見るだけの私

森 桜惠

第1話

 男は一定数の確率で、見も知らぬ女性に自分のあそこを見せたがる性癖のひとがいるようだ。


 そういった人は、ただ見せるだけではなく、完全に勃起し、それに手で刺激を加え、射精するまでの過程を見せたいものらしい。私がネット越しに見てきた、その手の男は、全員が全員、ただ見せるだけではなく、自慰行為を伴った露出だった。


 その昔なら、ふらついた路上で、女性を発見するや否や突然脱いで、通報されそのまま逮捕されていたのだろうが、今はネットの時代。だからこそ出来る、部屋の中だけの露出狂。逮捕されようのない、合意の上でのものを見られて見る行為。わいせつ物を外に陳列する訳ではなく、一対一、チャットルームのLIVE配信による、男の自慰行為。


 最初はただの暇つぶしだった。


 チャットというシステムは、インターネットでは既に概念も使用法も使い尽くされているシステムだ。そういった古いシステムではあるものの、ここに来れば、必ず誰かしらと話ができる。私がチャットルームというのを選択したのは、私は女性だからこそ、尚更ちやほやされると分かってのことだった。


 そして、入ってみて驚いた。世の中には、こんなに自分の自慰行為を「見てもらいたい」男性たちが多いものなのか!


 もちろん「下着見せて!」「おっぱい見せて!」「あそこを見せて!」「やらせて!」と、こちらには何の見返りもない要求ばかり出してくる男たちもいる。だけど意外なことに、こういう人たちは、むしろ少数派なのではないか。


 チャットルームの男たちは、実際に会話をしてみると、意外なほど紳士で、理性的で、理知的で、そして、自分の勃起したものを見てもらいたいようだった。「見ているだけでいいから」と、向こうからLIVEの機能を開き、個々個性的な、大きかったり、小さかったり、変な形だったり、ずるずると皮がたるんでいたりするその一物を、一心不乱に自分の手でしごき、射精するのであった。


 見ているだけでいいのか? と、私はふと思った。


 もちろん、しごいている最中の彼らにも「おかず」は欲しいようで、「さくらちゃんの胸見せて!」「太ももを見せて」とリクエストがあった。


私はその度に、Googleで「素人 胸チラ」だとか、そんな検索用語で、画像を見つけ、彼らに「ちょっと恥ずかしいんだけど……」などと言いつつ、その画像を送りつけた。「さくらちゃんの、胸かわいい!」と大喜びしながら、「ほんとう」は全然私のではない写真をおかずに、ますます張り切ってしごく速度が早くなり、そして、先から白い液体が、ぶわっと飛び出す。自分でも意外なことに、この瞬間が私は好きだ。男性の射精の瞬間は、それが何でかは自分でもわからない。おおお、ってなる。おおお、って。気持ちいいんだろうなぁ、って。


 「人は生きる本能と死ぬ本能を持っている」と、昔何かで読んだ。男性の射精の瞬間は、まさに「生きる本能」の、だいぶん高い部分にあるものではないかと、私は勝手に思った。


 ところで私は、本当に見るだけでいいのか、と思った。

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