第52話 魔女と魔王とエルフの夜

「じゃ、始めますかっ! スー君お帰りアーンドお疲れ様パーティー! それっ! 乾杯っ!」

「乾杯ー!」


 僕とエル君とマーさんの三人が、焚き火を囲んで木で作ったジョッキを鳴らす。


「スー君、お疲れ様っ! 一番だったんだってな!」

「スー、よく頑張ったな。余も友として鼻が高いぞ」

「ありがとうございます。まあ、優秀な僕にかかればあの程度の学校、全てねじ伏せられますよ」

「魔女が魔法学校に行くこと自体がズルだけどな」

「スーは狡賢い奴だからな」

「褒めてるのか貶してるのか。まったく。もっと褒めて下さいよ。謙遜という言葉をご存知ないので?」

「あるある。凄いって褒めてんじゃん。あ、魚焼けたぞ」

「魚美味いな」

「ええ。串に指して焼いただけどは思えません」

「下拵え頑張ったんだって。お前ら二人が泊まりに来るから、俺滅茶苦茶浮かれて張り切ってたんだって」


 エル君が照れた笑いをする。

 ここはエルフの森のエル君の棲家。

 自然溢れる場所である。


「余も頑張ったぞ?」

「そうそう。マー君なんて、三日前から泊まりに気で準備手伝ってくれてたしな」

「生まれて初めて薪割りをした。今焚べている薪も余が割った物だ」

「豪快だったぜ。爆発しながら巻き割れてくの見るの」


 ケタケタ笑うエル君の器のデカさ、流石ですよね。


「飾り付けも余がした」

「……でしょうね」


 髑髏がコレ程ポップにロープで吊り下げ並んでるのも珍しい。


「何故止めなかったんです?」

「え? マー君嬉しそうに抱えて来たから」

「エル君、受け入れすぎでは?」

「いいじゃん。犬でも骨拾ってくるだろ? 魔王なら髑髏ぐらい拾ってきた方が元気あるって」

「元気関係ないのでは?」


 この人もぶっ飛んでるな。


「それにしても、このジュース美味しいですね。エル君の手作りですか?」

「いや、それもマー君の差し入れ」

「余の庭園で取れた葡萄酒だ。美味かろう?」

「酒!? 僕未成年ですよ!?」

「魔女に年齢はないだろ。永遠をそれで生きるのだから」

「あ、そう言えば小姉様もお酒飲んでるな……」


 我が家で一番幼い見た目の小姉様もお酒は嗜んでいる。


「……何かよく忘れるんですけど、僕魔女になったんですよね……」


 まだ、人間が抜けきれないのか、たまに自分が魔女だと忘れる時がある。

 そうだ。僕は世界を滅ぼす魔女になったのだ。あの日から。


「俺の目の前でなってたよ?」

「あぁ。そう言えばそうでしたね」

「余は居なかった……」

「違う時に立ち会いますよ。友達ですもん。僕ね、人間の時は友達なんて居なかったんです。虐められてましたし、家族とも関係が最悪で、特に弟とは最後までね。だから、魔女になって一変したんですよ。新しい家族は皆んな可笑しいけど、楽しいし。初めて出来た友達はこんなにも優しいし。僕の人間だった時の人生って何だったんだろうと、たまに思うんです」


 苦しい人生だった。

 人として生きようと必死だったのに。何一つ人に受け入れて貰えなくて。


「……スー君」

「別に不幸自慢でもなければ、同情して欲しいわけじゃないんです。けど、たまに。本当にたまに。昔の事を思い出してはどうしようも無い気持ちになっちゃうんですよね」

「スー。余も今が楽しいぞ? 魔王は孤独な生き物だと思って生きていたが、今はそうでは無い。二人がいるからな」

「俺も。友達なんて要らないと思ってたし、人生なんてクソのクソだと思ってたけど、俺も今楽しいよ。俺も恵まれた環境じゃなかったけどさ。ずっと、エルフの輪には入れないし、蔑まれて、弾き物にされて来たけど、今はそんな事どうでも良いぐらい楽しい。それも、スー君が魔女になって、マー君とも友達になったからだと思う。俺もたまに石投げられてた事思い出すけどさ、次の日二人に会うと、どうでも良くなっちゃうんだよな」


 そう言って、二人が笑う。


「二人とも……。本当にいい人すぎませんか!? 僕の話、もっと聞いて下さいよっ!」

「いや、魔法学校の話しろよ。今日その為にこの会開いたんだから」

「恋の一つや二つあっただろ? 恋バナを余は望むぞ」

「そんな訳ないでしょ!? 隣に居たの猫耳付けたマリンちゃんですよ!?」

「……よし、この話やめよう。うん。違う話しよう」

「……そうだな。うん。そうしよう」

「いや、聞いて下さいよ! 僕の苦労話っ!」

「もうマリンちゃんの猫耳ってだけで無理なんだけど……」

「怖い話はちょっと。魔王としてちょっと」

「聞いてくださいよっ!」


 こうして、僕のおかえりパーティーの夜は更けて行くのであった。




「多分だけど、スー君酒弱いんじゃない?」

「余も思った」


 あれだけ騒いで泣いて、地獄を聴かせた魔女は正しい寝息を立てている。


「マー君も、寝るか?」


 エルフがブランケットを掛けながら魔王に問いかけが、ジョッキを持ったまま魔王は首を振る。


「いや、まだいい。エルは?」

「俺もまだ飲むよ。二週間って短いと思ってたけど、毎日の様に会ってると長く感じるんだな」

「ああ。本当に。無事に帰ってきてくれて良かったな」

「まったくだよ。あんな厄介ごとに巻き込まれてるとはね」

「スーも随分と運がない男だな」

「だな。でも、強い男だからな。俺たちの親友は」

「エルはエルフとは思えんぐらいの器量のデカさがあるな」

「なんだよ。急に褒めんなよ。照れるじゃん」

「照れるな。本当の事を述べたまでだ。エル、渡りなんて辞めてうちの城に来ないか? 余が雇うぞ?」

「ヘッドハンティングじゃん」

「優秀だからな」

「めっちゃ褒めるな。でも、いいや。俺、渡りの仕事嫌いじゃないし」

「しかし、エルフも嫌いだろ?」

「滅茶苦茶嫌い。全滅しろって思う。けど、それとこれとは別。俺だって、最初は何でこんな生活しなきゃいけないんだと思ってたよ? 家だって、持てないし村にだって仕事じゃないと入れないし、いつでも一人だし。けどさ、言っただろ? 今は楽しいんだって」


 エルフはニカリと笑って魔王を見る。


「それにさ。俺は二人の友達だけど、二人とは一緒に生きていけない。エルフは長寿だけど、エルフはエルフだ。魔王や魔女みたいに寿命がない訳じゃない。今は一緒だけど、いつか俺だけが大人になるし、老いていくよ。二人と一緒に、ずっと歩ける訳じゃない」


 エルフには寿命がある。

 いつか必ず死ぬ時が訪れる。


「けど、ずっと友達だ。ずっと、二人の友達。でも、俺は居なくなる」


 隣で眠る魔女を見ながら、エルフは目を閉じた。


「けどな、俺はいつか子供を持つ。その子供もいつか子供を作る。俺の血はずっと続くんだ。そして、きっと。子供達もお前らの友達になるんだよ。俺はそうして、ずっとお前達に関わって生きたい。エルフとして、俺として。死んでも。二人は友達だから」


 だから。


「だから、俺はエルフの世界が無くなる事を望まないし、エルフの世界から出る事も望まない。俺なりに、お前ら二人と生きていくって決めたから。もう少し前なら、喜んでついて行ったけどさ、今はもうダメ」


 命は必ず終わる。

 世界の理の中で生きていると言うのならば、いつか必ず消えてしまう灯火である。

 

「エル……」

「だから、さっきの話は断るよ。けど、手伝って欲しい仕事があればいつだって声かけてくれ。俺で助けになるなら喜んで行くから」

「余はネクロマンサーの力もある」

「……ん?」


 おや? 魔王の様子が。


「案ずるな。死んでも会える」

「いや、普通に土の中で眠らせてくれよ」

「死んだら直ぐに連絡をくれ。飛んでいって蘇らせる」

「絶対嫌だよ!」

「死んでも友達だ!」

「いや、そうだけど、違うから! それに、大声出すなよ。スー君が起き……」

「エルさんも魔女になれば良いのでは?」


 隣を見ると、ばっちりと目を覚ました魔女がいた。


「起きてるしっ!」

「魔女になって永遠の命を手に入れればいいのでは!?」

「ふむ。それも悪くないな」

「いや、俺が悪いよ?」

「魔女になりましょうよ!」

「それかゾンビだ!」

「お前ら、少しぐらいいい話で終わる気兼ね見せてくれる!?」


 どうやら、長い夜は始まったばかりの様だ。

 その日の夜、魔王と魔女に挟まれて寝るエルフは魔女とゾンビの夢にうなされる事になるのをまだ誰も知らないのであった。




第一部、完!




此処までお付き合いありがとうございました!

二部はまた魔女会から始めようと思いますので、ご機会があればお付き合いの程よろしくお願いいたします。

皆々様も良い夜を!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

終焉の魔女の末妹 富升針清 @crlss

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ