嘘つき老人の隠し財産

公血

嘘つき老人の隠し財産

――竹山は金庫の中から出てきた、見たこともないほどの札束、宝石、有価証券を目にして快哉かいさいを叫んだ。


「やった……やったぜ畜生! あのクソじじいを信じて良かった! これはすべて俺のものだ! わっはっはっはっは!」




◇◇◇


有料老人ホーム「やすらぎの里」。

介護職員の竹山明文は勤務2年目の新人だ。


もっとも竹山は現在48歳。40過ぎて始めた新しい仕事に日々悪戦苦闘していた。

実家の町工場を継いで20年頑張ったが、万策尽きて会社をたたんだ。

再就職先も中々見つからずに困り果てていたが、どうにか介護の資格を取得して「やすらぎの里」を運営する会社に入社出来た。


早番である日はいつも始発電車に乗らないと間に合わない。

職場に着くと、早速先輩のケアマネジャーから指示が出される。



「竹山さん。西園寺さんに食事をお持ちしてください」

「はい。承知しました」



竹山は内心で舌打ちをした。いきなりあのじじいの相手か。

西園寺の対応にはどの職員も苦慮していた。

わがままで横柄な男であり、痴呆が始まっているのか、それとも意図的なのかひどい虚言癖のある男だった。


体調が優れないらしく、最近は寝たきりで食事もベッドの上で取っていた。

食事を台車に乗せて運ぶ。

西園寺はおでこは禿げあがっているが、サイドから後頭部にかけて長い白髪を伸ばしていた。



「遅いぞ竹下! ちんたらし腐ってからに。はよ、持って来んか」

「すみません、おまたせしました西園寺さん。それと私の名前は竹山ですよ」

「どっちでもええわい。しかしま~た病院食か。お粥はもう食い飽きたぞ」

「今は体調を整えるのを最優先にして欲しいという調理師の判断です」

「まったく。早くこんなしけた場所から出ていきたいのう。毎日食べていた松阪牛のステーキが懐かしいわい」



こんな貧相な老人が毎日松阪牛なんて食べられるわけないだろ。

相変わらずの虚言っぷりだ。

松阪牛なんて俺だって食べた事ないっての。

竹山は心の中で毒づいた。



「まあまあそう言わずに。ちゃんと残さず食べてくださいね」

「当たり前じゃ。こんなしょぼい飯だが、ここじゃ唯一の楽しみだからな。まったく! 息子たちが高級ホテル並のサービスを受けられるなんて言うからこんな老人ホームに入ってやったというのに、なんでこんな仕打ちを受けなきゃならんのじゃ」

「はあ……」



こんな格安老人ホームでそんなサービス受けられるわけないだろ。

老人ホームも格差があり、金を積めば一流ホテル並の設備とホスピタリティを享受

出来るという。

本当に西園寺が金持ちなら、息子たちはこんな場所に預けたりはしないだろう。

どうせこの爺さんの言葉はすべてでたらめだ。


仕事と割り切り、丁寧に対応し続ける事を心がける。

自分はここでは新人だし、頭を下げるのは町工場を経営していた時から慣れている。

いつも西園寺のような横柄な態度の元請けから仕事を受注していた事を思い出し、腹が立ってきた。



「しかし竹島。お前は中々忍耐力があるな。ここは「ぶらっく企業」で有名らしいじゃないか。若い者なんてあっという間に音を上げて辞めちまう。お前は見どころあるぞ」

「我慢強いくらいが取り柄ですから。それと私は竹山です」



この職場はシフト制で夜勤も多い。

3交代制の仕事とは思えないほどサービス残業だらけだ。

おまけに手取りは極めて少なく、賞与は雀の涙。

若者は他にいくらでも条件の良い仕事があるのだから見切りをつけるはずだ。


竹山のように目立った職歴も経験もない50近い男が就ける仕事は限られていた。

今の自分に仕事を選んでいる余裕などない。



「それじゃお前に良い話をしてやろう。わしの隠し財産の話じゃ」

「はあ。そう言えば西園寺さんは会社経営の大金持ちだと仰ってましたね」

「そのとおり。名前を聞けば誰もが知っているような大企業じゃぞ。企業名を言えないのが残念じゃ。息子たちに経営権を譲ってからは一切関与しないと約束をしちまったんでな。まったく血も涙もない子供たちじゃ」


西園寺はこういう妙にリアルな設定を作るのが上手だった。


「お子様もきっと、西園寺さんの事を考えて出した結論だったと思いますよ」

「元社長のボケ老人に会社の悪評でも流されちゃ堪ったものじゃないってか? ふざけるんじゃないぞ、まったく。あんな薄情な奴らにわしの遺産はビタ一文くれてやるつもりはないっ! もういっそ、全額恵まれない子供たちに寄付してやろうかとも考えた」

「それは素晴らしいことじゃないですか」

「じゃが、わしは天の邪鬼だからな。いまさらそんな慈善活動をしたところでどうせ地獄行きじゃ。だったらすべてお前にやる。竹原」

「竹原じゃなくて竹山ですって……え? 今、なんて言いました?」

「嘘でもボケでもないぞ。金庫の中身はすべてお前にやろう。わしのこれまでの全財産がある。子供たちに渡したくない一心で地中に埋めてある。メモを取れ。場所はS県C市T町40X番地にある空き地の中央じゃ。住宅街だから人がおらん夜中に掘り出せ」

「は、はあ。仮にその遺産が本当だとしても、なんの血縁関係もない私が貰ってもいいんですか?」

「遺産は本当だと言っとろうが! お前の好きにしていいぞ。金庫の存在はわししか知らんから家族とも揉めたりせんだろう」



あまりの美味い話に一瞬興味を惹かれたが、冷静に考えればありえない事だ。

こんな話に担がれるほど青くはない。

さすがに話半分に聞いていたが、万が一ということもある。

竹山は金庫が埋められた住所をもう一度確認した。




◇◇◇


西園寺の容態が急変し、帰らぬ人となったのはその数日後の事だった。

心筋梗塞で病院に運ばれた時には既に手遅れだった。


西園寺の死後も遺留品を取りに来る家族はなかった。

やはりこんな格安老人ホームの利用者だ。

所詮金に困った独居老人だったのだろう。



竹山はその日、久しぶりの休みを自宅で過ごしていた。

寂れたトタン屋根の工場の、隣に建てられた築50年の家が竹山の家だ。

両親は死別し現在男やもめのひとり暮らし。寂しくないわけがない。


西園寺が急逝して以来、竹山の頭にはなぜか金庫の存在がちらついていた。

あんな与太話どうせでまかせに決まっている。

……だが仮に真実だとしたら工場をたたんだ時に出来た借金も返済出来るかもしれない。



「このままもやもやしていてもしょうがない。騙されたと思って行ってみるか」



金庫の場所を地図アプリで確認すると、「S県C市T町40X番地」は確かに実在し、空き地になっていた。

わずかな信憑性を頼りに、竹山は車にスコップや台車など採掘に必要な道具を積んだ。




◇◇◇


車で三時間ほどかけて走り、夕方には金庫の隠し場所にたどり着いた。

たしかに住宅街にある空き地であり、今作業をしたら近隣住民に見咎められそうだ。


竹山は夜になるまで時間を潰し、陽がとっぷりと暮れてから空き地の中央の土を掘削し始めた。

空き地は50坪ほどあったため、中央と言われてもどこが中心なのか正確には分からない。

手当り次第に広い範囲を掘り続けるのは重労働だった。


意地になって小一時間ほど掘っていると、スコップの先端に硬いものが触れる感触があった。

丁寧に周りの土を掘り出すと、小さな金庫が埋められていた。



「出た! 金庫の話は本当だったんだ!! いや……まだだ。中身を確認しなければならない。これで中身が空っぽならばぬか喜びで終わっちまう!」



竹山は金庫を開けようとして、愕然とした。

金庫には暗証番号を合わせるための銀のダイヤルが取り付けられていたのである。

そう言えば西園寺から暗証番号を聞いてなかった事を思い出す。

あの時はまさか、金庫が本当に存在するとは思っていなかったのだ。

なんてことだ。きちんと番号を聞いておくべきだった!



途方に暮れかけた竹山だったが、そこで自分の前職を思い出した。

自宅の工場にある機械でなら金庫を破壊出来るかもしれない。

大急ぎで台車に金庫を積み車に載せて、自宅へとんぼ返りした。




◇◇◇


竹山は早速電源を入れ、機械を作動した。

比較的薄い金庫の開閉部を狙う。

高速で回転する刃が火花を上げながら、金庫を切断していく。

数分後、開閉部が切断され金庫の中身が現れた。


――竹山は金庫の中から出てきた、見たこともないほどの札束と宝石、有価証券を目にして快哉かいさいを叫んだ。



「やった……やったぜ畜生! あのクソじじいを信じて良かった! これはすべて俺のものだ! わっはっはっはっは!」



中身を検める。

札束が数十束。一束100万円としておそらく数千万円はある。

宝石はダイヤ、ルビー、トパーズ、エメラルド、サファイアと宝石に詳しくない竹山でも見たことのあるものばかりだった。どれもゴロリと大粒で値が張りそうだ。

有価証券は知識のない竹山にはどれくらい価値があるのか分からなかった。

後で、金融コンサルタントに有効な使い方を助言してもらおう。


これで二千万円ほどある借金もチャラに出来る。

喜びで有頂天になっていると、金庫の中から予想外の品物が出てきた。


拳銃である。

オートマチック式のハンドガンで、グリップ中央に星マークがある。

たしかこれはトカレフではなかっただろうか。


なぜこんな物騒な物が金庫に入っているんだ?

竹山が疑問に思っていると、突然工場の扉がバーンと音を立て開いた。

ぞろぞろと厳つい男たちが雪崩込んでくる。



(な、なんだ一体!? どう見てもカタギじゃねえ。その筋の人間じゃないか……)



金庫の検分に夢中でまったく接近に気付かなかった。

扉の向こうで黒塗りの車が停車する。

白いスーツに赤い開襟シャツ、首には金のネックレスの男が降りてくる。

ヤクザの若頭といった風貌の壮年の男だ。

男は絶句して固まる竹山に歩み寄り、策が上手くはまった時の軍師のように冷笑した。



「まさかこんな冴えない親父が犯人だったとはな」

「な、なんの事ですか」

「とぼけるんじゃねえ! それとも忘れちまったのか!? この金庫は数年前に組の事務所からてめえが盗んだものだろうがっ!」

「いいっ!?」



――なんてことだ。

つまりこの金庫は西園寺のものではなく、このヤクザ者の組の金庫だったのか。

西園寺は大企業の社長なんかじゃない。

ただの事務所荒らしだったのだ!



「中に発信機がセットされているから、後を追跡し金庫が埋められていることは直ぐに分かった。掘り出してみると中を開けられた形跡が無え。暗証番号が分からなかったんだろうな。おそらく犯人は物理的に破壊するなど、別の方法を試すためもう一度この金庫を回収しにくるだろうと俺たちは予想を立てた。そこで中身を偽物イミテーションとすり替えて金庫を埋めたままにしたのよ。こんな舐めた真似した輩は、きっちり制裁を受けてもらわなくちゃならねえからな。それで金庫の発信機に動きがあれば現行犯として取り押さえようと若い奴に受信機を持たせて常に見張らせてたんだ。とっくに存在を忘れていた頃に受信機が鳴ったんで驚いたぜ。おまけに盗んだのが素人臭いお前みたいなおっさんだしな。工場に潜り込んで金庫の破壊の仕方でも探ってたのか? いずれにしても言い逃れは出来ねえな。……極道の顔に泥塗ってただで済むと思うなよ。骨も残さねえつもりだ。覚悟してるよな?」



竹山は震えながら偽札とプラスチックで出来た宝石を床にポトリと落とした。

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