9 真面目な相談
ゆーかお姉ちゃんのおかげで、私に新しい友達ができました。
ゆーかお姉ちゃんと同じ大学生の、莉々ちゃんです。
莉々ちゃんは何というか、お姉ちゃんとは違った意味で面白い人です。
ちょっとふざけてるところもあるけど、優しくて良い人です。ちょっとふざけてるところもあるけど。
あと、よく分からないけど、私の知らないことを色々知ってそう。前に、お姉ちゃんがろりこんっていうことを教えてくれたし。
もしかしたら、莉々ちゃんなら胸の奥でグルグルしてる私のこの気持ちのことも知ってるかもしれません。
よし、莉々ちゃんに相談してみよう。
そうと決まれば即行動です。
「好きは好きだけど、このままじゃおかしくなっちゃいそうだもんね、うん」
※※※※※※
「莉々ちゃん、私の好きっていう気持ちは、いったいどういう意味なんでしょう?」
「それはね、ななちゃん……」
莉々が言葉を切り、ななちゃんが固唾をのむ。
莉々はゆっくりと腕を組み、ふてぶてしく偉そうに頷いた。
「自分で考えなさい」
求めていた返答とは程遠かったせいか、ななちゃんが頬をぷくっと膨らませる。
あのほっぺたを触りたい、むにむにしたい。さぞかし気持ちいいんだろうなあ。両手で包み込んで、むにむにむにむに。
私の想像に呼応するように膨れた頬の空気が抜け、ななちゃんは小首を傾げた。
「好きは好きだよ?」
「じゃあ私に訊かないでちょうだいよ。莉々ちゃま困っちゃう」
「だって、なんか変なんだもん。お姉ちゃんのことを考えると、なんか変なんだもん」
「それはアレよ、優花が変なのよ。ななちゃんは変じゃない、うん」
確信ありげに力強く頷く莉々。
ななちゃんはというと、いまいち納得しきれていない様子。眉根を寄せて、より一層首を捻っている。
ここは私の部屋。なぜだか、ななちゃんと莉々が揃って集っている。
昨日ななちゃんに、「お姉ちゃんお姉ちゃん、莉々ちゃんに電話かけて」と言われ、素直に応じてあげたところ、このような結果になってしまった。
いやまあ、それ自体は別に構わない。ななちゃんは当然のこと特別だし、莉々も多少は気心が知れている友人だ。私が自室に誰かを招くことを快く思っていなくとも、莉々くらいになら許容の精神は持ち合わせている。
しかし、これは一体どうしたことか。ななちゃんが莉々に恋愛相談的なソレを始め、あまつさえそれが本人の目の前で繰り広げられているわけだ。
あのう、私はどういう感情でどういう表情をしてここに居座っていたらいいんですかねえ?
すごく困っているんですけど。せめて莉々はこのおかしな状況に疑問を持ってくれませんかねえ?
っていうかあなた、さっきから適当なことしか言ってないでしょ。いや、ここで真面目に答えられても私がさらに困るだけなんだけども。
「お姉ちゃんは確かに変だけど、その変なところがいいの。大人っぽいけど子どもっぽくて、見た目がすごく綺麗で、いい匂いがして、ふかふかしてて、なんかもうお姉ちゃんは意味わかんない、好き」
「うんうん、わかるわかる」
目を瞑って何度も首を縦に振る莉々。絶対わかってないだろコイツ。
わかられても困るけども。
「あの、ななちゃん?」
「なーに、ゆーかお姉ちゃん」
「私、ここにいるよ?」
「知ってるよ?」
あ、そうですよね、はい。そりゃ分かり切ったことを言われたら、そんなキョトン顔にもなりますよね。
「しょうがないから私自ら教えて差し上げましょうかね」
「何を?」
「ななちゃんの『好き』の意味を。ほれ、莉々くん、そばに寄りなさい」
莉々に向かって手招きをする。莉々が訝し気に眉をひそめながら、膝立ちでにじり寄ってくる。
「私に背中を向けなさい」
「何? 刺さないでよ?」
渋々と莉々が背中を向ける。
後ろから、莉々の左肩に左手を乗せてこちらに引き寄せる。
すると、莉々はどこか困惑した声音で、
「あ、あれ、私たちってこんな距離感だったっけ?」
とこぼした。
その声には反応せずに、私は右手でそっと莉々の髪を撫でる。
「なんだこれ、なんだこれ……あのー、優花さん?」
さらに不安な声を漏らす莉々。こんな莉々は初めて見るなあ。意外と可愛いのでは。
と、その時。
傍らに黙って座っていたななちゃんが、わなわなと肩を揺らし、ついには耐えきれないと言いたげに腰を浮かせた。
そして、勢いよく莉々にタックルをかましてきた。私ではなく、莉々に。
「お姉ちゃんから離れろー!」
ななちゃんの頭部が、莉々の腰にクリティカルヒットである。
「ぐおっ……ななちゃん、悪いのは絶対私じゃない……」
莉々が私の手から逃れ、そのまま横に倒れ伏す。
莉々とななちゃんが折り重なる。すぐにななちゃんが「はッ」と言って、顔を上げる。倒れたままの莉々の腕を人差し指でつつき、「ごめんね莉々ちゃん、つい」と謝る。
「ついなら仕方ない。許してあげよう」
「莉々ちゃんのことは一生忘れないよ」
「私死なないから」
莉々がのそりと起き上がり、頭をポリポリと掻く。
「で、一体何だったのコレは。ななちゃんはこれで『好き』が分かったの?」
「……え?」
ななちゃんがポカンとして、口を半開きにする。
二人の視線が一斉に私に集まる。
私は半笑いで、顔の前で両手を振った。
「……いや、世間一般的なまともな人間関係を持ってこなかった私に、人の感情を聞かれても」
「おい! 私の犠牲は何だったんだ! さては貴様、特に何も考えずにやったな!」
「こらこら、女の子が声を荒らげなさんな」
「やかましい、私の乙女心を弄びやがって!」
私に突っかかってくる莉々を、ななちゃんは真っ黒な瞳でじいっと見つめた。
「え、今ので莉々ちゃんは乙女心がどうかしちゃったの?」
ななちゃんがぼそりと言う。一瞬で凍る場の空気。
というか、え、何、なんかななちゃんから禍々しい闇のオーラが湧き出てるよ。
即座に莉々が首を横に振って否定する。
「いや違うよ、ななちゃん落ち着いて。小学生にその属性は良くない、非常に良くない」
「何の話?」
「っていうかななちゃんよく考えて! 私に手を出したのはあの女よ!」
莉々が私にビシッと人差し指をさす。
あら? ついにこっちに来ちゃったかしら。いいよ、私がすべて受け止めてあげよう。
ななちゃんがこちらを向き、四つん這いで詰め寄ってくる。
「お姉ちゃん……あの約束、覚えてるよね?」
「うん、覚えてるよ」
あれは初めてななちゃんが私の部屋に来た日だったか。私の脚の間に座るななちゃんが、『お姉ちゃんを触っていいのは私だけ』と言って無理やり指きりをして、嘘をついたら何でも言うことを聞くと半ば無理やりに約束させられたのだ。
いやあ、ななちゃんの冗談だと思ってたんですけどねえ。
「じゃあ何でも言うこと聞いてくれるよね?」
「任せてちょうだい」
「わーい、お姉ちゃんは今日一日、おとなしく私にひっつかれていること」
そう言って、満面に笑みを浮かべたななちゃんが、私にダイブして胸に顔をうずめてきた。
その様子を見て、莉々がなぜか安堵のため息をつく。
「よかった、健全だった」
「ななちゃんはまだそんな子じゃありません」
「まだ?」
ひたすらに胸を揉まれたこともあったもんなあ……うーん。
私の微妙な態度に、莉々が心配そうに眉をひそめた。
「優花、あんたホントに自分の身を案じなよ? いや色んな意味で」
そんな私たちの会話などは気にも留めず、ななちゃんは夢中になって私にすがりついていたのだった。
お母さんにすら妬いてしまうくらいヤキモチやきのななちゃんのことだ。
こうなることは最初から分かり切っていたわけで、確信犯な自分に、少々罪悪感を抱いていることを胸のうちで自白しておこう。
もちろん、約束のこともしっかりと覚えていた。
しかし我ながら、分からないことがある。
それは単純なことで、どうして私はななちゃんの嫉妬心を煽るようなことをしてしまったのか、ということだ。
自分の心が分からない。
もしかしたら今の私は、ななちゃんと同じなのかもしれない。
確かに分かっていることは、前述したとおり、私は彼女を特別に思っている、ということだけだ。
以前までの私を考えると、コレだけでも私にはなかったものだから、あまり深くは考えなくてもいいのかもしれない。
あくまで、今のところは、の話だけれども。
※※※※※※
おうちに帰って晩ご飯を食べている時、私はふと大事なことを思い出しました。
「あれっ、結局何も分かってないじゃん!」
ずっとお姉ちゃんにべったりできて幸せすぎて、すっかり忘れていました。
「ま、いっか。好きは好きだもんねー」
「結局それに戻るのね……」
目の前のお母さんが、呆れたように苦笑します。
「なな、莉々さんのことは好き?」
「うん、好きだよ」
「優花さんのことは?」
「好きだよ」
謎の沈黙が流れます。
お母さんがため息をついて、バカにしたように口元を緩めました。
「ななもまだまだ子どもね。ちなみに、お母さんも優花さんのこと好きよ」
「私の方が大好き!」
もう、お母さんってばいっつも私のことをからかって。
不登校JSと女子大学生の恋慕交じる平穏な日々 やまめ亥留鹿 @s214qa29y
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