ランドセル宇宙戦争

京路

ランドセル宇宙戦争

 とつぜんだが、私は宇宙人である。


 我が母星から3万光年離れたこの星へ潜入し他宇宙人の侵略を防ぐ任務を受けやってきたのだが、とある事情により10人分のランドセルを持つ羽目になっている。


「おい! おっせーぞ!」


 タイタンが遠くから野太い声で叫んでいる。

 彼は小学生――この惑星における幼体の群生――の中でも抜きんでた体躯を得ている。タイタンという、現地信仰における巨人になぞらえた二つ名で呼ばれることも理解できる。彼なら、10人分のランドセルを担ぐこともたやすいだろう。

 だが、じゃんけんで負けたのは私だった。


 じゃんけんとはこの惑星における簡易戦闘様式だ。岩塊グー剪刀チョキ令書パーを五指で模して同時に出し合い、勝敗をもって決議する。迅速かつ公平に雌雄を決する、非常に合理的かつ非暴力的な闘争システムである。

 唯一、問題があるとすれば、私が剪刀チョキを形作れないことだ。

 この星の住人の幼体に模して擬態しているが、その構造まで再現することはしなかった。そのため二指のみを立たせる剪刀チョキの構築がどうしても困難なのだ。


 そしてそれをタイタンの側近であるコテオに勘づかれてしまった。

 小学校の下校時に、じゃんけんで負けた者が全員分のランドセルを預かるという遊戯になかば強引に入れられ、私以外がすべて令書パーを出したのだ。

 示し合わせていたに違いない。

 そこで拒否しても、今度は原始的かつ暴力的闘争に持ち込まれるだけだ。

 当然、自衛手段はないわけではないが、必要以上の介入を避けるのが調査の常道だ。ここは穏便に解決を図るべきである。


「ふんぬっ!」


 動かない。

 この惑星は私の母星と大気の形成や文化傾向など似通った部分は多いが、直径が若干大きく、つまり重力が大きい。

 しかも今日は木曜日。四教科すべてある日だ。教科書を置きっぱなしにすることは禁止させれているので、どのランドセルははちきれそうなほど詰め込まれている。これはこの惑星における幼生の体格基準から照らし合わせても不条理なほどの重量だ。この慣習が継続されていることは、この惑星における不可解な事象のひとつだ。

 それを10人分担ぐのは、本当にきつい。

 私は任務のため一部のセンサー系を除き、身体能力は限定されている。

 反重力ユニットもあるにはあるが、出力調整が難しく、ランドセルを宇宙へ飛び立たせかねない。


「おいチヂム、ぼくちゃんのランドセルは蛇革の高級品なんだぞ。傷つけたら、弁償してもらうからな」


 コテオが甲高い声でわめいている。私の左手にかかっている、ゴツゴツして肌触りが悪いのが彼のだろう。ちなみに蛇革はアミメニシキヘビを使用するはずだが、私の表皮から簡易分析してみた結果、これはアオダイショウだと判断できる。


「チヂムさん、大丈夫?」


 下校班の紅一点、鹿島さんが話しかけてくる。


「顔色悪いわよ。無理しないでね」


 いかにも心配そうに声をかけてきているが、声音、光彩、心拍数等から解析した彼女の内心を解読すると、


『ヘタレのくせに粋がってないで、さっさとワビ入れて泣きつきなさいよ。アタシにすがればとりなしてやらんでもないし。ああ、優しいアタシったらもう女神! でも、もしアタシのランドセルに傷でもつけたら、お風呂覗いたって言って社会的に抹殺してやるんだから』


 とまあかしましい。


 この惑星は技術的水準はともかく、個々人の精神性がそれに伴っていない。粗野で、狡猾で、利己的。国家間においても、いまだに武力的紛争を許している。彼らがもっと高次的精神性を獲得しない限りは、我々のようないわゆる宇宙人と同じステージに立つことさえできないだろう。それまで見守ってやるのが、我々先達の責務ではあるのだが――


「おせえよ!」


 タイタンに蹴られた。

 クソこの野郎、ブタとゴリラを足したようなツラしやがって――おっと、失礼。

 当然私は高次的精神を有しているので、臀部を足蹴にされたくらいでは何も気にしない。よかったなタイタン。蹴ったのが母星の中でも特に高次的精神を有している私で。並の高次的精神では、思わず反重力ユニットで宇宙までぶっ飛ばしていたかもしれんぞ。


「はあ、はあ、はあ……」


 どうにか、這うようにして電信柱までたどり着く。


「ケッ、のろまな野郎だ。まあいい。次の勝負だ」


 タイタンが無情な宣告をする。

 同時に、コテオ、鹿島さん、その他――9人がほくそ笑むのが分かった。

 またしても私を陥れるつもりか。

 なんという低劣な精神を有する連中か。


「いくぞ、最初はぐーの、じゃーんけーんぽん」


 全員が令書パーだ。

 もうネタは上がっている。全員が私を陥れるために令書パーを出したとしても、私が岩塊グーを出さなければいいだけだ。


「あーいこーでしょ」


 また令書パー

 これで少なくとも、負けることはない。


「あーいこーで――」


 景色が反転する。


「しょ」


 一瞬の間をおいて、タイタンから張り手を食らったのだとわかった。

 拳で殴られるよりは幾分ましだが、衝撃で首が反転し、そのままねじ切れるかと思った。

 なんとか令書パーを出すことはできたが、首の関節がキリキリする。


「あーいこーでしょ」


 もう一発。

 今度は身構えたから首をひねることはなかったが、衝撃に頭蓋骨がきしみ、耳鳴りが鳴った。

 こいつ、私が岩塊グーを出すまで張り続けるつもりか。


「あーいこーでしょ」


 もう一発。

 耳鳴りが、消えた。鼓膜が裂けたかもしれない。

 脳が揺れてか、視界がかすむ。


「あーいこーでしょ」


 口の中で血の味がする。

 目の中も出血したのか、視界も赤くにじむ。

 原始的かつ根源的な危機を示す信号。

 これはやばい。

 終わりの見えない責め苦。

 助かる手は、ひとつ。

 手を握ればいい。


「あーいこーで――」


 そうすれば、とりあえずはぶたれずにはすむ。その先のことなんて、今は――


『緊急入電。エージェントTIZIMに告ぐ。コードDが発動された。ただちに対敵行動に移行せよ』


 痛覚信号が切り離され、思考が取り戻される。

 潜入のため限定されていた身体機能が解除。思考クロックが跳ね上がり、視界がスローモーションになる。

 9人は同時に次の手を出そうとしている。

 タイタンもだ。私へ向けて手のひらを振りかざしている。

 身体機能が限定解除された今、それをよけることも、ランドセル10人分を背負うこともたやすい。だが、コードDが発動された今、私はその対応が最優先事項となっている。

 コードD。すなわち、私以外の宇宙人による侵略行為の確定。そしてその専守防衛的対応。

 猶予は3秒。じゃんけんの掛け声とほぼ同じだ。

 それで敵対的宇宙人の攻撃船が軌道衛星上へ現れてこの惑星の住人を焼き尽くさんと高濃度の電磁パルスを浴びせかける。1秒で地上の有機体は蒸発するだろう。


 そして私はそれを止める。

 そういう勝負なのだ。


 同時に、こちらの勝負のこともある。

 繰り出されつつある9人分の令書パー

 私が剪刀チョキを出せば勝負がつくのが、残念ながら、身体機能がフルスペックとなった現在でも、この体には剪刀チョキを出す機能は備わってはいないのだ。


 だから私はタイタンの耳に口を寄せ、高速圧縮言語を叩き込む。


『お前のツラ、ブタとゴリラみたいだな』


 引き延ばされた時間の中、右脳の言語野に押し込んだ声は強烈なイメージとなってタイタンに認識された。頭の中に直接ツバを吐きつけたようなものだ。見る見るうちに顔が紅潮していくのがわかる。

 彼の振り上げた手のひらは固く握り込まれ、私へ向かって振り下ろされ――


「しょ!」


 タイタンだけが、岩塊グーを出していた。


「な、な――」


 勝負はあった。

 私は高速で10人分のランドセルを、呆けるタイタンの腕と体に巻き付ける。

 同時に反重力ユニットを張り付けた。


 爆音とともに、タイタンの体は見えなくなる。


 10人分のランドセルとタイタンの巨躯――100キロを超える質量を有した物体は、軌道衛星上へ突如出現した攻撃船へと発出。

 高電磁パルスを打ち出す前に、その機動部を打ち抜いた。


『コードD、状況終了。任務は、成功した』


 

 現地時間にて72時間後。

 私はこの惑星にとどまり、暗い自室の中でテレビをつけ、この星の状況を観察していた。

 テレビの中でアナウンサーが言う。この三日間で何度も繰り返されたセリフを。


「突如月が消失して、世界に混乱が広がっています」


 これが、先の決戦の結末だ。


 一定条件下での決戦における衛星の授受が、我々の勝負である。ゲームといっても差し支えない。高次的精神を有した我々であっても、不確定性と戦略性を天秤にかけた遊戯に興じる部分は持ち合わせている。

 それが各惑星が有する衛星を賭けて勝負をするのだ。

 そして負けた惑星へ一挙に押し付けられる。

 ある程度の質量を有する惑星であれば保有できるが、この星の規模では難しいだろう。多数の衛星を抱えては、重力が干渉を起こし、最悪、母星へ衝突する可能性もある。


 今回、この惑星は無理やりゲームの議場へ上げられた。高次的な我々と交渉権すら有していない文明だ。始まってしまえば、一方的に蹂躙されただろう。無理やりランドセルじゃんけんに巻き込まれた私のように。

 そこでこの星の代理権者として私が派遣された。潜入し、攻撃船の飛来に応じて、撃退する。

 勝負の分かれ目は、襲来がわかってから攻撃されるまでの数秒で対処できるかどうかだ。

 今回はちょうど過重なランドセルがあって助かった。

 若干の犠牲は伴ったが、星そのものを守るためには致し方ないことだとは思う。


 考えてみれば、この星のランドセルじゃんけんとも似たルールを帯びている。ただ、それを表向きは非暴力的に行えるこの星の文化は、やはり目を見張るものがある。

 現状としてろくでもない精神性を有する彼らではあるが、近いうちに、我々と同じか、あるいはさらに異なる次元へと進化する見込みもあるやもしれない。


 ふと、テレビがあわただしくなる。


『今はいってきたニュースです。先ほど行われたNASAの会見によりますと、月の消失と同じく軌道上に出現した未確認飛行物体を調査したところ、日本人の男児を発見したとのことです。飛行物体内にはわずかに空気が存在するエリアがあり、目立ったけがはなく、受け答えもできるにいたとのことです。あ、映像もあるようです』


 映し出されたのは、タイタンだった。焼け焦げたランドセルを背負っている。

 穏やかな笑みをたたえている。


『わたしはランドセルの重さから、地球の重さを知りました。わたしたちは、地球の子であり、宇宙の仲間なのです。ランドセルの重さは、地球の重さです。同じ重さを背負う者どうし、争うことなどありません。私たちは月を失いましたが、しかし私たちがいわば地球の月であり、ランドセルなのです。争うことなどありません。さあ、皆さん、ランドセルを背負いましょう』


 彼はタイタンではなかった。

 一瞬で軌道衛星上まで打ち上げられ衝突を生き抜いた経験から、悟りでも得たのか。まことに興味深い事象だ。

 高次的なタイタンとなっていた。

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ランドセル宇宙戦争 京路 @miyakomiti

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