血を吸うカ

妻高 あきひと

第1話

私は蚊、それもメス。

つまり人に嫌われる、血を吸う蚊。

あの愛すべきドラキュラはオスだけど、蚊のオスは血を吸わない。

人の血を吸う蚊はすべてメス。


とはいえ年がら年中、人や動物の血を吸っているわけじゃない。

普段は花や草の蜜や汁を吸って生きているけど、卵を産むころになると高タンパクな人間や動物の血を吸いたくなるの。

卵をつくり育てて、生まなきゃならないからメスにとって人の血は必須のものなのよ。


でも蚊も色々、私は卵に関係なく普段から人間の血が大好きだけどね。

もっとも相手次第で、中にはこんな奴の血なんか吸えるか、なんてときもあるわよ。

いずれにせよ人に嫌われる存在ではあるけど、蚊なんだからしょうがないわよね。


人間の身近にいて嫌われるものといえばやはり蚊と蠅ね。

私たち蚊は、血を吸うときにマラリヤや日本脳炎など悪性ウイルスを媒介し感染させ、蠅はコレラなどの細菌や寄生虫の卵などを運んでくる。

蚊はドブや水たまり、蠅は腐敗物や排泄物、とまあ読むだけで不潔で病気になりそうでしょ。


仕方ないわよね、しょせん蚊は蚊、蠅は蠅でしかない。

いつか生まれ変われるならトンボがいいな、あいつら蚊の天敵だからね。

ブン、と羽音が聞こえたときはもう遅い、ぱっくり食われて昇天よ。

人も蚊も一瞬先は闇なのよ。


 かくして今日も血を求めて三千里、針をかかえて炎天下、行方定めぬ吸血行。

ただのんびりとは飛んでられない。

トンボに見つかると一大事、日陰を探しながら家でも車でも人が出す二酸化炭素を探しながら飛んでいく。


 ということでやってきました飛行場のターミナル。

夏の盛りでみな日焼けして半袖短パン素足にサンダルばかり、ああ沖縄帰りね。

肌が露出して吸いやすいのだけど、こういうときは汗かいて水分が少ないから血が粘っているのよね、まあ腹もまだ我慢できるし、やめとこう。


そういえば沖縄は蚊がいないんだと。

蚊は生まれたらまずボウフラになるんだけど、ボウフラは水がなきゃ生きられない。

でも沖縄はその水たまりもドブもないのよね、暑いので水がすぐに蒸発するかららしい。

南方のようにジャングルでもあればいいんだろうけどね。


おお、トンボが遠く近く飛んでいる。

あいつらに食われてなるものか、ターミナルの前にでかい車が停まってる。

あの車の陰に入って身を隠すとしましょう。


大きな車、よく分かんないけど外車だね。

高級車も金持ちもいいけど、血まで高品質とは限らないからね。

成人病が多いし、血が汚れているのもいるしね。

性格の悪そうな奴の血は吸いたくないし。


おや、そろってサングラスつけたカップルが近づいてくる。

太ったオッサンに細身の若いネエチャン、後ろにポーターが台車にバッグとクーラーボックス積んでついてくる。

お、きたきたこの車の持ち主だね。


二人とも軽装だね。

土産も荷物も別便で自宅に送ってんでしょうね。

ドアーを開け、後部トランクにクーラーボックス入れて、私はとっくに車の中。

ドアーが開いた隙にちょっと中へお邪魔させてもらいました。

これからそのまんまただ乗りで、ご自宅へご同行。


オッサンがハンドル握った。

「さー行きましょう、豪邸なんでしょ旦那」

言っても聞こえないわね。

この二人、腹の出た中年のいかつい男と若ぶりだけど厚化粧の女。

女の香水だろうね、ガンガン臭ってくるわ。


夫婦のようでもあるし、そうでないようにもあるし、ただ堅気じゃなさそう。

まあいいや一緒に家まで連れてってもらおう。

出発進行~ さあどんな豪邸なんだろね、長居できるといいな。

高速、いやぁ飛ばすねえ。


 ちょっとオッサン、脱いだアロハの下のTシャツから入れ墨が見えるじゃないか。

金のネックレス、キンキラキンの指輪、脱いだアロハも堅気が着る柄じゃないよね、やっぱりヤクザ、それも親分格かな。

”親分”て呼ぶことにしましょう。


女も飛んでるわ。

サンダルもシャツも短パンもブランドもの、でかいネックレスにブレスレットに指輪にネイルはがんがんに描いてある。

こっちもTシャツの端から入れ墨が見えてら、背中も肩も入れ墨だらけじゃないか。

業界でいう姐さんだだろうね。

”姐さん”と呼ばせてもらいましょ。


でも姐さん、顔はいいのに、なぜか唇を真っ赤に塗って顔は厚化粧だね。

顔をたたいたら化粧が剥離しそうじゃないか。

厚化粧はもったいないよね、亭主の好みなのかね、この女(ひと)なら、私はスッピンでも十分勝負できると思うけどね。

余計なお世話か。


 車はさすが高級車だね、走る音も静かでエアコンの音もしない、ただ車は高級だけど二人はちと品が無いわよね。

しゃべり始めたら、そろってうるさいこと、うるさいこと。

二人とも素面(しらふ)だろうに、大声で酔っぱらってるような話し方をする。

そろって声がでかくて野太くて、大酒飲みなんだろな、きっと。

おまけにCDをガンガンかけるから頭がおかしくなりそうだ。

なるほどね、姐さんの厚化粧も理解できるわ。


 でも親分はともかく姐さんは血がうまそうだね、うん間違いない、きっとうまいわ、この姐さんは。

家まで行って姐さんが寝込んだ頃にゆっくりと吸わせてもらいましょ。

どんな味かなぁ、期待できそうねェ。


 お、家に着いたみたい。

おおやっぱり豪邸じゃないか、防犯カメラが何台も。

よっぽどアブナイ稼ぎをしてんだろうね、こりゃ覚せい剤もやってるかな。

あれやってる奴の血い吸うと、こっちも少し平衡感覚がおかしくなって視点が定まらなくなるのよね、トンボがきても怖くなくなるし、気のせいかもしれないけど。

覚せい剤はこまるな、こまるよ。


駐車場もシャッターつきででかいねえ、スチールのシャッターが音もなくしずしずと開いてお車様のご帰還~だね。

うん、家はコンクリートの二階建てで塀の上は鉄条網かい、親分! アンタァさ、ガチガチのヤクザじゃないか。

子分がいないけど、オオ出てきた出てきた、あわてて転んでいる奴がいるわ。

ハハハ、親分に怒られてら。


まあお客さんの稼業がヤクザだろうと強盗だろうと血さえ分けてもらえればね、文句はござんせんよ親分さんも姐さんも。

子分が親分に目を合わせないようにしながら荷物をキッチンに運んでいる。

「お帰りなのに出迎えに遅れてスイマセン」てなことだろうね。

姐さんが笑いながら箱を二つ子分に渡してる。

沖縄の酒か、土産なんだね。


 子分たちが引き上げるとキッチンでクーラーボックス開けて大きな冷蔵庫に何か入れている。

ハンドバッグくらいの包みを大きなまな板の上で広げた。

豚肉だ。

姐さんはフライパンを出してきた、今から焼いて食うのかい。


親分は冷蔵庫から氷を出して酒棚からウイスキーと日本酒も出てきた。

二人で乾杯しながら、さっそく一杯か。

親分は葉巻片手にウイスキー、姐さんは日本酒かい。

イタリアンマフィアの映画を見ているようだね。


おおっと姐さんはコップ酒片手に肉を焼き始めた。

排気のファンがガンガン回ってら。

いいなあ、真昼間からこれかい、成人病に一直線じゃないか。

もっともこの二人なら成人病のほうが逃げるかもね。


 親分、ほんのり赤くなって姐さんのほうを見ている。

おや、風呂でも入るのかい、短パン脱いじゃった・・・おややパンツも脱ぐのかい、フリチンになったじゃないか。

姐さんに後ろから近付いてる。

これは、暴発するんかなァ。


胸騒ぎがしてきたわよ、あれするんだろうね、今からするのォ。

子分がいるんでしょ、ちと考えなさいよ。

いやだねえ、蚊とはいえメスが見てんだぞ。

聞こえねえか、まあいいや、見とこう。


ああ、姐さんに後ろから抱きついちゃった。

胸と股間をまさぐってる。

親分、顔が日焼けした黒い顔が赤黒になって、もう汗まみれじゃないか。


姐さんも乗りやすいねえ、肉焼きながら片手であっという間に短パンとショーツをまとめて脱いじゃった。

いやあ姐さん身体の手入れがいいねえ、親分が虜になるのも無理ないわ。

キッチンで昼下がりの情事か、いいねえ仲が良くて。

まあ勝手だけど。


おお、汗かきながら始まったね、ウントコスントコ、ウントコスントコ、姐さんも本気モードだわ。

二人とも楽しそうだねぇ、アヒアヒ言い出した。

いいねえ人間は、楽しみでこれが出来るんだから。

蚊の交尾は卵のためだけだからね、しんどいだけで楽しいことなんかありゃしないわよ。


 ああそうだ一所懸命見てたら肝心なこと忘れてた。

血を吸っとこう、今なら姐さんの血管も広がっているし、ちょうどいいや、血だ血だ血血血っと。

血を分けてもらうのは、やはり親分より姐さんよね、やっぱりメスの血のほうがいいわ、日本酒だし。


親分はどうせ覚せい剤もやってんだろう、不健康な血はあっちへ飛んでけ~さね。

姐さん姐さん吸っちゃうわよ~。

でもどこを吸うたってベッドなら好きなとこ吸えるけど、キッチンの流し台に立ってこの姿勢じゃぁね、尻しかないか。

「二人とも動かないでよ!」

親分と姐さんの腰がくっついているから汗がだらだら流れてるじゃないか、おおっとすべるわ、姐さんの尻の上辺り、ならよさそうだ。


 姐さんいくわよ、プス~・・・いやぁやはり柔らかいわよね、血が入ってくる、くる、くる、ああこりゃ上等の血じゃないか、いいな、いいな、もっと入れ、もっと入れ、どんどん入れ、う~たまんない。

この家、いいわ、姐さんも最高だわ、しばらく逗留させてもらうからね。


遠慮せずに腹いっぱい吸ってやろう。

 ウン? なんだか後ろから大きな影が・・

なんだろ、後ろに何か、ああ親分の手が近づいてくる、

親分、目が三角じゃないか、危ない、針を抜かなきゃ。

早く早く逃げなきゃ、あああ、旦那の手が手が飛んでくる、ヤメテ!


べチッ!

「痛い、アンタなにしたのよ」

「蚊をつぶしたんや、オマエの血をぎょうさん吸いよったで、このヤロー」


親分、わたしはヤローじゃないわよ。

たたかれて腹がつぶれちゃった、血がたらたら流れてる、ああ意識が遠くなる。

私、昇天するんかなァ・・・ 

ちょっと姐さん、最後に言わせて

「肉が焦げてるわよ~」




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血を吸うカ 妻高 あきひと @kuromame2010

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