第38話 逃走 Escape!! 06

 結局、どうしなくてはならないかということについては、やはりスピリトゥスの波長を頼らねばならないのは、誰が見ても明白であった。


「スピちゃん……ですか?」

「そう! 毎回毎回スピリトゥスなんて言うのも何か無機質な感じがするしね! だったら、ニックネームを付けると親近感が湧いたような感じがしてこないかしら?」


 親近感なんて湧くかどうかも分からないが――まあ、事務的にその名前を言うよりかはマシかな、とは思う。スピリトゥスだからスピちゃん。偉く安直なネーミングセンスだけれど、それについてはメアリのことを否定出来ない……。ぼくだってそういう名前を付けそうだからな。ぼくは未だユーモアがないから、ここでニックネームを付けろと言われたところで、スピちゃん以外のニックネームを思いつくことはない。寧ろ苦手なことは周りに全部お任せするスタイルなので、ぼくとしてはアイディアを出す前に周りが何か良いアイディアを出したら、それに全力で乗っかるというのがスタンスだ。


「何が、スタンスよ。どう見てもやる気がないの見え見えじゃない。自分の意見を押し通すつもりもなければ進言するつもりもない……。それって、人間として生きている価値があるのかしら?」


 結構な言い分だな……。ぼくとしてはそれを別に嫌だと思ったことはないぜ。実際、悪い気にはならないしな。ぼくとしても、きちんと物事が進めばそれで良いんだ。

 ぼくが凡人であっても、周りが優秀であればそれで構わない。ぼくは相手に気持ち良くなるように全力で使い倒す。相手は自分のメリットになることをする訳だから、当然気分も晴れやかになる。ほら、こう見ると良いんじゃないか?


「それで良いと思っているのがおかしな話よね……。まあ、実際それで良いのなら構わないけれど。あんたがそれで、成長する気が金輪際ないというのなら、社会のゴミとして生きていこうと思っているのなら」


 ちょっと待て。最後は少し言い過ぎじゃないか? 少し考えて話をしてくれよ……。ぼくだってそういう態度を取られると困る。

 とは言っても無駄だろうな。何せ今のぼくの発言で否定しているのはぼく以外の全員。敢えて言うならスピリトゥスは肯定も否定もしていないのだけれど、実際のところそれを票に加えて良いのかと言われると、首を縦には振れないな。まあ、それで良いのなら良いんじゃないかな、多分。ぼくだけデメリットを負うことになるんだろうけれど、それを嫌と思ってはいないのだろうから……。


「そんな話をしている場合じゃなくて……、プネウマちゃんを探すのが先決ではなくて? きっと不安がっていると思うわ……」


 そう言ったのはヒーニアスだった。ヒーニアスは男だけど女性の価値観も持っている。『自分には二つの性があるのよ』なんて言っていたような気がするけれど、それは別に構わない。生きていく上でこちらに迷惑がかからないのなら、何をしたって構わない。たとえそれが人を殺めることであったとしても。


「いや、流石にそれはどうかと思うけれど……。倫理観が問われるようなことは、仮に定まったことだったとしても言わない方が良いと思いますよ? 仮定のことであったとしても」


 仮定とは、どんなことだって言うことが出来るのだと思う。そして、その仮定をどう確定にしていくのか、ということについて――幾らか考えなくてはならないのだろうけれど、実際、単純に物事が進む訳もなくて、結論を言ってしまえば、仮定を仮定だと認識しない方が、或いは正しい考えなのかもしれなかった。


「プネウマの……総体の、信号を感じています……!」


 スピリトゥスはぼく達の先陣を切って歩いていた。プネウマの居場所の手がかりを唯一持っているのだから、それについては全く問題ないのだけれど、しかしながら、スピリトゥスへの疑念が晴れた訳でもない。

 スピリトゥスが仮に研究所側の立場だったなら――、プネウマの居場所をわざと教えない可能性だってある訳だ。もし仮にそうだったなら、ぼく達が向かっている場所はプネウマの居場所などではなく、袋小路の可能性が高い……。ぼく達は研究所の人間からすれば、明確な敵だ。敵は排除しなければならないと思うだろうし、そのためにはどんな手段だって厭わないはずだ。


「プネウマちゃんは無事なのかしら? 嫌な目に遭っていないと良いわね……」

「そりゃあ、大丈夫だと思いますよ。まあ、確信は出来ないかもしれませんけれど……。ただ、彼らにとってプネウマは大事な研究材料のはずだ。どうしてそういうことを実現しようとしたのかは分からないけれど、魂を搭載出来た、人間が初めてゼロから作り上げた生物の完成形であるならば」


 きっと、それを発表すれば世界から衝撃をもって迎えられることは間違いない。

 そして、ロボットという仕組みも大きく変わることだろう。そうなったら、その先にあるのは――合法的な奴隷制辺りだろうか? 奴隷というのは、今や奴隷解放なんて言われている過去から引き継がれて動いている訳で、見かけ上は存在しないことになっている。

 しかしながら、ロボットに魂を搭載出来たならば――、それは紛れもなく人間そのものであって、或いはロボット工学三原則も適用されなくなるのかもしれない。

 ロボット工学三原則は、古い昔にロボット工学が発展する前に作り出されたルールだった。作家によって生み出された、いわばフィクションのルールだった訳だが、現実がそれを模倣した。結果的にロボットの多くはそれを導入するようになり、多くのロボットが人間に使役されている。

 その中身というのが――、人間への安全性、命令への服従、そして自己防衛だった。しかしながら、これを完璧に再現することは現在の科学技術をもってしても――正確にはスチーム・タートル成立以前にも――出来なかった。何故なら、ロボットの思考プロセスにおいて発生するフレーム問題が解決出来なかったからだ。

 フレーム問題――つまり、人間の脳のように、ありとあらゆる問題をロボットは考えることが出来ないということだ。ロボットは自分で学習することが出来ても、それはあくまで人間の補助が必要であって、完全に自立することが不可能だからだ。フレーム問題をいかにしてクリアするか――それは多くの科学者の課題でもあった。

 しかし、もし仮に魂をロボットに搭載出来れば――、ロボットは自ら考えることが出来るようになるはずだ。あくまでロボットの知能には、予め搭載された人工知能の性能という限界があった訳だけれど、それを取っ払うことが出来るのではないか――ということだ。しかしながら、ぼくは科学者ではないから、それが実現出来るかどうかは、きちんとした理論や技術が必要であるだろうし、直ぐにそれを認めることは出来ないだろう。

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スチーム・タートル 機械仕掛けの亀とひとりぼっちの少女 巫夏希 @natsuki_miko

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