魔王の息子が転生しても、のんびりしたって良いでしょう?

PeaXe

prologue

プロローグ

「う、あぁぁああぁぁぁああああーーーーーーーーッッッ!!!」




 大地を揺さぶるような慟哭だった。


 世界を救う勇者しか持つ事を許されない、この世でただ一振りの聖剣が、僕の胸を刺し貫いている。

 世界を救う大きな一手だというのに、何故そんなに悲しそうな顔をするんだ?

 完全な味方にも、敵にもなれない半端者が、唯一君の味方になれる方法なのに。

 僕は、満足してるのに。


 笑え。

 君は勇者だろう。


 笑え。

 人々に笑顔と希望を運ぶ者だろう。


 君が笑わずにどうする!




 ……とは言ったけれど、理由なんて分かりきっていた。

 たとえ、僕が魔王の息子で、神をも殺せる破壊の因子を宿していても、君の親友で幼馴染で仲間なのだから。


 でも、僕は魔族。

 勇者が倒すべき、破壊の因子を持つ一族。

 神から魔族と、その原初たる魔王を倒すという使命を負った君は、今ここで魔族である僕の命を奪わなければならなかった。


 僕は魔王の末の息子だというのに、破壊の力の象徴である角を持たず、限り無く人族に近い存在だった。故に捨てられ、魔族の土地にも人族の土地にも馴染めず、世界の果てに流れ着いた。

 そこで出会ったのが、後に勇者となる少年だったのは運命だったのだろう。


 僕は魔族なのに、神に由来する聖属性魔法が使えた。その力は弱かったけれど、それのおかげで君の側にいられたんだ。


 でも、それは魔王にとっても悪い話じゃなかった。

 僕が死ねば僕の魂は魔王に還る。その時、魔王は僕に宿った聖属性への耐性や、適正を得てしまうのだ。

 これすなわち、聖剣の魔王に対する優位性の喪失である。


 魔族にとって、魔王の命令は絶対だ。おかげで僕は自死も覚悟していたけれど、魔王はどうやら、勇者に嫌がらせをする事にしたらしい。僕は勇者に敵対し、魔族故に長すぎる寿命を犠牲にした禁忌の魔法を何度も何度も使わせたのである。

 おかげで身体はボロボロ、魔力はすっからかん、正直動けているのが不思議なくらいの状態になってしまった。


 けど、それ故に魔王からの支配も解ける。

 聖剣に傷付けられたこの身は、ただでさえ少ない破壊の因子を壊し、魔王との繋がりを断ち切ったのだ。


 けどいくら僕の中に宿る破壊の因子が少ないと言っても、しばらくすれば一定量に戻ってしまうだろう。そうなれば、同じ事の繰り返しだ。


 だから。


「── 僕を殺して、雄吏ゆうり


 雄吏と書いて、ゆうり。

 良い名前だと思う。

 僕はそこまで漢字を知らないし、転生者だという雄吏が元いた世界の事も彼が面白おかしく話した分しか知らない。

 それでも、雄吏は勇者にぴったりな名前だと思うよ。響きがとっても綺麗だしね。


 名前の無かった僕だけど、君からもらった名前も気に入ってる。

 本当だよ?


 だから、泣かないで。

 君が正しく勇者となるための第一歩なんだから。


 僕は自ら、聖剣の切っ先に飛び込んだ。




 ── 慟哭。




 もう戻れない所まで来ていた。

 血はドクドク流れて、痛みも感じなくなって、そうして視界が霞んでいく。


 死神の足音は、もうすぐそこに。


「いやだ、やだよ。千歳ちとせ、逝かないで」


 雄吏の懇願が聞こえる。

 倒れた僕の手を握る、君の体温を感じた。

 今僕の頬に落ちたのは、君の涙?


 ごめんね。

 もう、君の顔も見えないんだ。


 君の願いはなるべく叶えてあげたい。でも頑強な魔族の肉体でも、さすがに心臓を刺し貫かれれば死んでしまうんだよ。特に、僕は姿形が人族の子供で、細いし薄い。せいぜい人族より体力がある程度だ。

 それは雄吏も知っているはずなのに、逝かないで、と何度も請われる。

 ……不謹慎だけど、これまで存在そのものを否定され続けた僕にとっては、それだけで満足出来てしまった。魔族にも、人族にもなりきれない僕の、唯一の居場所を感じられた。


 これが、魔族にも人族にもなりきれない僕が、唯一、君の味方になる方法。世界を救える事実より、君の助けになれる事の何と嬉しいことか!

 そのためなら、僕は躊躇いなんて捨てられる。未練も願いも置き去りにして、この身を捧げてしまえるのだ。

 たとえ、それで君が悲しんでしまうとしても。


「っ、千歳!!」


 やはり、僕の身体は魔族。

 魔族は、死ぬと身体が砂になって、空気に溶けてしまうから、身体の端からざらりと砂と化していく。

 いくら心が人族に寄り添おうとも、事実は変えられないのだ。


 そういえば、人族は死んだ人の遺骨を土に埋めて弔うんだっけ? うーん、僕だと残らないから、そうだな。日記でも埋めておいてよ。君に会う前から持っていたあれは、僕自身とも言えるだろうからさ。


 いよい雄吏の声も遠くなって、ざらりとした感覚が全身を襲う。


「またいつか」


 言えたかどうか分からないけれど。

 叶うかどうか分からないけれど。

 約束なんて出来ないけれど。


 それでも、また、君と旅が出来たら良いなと思う。






 こうして藤咲千歳とうさか ちとせの人生は終演を迎えたのであった。






 そのはずだ。






 ……気が付けばそこにいた。

 上下左右、見渡す限り真っ白な、足場すら無い空間。色があるのは己のみという不思議な空間に、僕は目を白黒させた。


 落ちる感覚は無く、しばらく漂っているとやがて何かが聞こえてくる。


「本来。そう、本来なら、神の脅威である、破壊の因子を持つ魂に慈悲を与える事など、しないのですが。しかし、貴方は自らを犠牲に破壊の因子の消滅を促した、所謂我等神の恩人にあたるわけです。それは然るべき措置を取るべきであり、しかし、未だ貴方に宿る僅かな破壊の因子は忌むべきで……」

「お姉さま、お姉さま。簡潔にしないと恩人を延々と待たせてしまいます」

「はっ、そうでした! 要するに……要するに何でしょうか、弟よ」

「ですから、魔王討伐貢献のお礼に、記憶を保持したまま別の世界への転生を、提案しに来たのですよ、お姉さま」


 姿は見えず、ただ声だけが聞こえてくる。

 若い女性の声と、変声期が来ているのかがよく分からない、けれども若い男性の声。


 それぞれ姉と弟と呼ぶ彼等は、ぽかんとする僕を置いて喋り続けた。

 ああ、自分に話しかけていたのか、と理解した時には、男性の方に問いかけられていたが、何とか問われたという事実を飲み込む。


 先程より、一段低い声が響いた。


「今こそ我等が恩人、藤咲千歳に問いましょう。貴方は、これまでに生きた世界との繋がりを断ち、新たな生を望みますか?」


 その問いに対する回答は──

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魔王の息子が転生しても、のんびりしたって良いでしょう? PeaXe @peaxe-wing

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