アドルナート領の調査⑤



 アドルナート伯爵が突然、後ろに居た家令に殴りかかった直後、俺――神誓騎士エベルト・フェルナンディは伯爵の背後に【転移】し、即座に床に組み伏せた。


 隣に座っていたベンジャミンは、頭から血を出した家令の下に駆け寄り手当てを始める。伯爵を連れて行こうとした衛兵たちも、慌ててこちらへとやって来た。


 俺の下に居る伯爵は、俺の腕を振りほどこうともがきながら、家令の方を睨んでしきりに叫んでいる。


「おおおまえのせいじゃあ! い、い、いつも余計な事ばかりしおってええ! 全部、ぜんぶおまえが悪いんじゃああ!」


 ――コイツ本当にチャールズの父親か?


 口から泡を吹いて喚き散らす肥満体の中年男性を見下ろす俺の頭に、そんな考えがよぎる。

 いや、ジャンニーノが智神の加護で血縁関係を証明しているから間違いはないのだが、それにしたって……


「醜いにも程があるな。外面以上に内面が、だ」


 いつの間にか目の前に立っていたジルヴェスタが、冷ややかに伯爵を見下ろしていた。

 周囲の衛兵たちは、次の行動を決めかねているのか、一定の距離を取ったまま俺と伯爵、ジルヴェスタの三人を囲んでいる。


「ジル。家令を殴ったので『三回目』か?」


 美神びしんアプローナスの下僕しもべであるジルヴェスタの前で、『偽る行為、悪なる行為、卑劣なる行為、及びこれらに準ずる発言を四度』で神罰が下る。


 ここまでにアドルナート伯爵は既に二回、偽証と受け取られる発言をしており、今の家令への暴力悪なる行為で三回目の過ちとなった。


「ああ、そうだ。そして――」


 光輪と黄金の翼が放つ輝きで、ジルヴェスタの顔に影が落ちる。


「家令への責任転嫁で、四度目だ」


 衛兵たちが息を呑むのと、ジルヴェスタの古代語による宣誓はほぼ同時だった。


「【誓言起動せいごんきどう:我が信仰は美神アプローナスに捧ぐ】」


 宣誓を終えた直後にジルヴェスタの身体が光に包まれ、宙に浮かび上がる。


 やがて光が収まった後に現れたのは、片腕を露わにしてまとった純白のトーガの上から、美の女神アプローナスの象徴である蔓薔薇つるばらを、頭から翼、足先まで全身に緩く巻きつかせたジルヴェスタの疑似神体。


「おぉ……」「なんと……」


 俺たちを取り囲んでいた衛兵は、皆一様にジルヴェスタの姿を見上げては感嘆の溜息を吐いていた。

 俺の下で暴れていたアドルナート伯爵まで、ポカンとした顔でジルヴェスタを見つめている。


 ジルヴェスタはゆるりと右手を持ち上げて、真っ直ぐに伯爵を指さした。


「ポンツィオ・アドルナート。汝は事前の忠告にもかかわらず、天の神の下僕しもべの前にて四度、不敬を犯した。

 よって美神アプローナスの僕として、汝に罰を下す」


 神の下僕として振る舞うジルヴェスタに、普段決してされないであろう呼び捨てにされた事で正気に戻ったのか、アドルナート伯爵は再び俺の下から逃れようと暴れ出す。


「ふ、ふざけるな! 私が、私が何をしたと言うのじゃ! 離せ、離せーーー!」

「もはや問答は無用。裁きを受けよ――【神罰執行】!」


 次の瞬間、ジルヴェスタに指さされた伯爵がビクリ、と身体を仰け反らせて固まった。

 俺が離れると、伯爵の身体は宙に浮き、ジルヴェスタと向かい合う形で静止する。


 伯爵は言葉を発する事が出来ないのか、口をはくつかせながら目線だけで周りの衛兵たちに助けを求めるも、衛兵たちは人ならざることわりの下に進む目の前の光景に、固まるばかりで動けない。


 やがて恐怖に顔を引きつらせる伯爵の足先からゆっくりと、溶けた青銅が染み出して来た。

 爪先から垂れ落ちた青銅は床に広がって土台になり、伯爵の両足を固定する。そして染み出した青銅は足首からせり上がり、膝、腰、胴体、両腕を徐々に固め、自由を奪っていく。


「――――~~!!? ――~~……!!」


 自分が青銅へといく様子を目の当たりにした伯爵は、涙と鼻水を垂れ流しながら、助けを求めて必死に周囲を見回す。


 立ちすくむ衛兵たち。俺。冷たい目で見下ろすジルヴェスタ。背を向けて片膝をついているベンジャミン。


 その傍らに倒れる家令の姿を見た伯爵が、動きを止めた一瞬。


 青銅が伯爵の頭部を覆い尽くし、後には縋るように家令を見つめるアドルナート伯爵の青銅像が残った。


 ジルヴェスタは神罰が執行された事を見届けて静かに頷くと、宙に浮いたまま部屋にいる人間をぐるりと見渡す。


「この場で今もっとも地位が高い者は誰かね?」


 その言葉に、衛兵たちの視線が一か所に集中する。


「はっ、私めでございます」


 確か家令から衛兵長と呼ばれていた、体格のいい赤毛の中年は、恭しく頭を下げた。


「名乗りを許す」

「はっ。カルロス・マリオッティ。王国より男爵の位を賜り、代々に渡ってアドルナート家に近衛として仕えて御座います」


「ではマリオッティ男爵。この屋敷で今もっとも地位が高い者は貴殿の他にいるかね?」


「アドルナート伯爵のご子息であられるルチアーノ様がいらっしゃいますが……今はお眠りになっております」

「ふむ。連れてくることは出来るかね?」


 ジルヴェスタの問いに、マリオッティ男爵は苦虫を噛み潰した顔でこう答えた。


「いえ。僭越ながら申し上げますが……銅像がもう一つ増える事になるかと」


 俺はジルヴェスタに視線で嘘かどうかを確かめれば、ジルヴェスタは蔓薔薇の絡んだ長い髪を揺らして、頭を横に振る。


 ――マジかよ……ひょっとしてチャールズの家族って、まともな奴がいないのか?


 そう言えば、野営地で事情聴取をした時に、チャールズは家族について一言も触れなかった事を思い出す。

 話の流れで出て来なかったのもあるが……もしかしなくても積極的に話題にしたい人間じゃないから、と言う理由もあったのだろうか。


「マリオッティ男爵。この屋敷に貴殿より地位が高い者は?」

「居りませぬ」


「では、貴殿はチャールズ・アドルナートの出奔について何か知っているかね?」

「はっ。チャールズ様の出奔の折、その場に居合わせておりました」


 ジルヴェスタが俺に目配せをして頷いた。

 どうやら、ようやくまともに会話ができる奴から話が聞けそうだ。


「ではマリオッティ男爵。そちらの家令殿を安静に出来る場所にお運びした後、改めて話を伺わせてもらおう。言わずもがなではあるが――」

「はっ。私が見たまま全てを、嘘偽りなくお話いたします」


 こうして俺たちは、紆余曲折を経てようやく、マリオッティ男爵からチャールズ追放の真相を聞く事となったのだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

毒殺師の後継者 鳩藍@2023/12/28デビュー作発売 @hato_i

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画