ムササビシュレッダー

放睨風我

ムササビシュレッダー

「ムササビ飼いはじめたんだって?」


ユウカは、久しぶりに学校で見かけたシノに声をかけた。シノは振り返って笑みを浮かべる。


「うん、そうなの」

「いいなー!あたしも先週まで猫飼ってたけどさぁ、やっぱペットっていいよねぇ」


シノはユウカの友人の中でも、とりわけ大人しい子だった。メガネを掛けていつも静かに本を読んでいるシノは、まわりのまとめ役になりがちなユウカにとって、まったく気を張らなくてもいい、小さなオアシスのような存在だった。


だから、そんなシノの誘いにユウカが乗らない理由はなかった。


「よかったら、見に来る?」

「ほんと!?行く行く!」



◆◆◆◆◆



初めて足を運ぶシノの家は都内のタワーマンションであった。最近は条件次第でペット可のところも増えているらしい。


シノは、ケージから出したムササビをユウカの手に乗せる。ムササビはユウカの手から肩にちょろちょろとのぼって来る。


「かわいー」

「名前は勘九郎」

「カンクロウ?渋すぎでしょ」


そうかなー?と首をかしげるシノを見ながら、ユウカはクスクスと笑う。ムササビはふんふんとユウカの髪の匂いを嗅いでいた。


「カンクロウ、何食べるの?」

「うーん、野菜とか。なんでも食べるけど……」


シノは立ち上がって戸棚に向かうと、中から小さなカップ上のゼリーを取り出す。


「これがお気に入り」

「やってみていい?」

「うん」


ユウカはシノから受け取ったゼリーの蓋を開け、そっと勘九郎に差し出す。すると、勘九郎はぴくんとヒゲを震わせ、勢いよくゼリーを貪り始めた。


「うわ、なついてるね」

「うん」

「かわいい」

「でも私たちのこと、餌が出てくる木みたいに思ってるよ。たぶん」

「なにそれ」


ユウカはシノの冗談に笑う。はじめは面白みのない子だと思っていたけれど、仲良くなってみると、シノはこうしたお茶目なことを言う子だとわかってきた。


ゼリーを最後の一滴まで舐め尽くした勘九郎は、お腹がいっぱいになったのか、ユウカの肩の上でうとうとと眼を閉じかけている。


「……眠そう」

「夜行性だから」

「あー、昼夜反転オプション高いもんね。じゃあ、あんまり遊べないんじゃない?」

「うん。だからかなって。ユウカちゃん、いらない?」

「あたしも最近バイト忙しいんだよね。先週まで飼ってた猫、しばらく相手できないからバラしちゃったし」

「そっかぁ」


シノはユウカの肩から勘九郎をつまみ上げると、リビングの隅に置かれた機械の投入口に勘九郎を放り込む。機械はガガガガガと音を立てて勘九郎の身体を切り刻んだ。


――ぽとん、と。機械の中から、白い紙粘土のような塊が吐き出される。


「またね、勘九郎。次はウサギにしてあげる」


シノが優しく撫でたそれは、まだほのかに暖かかった。



◆◆◆◆◆



生体プリンターが開発されて十数年。専用の「生体素材」をプリンターに入れて、購入したモデル生物データを入力すれば、家庭でどんな生き物でも造ることが可能になった。造られた生き物は、モデル生物のデータに従って本物よりも本当らしく動いた。不要になった人造ペットは、生体プリンターに備わるシュレッダーにかけてしまえば、もとの「生体素材」に戻すことができた。


生体素材にはある程度の使用可能回数があるため、紙のプリンター用紙のように何度も買い直さなければいけないことや、生物データに付与することができるオプション設定――たとえば「昼夜反転」「水だけで飼える」「トイレ不要」「長生き」「噛まない」「吠えない」など――を別売りにするなどの戦略が効果を発揮して、生体プリンター関連市場は規模をひたすら拡大していった。


そうして人々は気軽にペットを造り、飽きれば分解するようになっていた。


はじめこそ、まるで生きているように動く人造ペットが気軽に切り刻まれて捨てられる光景に倫理的な猛反発が起こったものの、「ほんもの」の生物が傷付けられるくらいならと動物愛護団体が擁護側にまわったことや、技術発達に伴う価格低下、さらに停滞する経済を回してくれる次の起爆剤――それも自国発のもの――を喉から手が出るほど求めていた国の強力な後押しを受けて、今や、すっかり世間に根付いていたのだった。


「――これは生きてないから、大丈夫」


ペットをシュレッダーにかけながら、人々はみな、同じことを思っていた。

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