アドルナート領の調査③
『偽る行為、悪なる行為、卑劣なる行為、及びこれらに準ずる発言を三度以上で神罰を下す』
偽証や暴言、責任転嫁を四回行った時点で神罰が下るとジルヴェスタが告げた時の、二人の反応は劇的だった。
アドルナート伯爵は目を見開き、キョロキョロと視線が定まらなくなり、家令の顔から一気に血の気が引いて青くなる。
もうこの反応の時点でチャールズの追放が後ろ暗いものだと分かり、俺――エベルト・フェルナンディは目を眇めた。
左隣に座る軍務局の制服を着たベンジャミンが、面白い見世物を期待しているかのような薄笑いを浮かべている。
「では、事実確認から始めます。今から七日前、アドルナート家長子であるチャールズ・アドルナートが領地を離れた。これは間違いありませんね」
「う、うむ。如何にも」
机の上で組んだ両手の指を落ち着きなく動かしながら、伯爵は言葉少なに頷く。
「では、チャールズ殿が領地を離れた経緯について、詳しくお述べ下さい」
「そ、それはじゃの……」
伯爵はチラチラと後ろに立つ家令に目を遣ろうとするが、家令は我関せずとばかりに正面を向いて沈黙を貫いている。
まあ『嘘ついたら神罰』って言われてるなら、沈黙は割と賢い選択だ――
さて、何やら口ごもっていたアドルナート伯爵だったが、ジルヴェスタの眼光に射すくめられ、引き攣った笑みを浮かべながらようやく質問に答えた。
「わ、私はその、チャールズを追い出すつもりはなかったのじゃよ? ただ私は、あ奴のためを思って――」
「一回目」
ジルヴェスタの口から、無感動な声で回数が告げられ、その場が沈黙に包まれる。
「……追い出すつもりはなかった、は引っかかりませんでしたね」
隣に座るベンジャミンが、俺にしか聞こえない程度の声量で囁いた。
――つまり、美神の加護に引っかかったのは『
「エベルト、顔が怖いですよ」
「……悪い」
ベンジャミンに小声で指摘され、俺はゆっくりと息を吐き出して心を静める。
俺が冷静になったのを見計らって、ジルヴェスタが再び口を開いた。
「アドルナート伯爵閣下。我々は事実確認のために来ております。チャールズ殿が領地を離れた事について、事実のみをお答えください」
その言葉にアドルナート伯爵は顔を真っ赤にして、机に拳を思い切り叩きつける。
「わ、私が嘘を吐いているとでも!? 私はただ――」
「旦那様」
ジルヴェスタに食って掛かろうとした伯爵を、寸前で家令が言葉を被せて止めた。
「なんじゃジョルジュ! 其方は黙っ――」
「口を挟むご無礼、誠に申し訳ございません。旦那様はチャールズ様が領地をお離れになったことで、心労
感情的な答弁につきましては、どうかご寛恕いただきたく存じます」
淡々と、しかし伯爵に有無を言わせない様に告げた家令の言葉に、伯爵も冷静さを若干取り戻したのか、顔色が元に戻っていく。
――仕切り直されたか。まあ、いいけどよ。
もしあのまま感情に任せてジルヴェスタを罵倒しようものなら、即座に残り二回の猶予を使い切って神罰待ったなしだっただろう。
ただそうなると、チャールズ追放の事実確認が難しくなってしまうし、何より神罰執行は後処理が大変に煩雑だ。執行されないに越したことはない。
「……伯爵閣下。念押しになりますが、我々の目的は事実確認です。ありのままをお話しして頂きたい」
ジルヴェスタは険しい視線を伯爵と家令の両方に向けつつも、二人の態度を追及はしなかった。
◆
――よ、よかった……仕切り直せた……
俺――アドルナート家の家令ジョルジュは、内心で大きな安堵の溜息を吐いた。
咄嗟に割り込んだせいで使者の三人からは厳しい目線が向けられているが、構わない。寧ろそれで済むだけ
何せ目の前に居るのは神誓騎士――天の神の
神罰、がどういうものかは分からない。
だがもし、あのままポンツィオ様が使者を罵倒し残り二回の猶予を使い切ろうものなら……法や倫理と言った人の枠組みではない所で、取り返しのつかない事になるのだけは分かる。
しかし今のような割り込みは、そう何度も使える手じゃない。
向こうに『聴取中に割り込むな』と言われれば、俺は黙らざるを得なくなるし、最悪は席を外させられるだろう。
それ以前に、『息子のためを思って』という部分が嘘だと見抜かれた以上、昨日の打ち合わせ通りに話すのは
『追い出すつもりはなかった』
『商業ばかりに力を入れず、次期当主としての心構えを持てと伝えたかった』
『悲しいすれ違いが起きてしまった』
言い訳の要点はこの三つ。一番目は嘘じゃないし、今も追及されなかった。
問題は二番目。前半はチャールズ様の薬師としての活動をよく思っていなかったという意味では事実だ。言い方や文脈を間違えなければ誤魔化せなくはないだろう。
しかし後半。これは『息子の為を思って』と同様に、心証をよくするための建前に過ぎない。
間違いなく二回目の偽証に数えられるだろう。
そして三番目の『悲しいすれ違い』。偽証ではなくとも『卑劣な言動』と数えられる恐れがある。
そうして最終的に言い訳そのものが『偽証』と判断されてしまえば、三度の猶予を破った事で、神罰を下される可能性が非常に高い。
神罰を回避するためには、これ以上ポンツィオ様に喋らせず、
――少し強引だが、やるしかない。
最早アドルナート家の心証については捨てる。力づくなのは否めないが、兎にも角にも神罰を執行させない事が最優先。
俺はどうにかポンツィオ様の神罰執行を阻止するために、ジッと機を
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