第37話 逃走 Escape!! 05

 プネウマ奪還作戦――と啖呵を切ったものの、いざそれを実行するとなるとやはり障害は残っていた……。当然と言えば当然なんだろうけれど、何もかも上手くいくなんていうのはフィクションの世界だけであって、そう簡単に物事が進む訳がないのだ。仮にスムーズに物事が進んだとしたら、それは何か別の問題を抱えているか、誰かにそのように誘導されているか……。はっきり言ってあまり良い方向には取らないだろう。


「……プネウマ奪還作戦、とは息を巻いたが実際どうするつもりなんだ? そう言ったからには、何かしらのアイディアがあるということなんだろうな?」


 リッキーがそう言った。しかしその身体で真剣なトーンで言われると一気に怖くなってくるな……。まるで恐喝を受けているみたいだ。人は見た目によらない、なんて言うけれど、大抵の第一印象って見た目で決まってしまう訳であって、とどのつまりリッキーはその点においては、現状損をしていると言わざるを得ない。


「……まあ、ないとは言い切れないけれど。革新的なアイディアでもないかな」


 こんな時に斬新なアイディアを生み出せる程、ぼくは天才じゃない。

 あくまでもぼくは凡人。凡百の一般人に過ぎないのだから。


「……そのアイディアを言ってくれないと、わたし達は共感も何も出来ないのだけれど? 思考を読み取れるサイコメトリーが出来るわけでもないのよ。あなたと同じ、ただの一般人なのだから」


 それぐらい分かっているよ。百も承知だ。もしメアリがサイコメトリーの能力者だったら、きっと頭がおかしくなっているだろうよ。だって、ぼくの思考が延々頭に入って来るのだろう? この地の文だってそうかもしれないし。


「だったら少しは言葉を短くしようと自覚を持って生きて欲しいものね……。実際、中身を伴っていない発言ばかり繰り返すのは嫌われるわよ? 嫌われたいという絶対的な意思があるなら、止めはしないけれど」


 無理にコミュニケーションを取るつもりはないさ。だって、人間は必要最低限のコミュニケーションさえ取っていれば生きていけるのだから。……そりゃあ、かつてはコミュニケーションを様々な場面で最大限に活用することが人間として生きていく上での最大のポイントだったのかもしれないけれど、働かなくて良くなった――正確には生活のために、という補足が付くが――この時代ではそのようなことを気にする必要はない。やりたい人だけやって、やりたくなければやらなければ良いのだ。流石に政府はそれを認めようとはしていないけれど――だってベーシックインカムで支出は増える一方なんだから――、そういう生き方も出来るようになったということは、ある意味進化とも言えるのかもしれない。退化という人も居るかもしれないが。


「アイディアはあくまでも簡単だ。誰にだって思いつくぐらい、普遍的なアイディアだから……。スピリトゥス、プネウマが何処に居るのか分かるか?」


 先ずは一番大事なことを確認から。

 奪還作戦と銘打ったものの、プネウマの居場所が分からねば話にならない。


「分からないことはありません……。何故ならわたし達スピリトゥスと総体であるプネウマはいつもネットワークで状況を共有していますから。ただ、曖昧な答えしか出来ませんね。この研究所は、いわばわたし達が生まれた場所。ネットワークに対しても何かしらの対策をしている可能性は捨て切れません」


 まあ、そうだろうな……。ここは彼女達が生まれた場所で、彼ら研究者はスピリトゥスやプネウマを逃したくない。それは自らの意志であっても、第三者の力を借りても同じことだ。


「でも……、」

「でも、何だ? 何かあるなら教えてくれ。どんな些細なことだって良い。プネウマを助けるための手掛かりになるかもしれないんだ」

「ちょ、ちょっと待ってよ、ライト。少しは落ち着きなさいよ……。スピリトゥスちゃんだって、少しは慌てているんでしょうから。いくら造られた生き物だからったって、生きていることには何ら変わりないんだからね」

「ああ……、そうだった。済まない、熱くなり過ぎた。少しクールダウンした方が良いな」


 来たことのない場所だったから、いつもと気分が違ったのかもしれない。反省だな……。


「……今、少しだけですけれど、微弱な反応があります。わたし達ではなくて、プネウマの……。多分、何処かに幽閉されているのかも」

「幽閉……か」

「でも、それって罠なんじゃないのかしら?」


 言ったのはヒーニアスだった。


「どうして?」

「だって、さっきスピちゃんが言ったでしょ。この施設は彼女達が生まれた場所だって……。ということは、ここの人間は彼女達のエキスパートであることは間違いない。ならば、彼女達の特性を生かすも殺すもその人間次第よ。敢えてプネウマちゃんの電波? を受信出来るようにして、こちらを誘き寄せようとしているのだとしたら……」


 それはぼくも思っていた。

 スピリトゥスがネットワークを調べたらプネウマの波長を感じた? それって、あまりにも出来過ぎていないか? だって、スピリトゥスがネットワークに接続出来ることは、生みの親なら十二分に理解していることだろうし、それを見落とすことは有り得ない。

 だったら、わざと見落として――反乱分子を見逃して、プネウマを餌にして誘き寄せようとしているのではないか、と。

 仮にぼくが研究者の立場ならそうするだろう。それが一番手っ取り早く相手をとっちめることが出来て――それでいて、スピリトゥスに絶望を植え付けることが出来る。

 たとえ協力者が居ても、結果は変わらない――と。

 そう思わせれば、あちらの勝利だ。スピリトゥスは二度と反乱を思うことはなくなる、とまでは言えないだろうけれど、恐怖で抑えつけることは出来るかもしれない。

 そして、それが狙いだとしたら――。


「……ぼく達は奴らの掌の上で転がされている、ってことになるのか」


 深々と、溜息を吐く。

 だからといって何かが解決する訳でもなくて、寧ろこのまま放置しようが進もうが結末は悪い方向にしか行かないという事実を見せつけられただけなのだが。


「……でも、歩みは止めない」


 プネウマがぼくの家に落ちてきたことから、全ては始まった。

 もしかしたら、それすらも研究者達の計画、その第一歩だったのかもしれない。

 だったら、それを覆してやれば良い。

 机上で考えることは誰にだって出来る。でも、それを完璧に実現することは誰にだって出来ることじゃない。


「とにかく、今はその波長? を頼りに向かうしかないだろうな……」


 序でに、次の一手も打っておかないとね。

 そう思いながら、ぼく達は子供部屋――もとい軟禁部屋を後にした。


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