!」
絡新婦のアユミは最期の断末魔を挙げると、残心するマサの背後で大爆発!その邪悪な魂は英霊頑刀に喰いつくされ、あらゆる次元から永久消滅した!
「さて、帰るか…?と、あれは」
走り去って行く浮浪児たちの中、一人の少年、マサが荷物を預け、自ら磔になり彼を罠にかけた小僧が彼の目に留まる。一本の木刀をその両腕に抱えていた。
その木刀こそ、彼がここに戻ったそもそもの目的。黒冥党の男たちとの稽古に使っていた木刀であった。
「おい…!」
マサは少年を呼び止めかけ、思い留まった。
腰の二刀に手をやる。
ウーラノスの楊枝、英霊頑刀。
思い出まで後生大事に抱えちゃ、手に余るな。
少年を咎める代わりに、彼の背中に大きな声をかける。
「くれてやる、励めよ」
木刀を持った少年は少し躊躇してから振り返り、マサに一礼するとそのまま走り去っていった。
(終わり)
※これはドント(@dontbetrue)さんのリクエスト「じゅうべえを やっつけたあとで 町田の だい1話でいた所にかえってきたら ふろうしゃの ガキたちや みんなに チヤホヤされる マサや仲間たちの SS」を受けて書かれたものです。
YYYYY・サイドストーリーズ アロハ天狗 @alohatengu
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