アドルナート領の調査④
ポンツィオ様を聴取の場から引き離す機を、俺――アドルナート家の家令ジョルジュは固唾を飲んで
偽証や暴言、責任転嫁を後三回してしまえば、ポンツィオ様に神罰が下る。そうなる前に、多少強引な手を使ってでもポンツィオ様を退場させねばならないのだ。
機会は一度、次に偽証を指摘された時だけ。決して失敗は出来ない。狙いを悟られないよう、俺は無表情を保って静かに待つ。
「では改めて。チャールズ殿が領地を離れた経緯についてのお話をお願いします」
黄金の翼を生やし、美神アプローナスの光輪を戴いたジルヴェスタ殿が質問を再開する。
先程の仕切り直しでいくらか冷静さを取り戻したポンツィオ様は、今度はしっかりと受け答えをした。
「うむ。チャールズめは次期領主であるにもかかわらず、己の道楽と金稼ぎに夢中になっておっての。それを父として少しばかり
「二回目です。伯爵閣下」
――来た。
ジルヴェスタ殿からの指摘に、ポンツィオ様はまたしても顔を赤くして怒鳴り散らす。
「貴っ様ぁ! 先程から何なのじゃ!? 調査と言いながら話の腰を折ってばかりではないか!」
「伯爵閣下。どうか落ち着いて」
「誰の所為じゃと思うておる、この――!」
――今だ。
「落ち着いてください旦那様!」
慌てた風を装って、強い口調でポンツィオ様の肩を鷲掴みにする。
当然、頭に血が上っているポンツィオ様は、怒りの矛先を俺に向けた。
「離せジョルジュ! 主人の身体に断りもなく触れるとは何事か!」
「お叱りは後でお受けします! 何卒ご容赦下さいませ!」
「ええい離さぬかあ!」
俺の手を引き剥がそうとして抵抗するポンツィオ様を必死に抑えつけながら、俺は声を張り上げた。
「衛兵長!! 当主様がご乱心だ!! すぐに部屋にお連れしろ!!」
「ハッ!!!」
王都から来た三人が驚くのを横目に、控えの部屋に居る衛兵長のカルロス・マリオッティ男爵を呼ぶ。
先日、ブレッサ=レオーニ伯爵にルチアーノ様がやらかした場に居合わせた衛兵長の行動に迷いはなく、衛兵に指示して素早くポンツィオ様を両脇から拘束させた。
「何をするか貴様らあ! 離せ、離せえ!!」
騒ぐポンツィオ様を無理矢理立たせ、両脇を抱える二人と背中を押す衛兵長の、合わせて三人がかりで応接間の入り口に向けて力ずくで押しやって行く。
――これでいい。
このままポンツィオ様を部屋に押し込め、使者たちの前に出さなければ、失言を理由に神罰が下る事態は避けられる。
『乱心し、まともな調査が出来る状態ではない』のであれば、いくら王都からの使者であっても深入りは出来ない筈だ。
そうなったら、屋敷の使用人たちに聞き取り調査が入るだろうが……それはもう、仕方がない。ありのまま、あの日あった事を話せばいいだけだ。
それがどう判断されるかは分からないが、少なくとも使用人たちが何かしらの罪に問われはしないだろう。
――なら、これでいい。
今日の事で今後アドルナート家に大きな不名誉が降りかかるとしても、使用人たちにまでその不名誉の余波が行かないのであれば、少なくとも俺の苦労は報われる。
――だからこそ、これで……
「フフッ」
不意に聞こえた嘲笑に、全身が凍り付く。
引き摺られていくポンツィオ様の背を眺めていた俺の、視界の端の端。
軍務局の制服を纏った黒髪の麗人が、背筋が粟立つほどの美しい笑みを浮かべていた。
「残念でした」
名乗ってから今まで一言も話さなかった男が口を開くと同時に、中央に座っていたエベルト殿が、ソファから身を乗り出してポンツィオ様の方を向く。
「【限定起動】【
――ドガッ!!!!!
エベルト殿が何事かを唱えた瞬間、目の前に何かが現れ、轟音を立ててソファに落下。
「……ほ?」
ソファに落下した何か――ポンツィオ様は、状況がまるで分からないのか、怒鳴り散らしていたのが嘘のように間抜けな声を上げた。
――……何が、起こった?
俺の視界の中央、先程まで衛兵三人に囲まれていたポンツィオ様が居た場所には、誰もいない。衛兵長も目を丸くしたまま固まっている。
「よくあるんですよ。監査で都合が悪い事に突っ込まれたら仮病使って途中退室されるの。
そして『当主の体調が優れないので後日お越しください』って事にして、証拠隠滅からの国外逃亡口封じ。まあ、当主乱心っていう理由は初めて見たのでちょっと面白かったです」
軍務局の麗人――ベンジャミン・ジュスティーノ殿は、大道芸の講評でもするかのように、パチパチと軽く手を叩きながらこちらの思惑を笑って説明する。
「……困りますなあ、家令殿」
余りの出来事に呆気に取られていた俺に向かって、エベルト殿が凶相を歪めた。
「そちらには『旅神の神殿』から連絡が行っている筈ですよ。従来は税を納めるために使われる旅神の神殿です。この意味が、分かりますか?」
「……いえ」
俺は辛うじて喉の奥から否定の言葉を絞り出し、ゆるゆると首を横に振った。
「旅神の神殿の用途は税を納める以外にもう一つ、『緊急の場合、王都から地方に戦力を派遣するため』に使われるんです。今回の我々の訪問は、後者の事案に該当します」
言葉は耳に入って来るのに、その意味を理解するための頭が追いつかない。
「要するに、チャールズ殿追放の事実確認は、王国にとって急務なので――」
エベルト殿はソファに座ったまま舐め上げるように俺を睨む。
「――舐めた真似してくれんなよ」
その一言を聞いた途端、全身から汗が噴き出した。
立っているのがやっとな程に震える脚。カチカチと震え出しそうな奥歯を必死に食いしばる。
そうだ、この男も天の神の下僕。人ならざる領域の者なのだ。
――ああ、もう駄目だ。俺は、俺は……
そうやって、呆然としてしまったのがいけなかった。
「……ううううあああああああああああああああ!」
絶叫。理性ある人間のものとは思えない声を知覚したと同時に、大きなものが倒れる音と、背中に鈍い痛み。
俺の眼前では、ポンツィオ様が天井を背に俺に馬乗りになって拳を振り上げていた。
「じぃおるじゅうううううううううううう」
――あ、マズ……
強い衝撃と共に眼前が赤く染まり、俺の意識は暗転した。
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