Reasoner in Halloween

夏秋郁仁

理屈屋はハロウィンにて出会う

「と、言うわけで。ハロウィンは本来こんなトンチキな格好でお菓子を求める日ではなかったんだよ」

「へぇー!! そうなんですか! 知りませんでした! ヒラノさんは物知りですねー」


 ふふん、と僕はメガネを上げた。心の底から尊敬の念を僕に向ける彼女は、中々良い人だ。


「まあハロウィンが何かすら知らなかった君なら、と思ってね。その通りで良かった」

「ええ! わたしが知らないことまでお見通しだったんですか! すごい!」


 パチパチと手を叩いている。外見は僕と同い年くらいに見えるが、海外の人なら実はもう少し下なのかも知れない。幼さを疑うほど彼女の瞳は真っ直ぐだ。


「だって、このハロウィンの日に仮装せずに歩いていて『その髪と目は地ですか』という質問に困惑していたら誰でも分かるよ」


 まばゆいほどの金髪。ふわふわと波打つそれは近くで見るとウィッグではあり得ない艶やかさを持つ。不思議そうに見つめてくる瞳も日本人では見ない鮮やかな緑。確かにコスプレのような美少女ではある。


「いきなり囲まれて驚きました」

「助けれてよかった」


 にこりと笑い返してなんとなく周囲を見る。魔女とゾンビが連れ添っていて、狼男と吸血鬼がピースをとる。やっぱりトンチキな日だ。


「こうやって見てると、仮装している人が多いね」

「そうですね! しかも精巧で、わたし初めて見たとき本物かと思いました!」


 確かに、血や傷などぎょっとするほど生々しい……そういえば。

「ねえ、こんな話は知ってるかい? ハロウィンには本物の化物が出るんだ。こうして皆で仮装していると、つられて混ざるらしい」

「えっ!」


 彼女は驚いた表情になった。はは、大成功だ。


「びっくりした? 嘘だよ、嘘――」

「ごめんなさい、こっちに来てください!」


 ぐいと手を引かれた。


「え、どうしたんだい?」


 痛いほどに掴まれ連れられるというより引きずられている気分だ。


「ねえ痛いよ――」

 大通りを外れた人のいない小道。そこにたどり着くと彼女はぽつりと呟いた。


「ここなら、大丈夫かな」


 大丈夫? もしかして化物から守ろうとして、とか逃げようとしてここへ?


「どうして僕はここに連れて来られたんだ?」

「……分かってるでしょう?」


 潤んだ瞳。赤い頬。真っ白いワンピースをぎゅっと握って僕を睨んでいる……なんで、そんな顔をするんだ? そんな恥ずかしいっていう顔を。


 謝るタイミングを逃してポカンとしている僕の耳に、ビリビリという異音が聞こえた。さらにぐじゅぐじゅバキバキという吐き気のするような音。

 彼女は、かたちを変えていた。


 ――なんだ、これ。

 おぞましき異形。手は5本、左手が一本多く、足は鳥のそれ。口は耳まで裂けぞろりと鋭い歯がのぞく。緑のままの瞳の瞳孔は縦。背中からはコウモリのような羽根。整った顔立ちが余計に浮いている。


「……う」

「仲間なら仲間だと言ってくれればよかったのに……あれ、ヒラノさん? どうして真っ青になってるんです?」


「うつくしい」


「へ?」


 なんて、綺麗なんだろう。メガネを取る。ガラス越しじゃなくて、裸眼で見たかった。


 アンバランスでいびつで不気味で気味が悪くて――総毛立つほど、美しい。


「申し訳ないけど、僕はただの人間だよ。でも君が人外だって言い触らすつもりはない。今日あったこと全てを秘密にするから――近付いてもいい?」

「は? へ?」


 混乱しているらしい彼女にそっと近づく。人間の姿でも整ってたけど、こっちの方が遥かに美しい。

 羽根がパタパタと揺れ、足が上がっては下がりを繰り返す。


「? ヒラノさんは人間なんですよね?」

「そうだよ。仲間じゃなくてごめん」

「いやそれはもはやどうでもいいんですけど……あれ? え?」

「――ああ、どうして逃げないのかっていうこと? うん、僕も不思議なんだけど、君のその姿に魅了されちゃった」


 みりょう、と彼女は復唱した。それにちょっと笑ってメガネをかける。


「嫌悪感はあるよ。人外なんて怖い、とも思う。でもそれ以上になんてこの生き物は美しいんだろう、と思う」

「う、美しい?」

「うん……初めて言われたのかい?」


 顔が真っ赤になっている。


「言われる訳ないじゃないですか!! 人間に擬態している時はさんざん言われましたけど、この姿でなんかある訳ない!」


 まあそうだろうなあと思う。言っておいてなんだけど、僕の他に美しいと思う人はいるんだろうか。こんな気持ち悪くて恐ろしい存在。


「その姿で大通り歩いてみる? たぶん今日ならバレないし怖がられないよ」

「そんなこと――」

「なら足と手だけ人間に出来る? さすがに僕よりも背が高いと格好がつかないし、腕の本数が多いのはちょっと言い訳しづらいし」


 それはできますけど、と再び耐え難い音と共に人間の足になった。


「よし、じゃあ行こう。口は特殊メイクって言い張れるし瞳孔はコンタクト、羽根は背負ってる……いけるいける」

「バレるに決まってるじゃないですか! 無理がありますって!!」


 僕はふうと溜め息をついた。そしてわざとらしくやれやれと肩をすくめてみせる。


「さっきも言っただろ? ハロウィンには本物の化物が出るって」


 ポカンとした彼女の手を引く。


「――さ、人外さん。せっかくのお祭りを楽しもうじゃないか」

「……バレたら、恨みますから」


 ひょいとまた肩をすくめて、僕たちはハロウィンを、今日を楽しむために歩き出した。


 ああ、なんて愉快な日だろう。かわいい女の子と町を歩けるなんて! それに、本物の化物が存在すると知れるなんて!

 今度から、ハロウィンの説明をこう言わなくちゃいけない。




 ――ねえ、こんな話は知ってるかい? ハロウィンには本物の化物が出るんだ。こうして皆で仮装していると、つられて混ざるらしい。

 人間も、化物も、その日ばかりは楽しく過ごすんだってさ!

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