第2話

 たいていの男は、射精が終わった後の言葉は少ない。そそくさと、気まずい感じを漂わせながら、チャットルームから去っていく。そんな中で、「ひろき」と名乗る男性は、ビデオの向こう側で射精を終えた後も、コミュニケーションを希望した、多くないタイプの男性だった。


「ひろきさんは、この射精が終わっても、レベルが20に達しなかったんだね」


「なんだそれは。ドラクエの話か」


「賢者に転職しないんだなあ、って」


「そんな簡単に、賢者になれたら世話はないね。そういう賢者だって、半日もすれば、またサルより馬鹿な、あそびにんに堕落するんだよ」


 露出狂は、あそびにんの特権なのだろうか。賢者や勇者、戦士や魔法使いだって、その資格はあるんじゃないかな、とふと思った。


「一回の射精で、精子ってどれくらい出るの」


「数の話? 3億って聞いたことがあるけども」


「いま、ひろきさんがティッシュに精液出したじゃん? 3億の精子が、行き場を求めて、ゴミ箱の中でわちゃわちゃしているわけ?」


「んー。通常の空間だと、精子の寿命は数時間、って聞いたなぁ。今まさに3億が、バタバタと倒れて死んでいっているところじゃないかな?」


「ひとりバターン死の行進」


「ひとり大躍進政策とか、ひとり文化大革命とか」


 こんな話をしていたら、夫が帰ってきた。私はその旨を告げ、ひろきさんとチャットを終了し、スマホから目を離した。


 金曜日、きっと週末は夫とそういうことをするのだろうと思い、こう聞いてみた。


「今週末のオットどのは、あそびにんが文化大革命とか起こしたりするのかな?」


 まさかついさっきまで、他人の男の自慰行為を見ていたなんて事情は、全く知らない夫は当然のように「それは何を言っているのかな?」とだけ答えた。

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見るだけの私 森 桜惠 @sakurae_mori

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