第3話出会い
暗くねっとりと湿った空気が悪魔の体に纏わりつく。
「心地いい……もう八十年余り経つのかな」
この部屋はもう、悪魔の体の一部と言っても過言ではない。
淀んだ空間の中で、魔封じの円陣が書かれた石造りの床に座り込む悪魔。
悪魔は定まらぬ目で宙を見つめ、何度も自分に言い聞かせた言葉を胸の内で反芻する。
此処に居る限り、何も傷つけずにすむ
す、と息を吸い込むとゆっくりと吐き出した。
「はぁ――……」
深くも安堵の色が混じった溜め息。
「へぇ? あの話はマジだったのか」
突然響いた声に驚き、振り返る悪魔。その目が捉えたのは見覚えのある容姿。
咄嗟に後ずさる。
白金の髪に、金色の目、透き通るような雪の肌。白で統一された服装、そして光を帯びた白翼。
間違いない、天使だ
「ははは、そう身構えるなよ。取って食おうって訳じゃねぇんだし」
天使は片膝をつき、悪魔に視線を合わせる。
「オレはベリエル。ベルって呼んでくれてかまわねぇよ。お前はなんて呼ばれたい?」
悪魔は一瞬迷ったが、小さな声で答えた。
「僕は、ハルゼ……」
「なぁハルゼ、こんな古びた結界なんざ簡単に破れんだろ? 何でこんな所にいるんだよ、引きこもりか?」
馬鹿にしたような口調でベリエル――ベルはハルゼを挑発する。
さぁ、楽しませてくれよ?
「……そうだね、君の言う通りだよ」
ハルゼは今にも泣き出しそうな笑顔で、言葉を絞り出した。
「はぁ!?」
「僕は望んで此処にいるんだよ。何も傷つけたくないから、ね」
ベルはまじまじとハルゼを見つめる。
癖のある漆黒の髪、そこから少し見えるのは確かに悪魔の証たる角。
コイツ、話に聞いてた以上に――
ベルは心底愉快そうに言葉を投げかける。
「ハルゼ、お前自分が何言ってるのかわかってんのか?悪魔が言うセリフかよ、くく、はははは!」
笑うベルを、感情の宿っていない柘榴ざくろ色の目でハルゼは見つめる。笑われる事には慣れているし、ベルの反応は予測できていた。
ひとしきり笑うと、ベルはふ、と真剣な表情を見せた。
「な、なに……?」
怯えるハルゼ。
「なぁ、お前はそれでいいのかよ」
「どういう意味……」
「そのままの意味に決まってんだろ?」
ベルの声がワントーン下がる。
「お前はそこらの雑魚悪魔じゃねぇ、抑え込んでようがその魔力を見りゃわかる。それ程の力がありながら、このまま終わるつもりか」
ハルゼは困惑する、ベルが何を言っているのか理解できないようだ。
「僕にそんな力なんて……」
「ある」
おどおどしているハルゼの様子を見てベルは推測する。
無意識に魔力を封じてんのか……何がコイツをそこまで抑え込んでるんだ?
ただ、からかって終わるつもりだった。だが徐々にベルはハルゼに対して興味を持ち始めていた。
「飯は?最後に魂を喰ったのいつだ?」
「なっ、そんな事出来ない、出来るわけない……!」
声を荒げて反論してきたことに、今度はベルが困惑する。
「ちょ、待て。まさか一度も飯喰ってないとか言わねぇよな?」
「ないに決まっているじゃないか!魂は儚くも尊く美しいものなんだから!」
言葉を失うベル。思考を掻き乱される。
悪魔にとって魂は喰い物のハズでコイツが言ってんのは天使が言う様なセリフででもコイツは悪魔で
頭を抱えるベルをよそに、ハルゼは畳み掛ける。
「君は天使なのに何故そんなことを言うの?」
「それはこっちのセリフだってわかってんのか!」
睨み合う天使と悪魔。
ふう、と、ベルは息を吐いた。そして語りかける。
「ハルゼ、魂を喰わねぇでいればいずれ飢えて暴走するぜ?」
探るようにその石榴の目を見つめる。もし暴走すれば、ベルの感じ得る魔力からしても、多くの人間の命が消えるのは明白だからだ。ハルゼの言っていることが本心ならば、それは望む結末ではないだろう。
「……そうなる前に」
「あ?」
「そうなる前に、僕は自分を殺すまでだよ」
虚な目で問いに答えた悪魔に、ハルゼに、ベルは冷めた声で言い放った。
「ならなんで、今もお前はここにいんの」
「なん……」
ベルの真意を理解できず、言葉に詰まる。なぜそんなことを聞くのか、ハルゼは困惑する。その問いには答えたつもりだからだ。
「飯喰ってねぇせぇで頭回ってねぇんじゃねぇの」
ベルは呆れたようにかぶりを振って見せる。
「暴走する前に自分を殺す?ならさっさとそうすればいいだろ。傷つけたくないなら、喰いたくないなら、とうの昔にお前は自分を殺してるんじゃねぇの」
「……何が言いたいの?」
「くく、馬鹿だなお前。自分を殺すなんて言って出来ねぇんだろ?ここの奥底では死にたくねぇんだろ?」
ハルゼの額を指で小突きながら、ベルは微笑う。
「さぁ、ショータイムだ」
ベルはぱちん、と指を弾いて見せた。眩い光がじっとりと暗かった空間を包む。
あまりの眩しさに、ハルゼは思わず目を閉じた。
「ハルゼ」
「ーー……?」
体が軽い。無数の針が食い込むような痛みも消えている。ハルゼはゆっくりと目を開いた。眼前にベルの顔があり、驚いて叫びそうになった口をそっと指で抑えられ更に驚く。
「お前は俺の玩具だ、何せ自由にしてやったんだから」
笑みを浮かべてはいるが、その笑みの中の目は笑っていない。
ホーリーレイン 外岡あお @ao_neko
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