復讐王女フィーラウラ

桃栗三千之

復讐王女フィーラウラ

 王女フィーラウラは毎日が面白くない。理由は一つ、現国王のエミレールの存在である。


 フィーラウラは前国王の時代から才色兼備――は言い過ぎで、そこそこの器量とまあまあの才能をうたわれ、前国王との血縁の近さもあって次期国王の座は確実だと思われていた。が、前国王の崩御後、エミレールが巨額の金を投じて貴族たちを買収し、彼らの圧倒的な支持を受けて新国王に即位してしまったのだった。貴族たちも薄情なもので、あれだけもてはやしていたフィーラウラをあっさりと見限り、今では彼女の身近にいる人間は昔から仕えている爺やだけである。


 自分をこんな境遇に追い込んだ者たちを憎むフィーラウラは、必ずや恨みを晴らしてやろうと思っている。が、何をすればいいのか、何をしたいのか自分でもいまいちわからない。


「お嬢様は一体何を目標にしているのですか」


 と問う爺やに、フィーラウラはうーん、と考え込んでから、


「エミレールに『嫌あ、やだあ、もうやめてえ』って言わせたいわ」


 と漠然としすぎた答を返すのが関の山であった。彼女が真正の才色兼備であれば天才的かつ無惨酷薄な復讐方法を述べて爺やを戦慄させもするのであろうが、それなりの才能をうたわれる彼女の頭からはこれくらいの平和的言辞しか出て来ないのだ。ああ、自分の想像力の欠如がいとわしい!




 王国はもともと国王の権限が強かったにもかかわらず、ここ数代は暗君が続いたために国土は荒廃し、民は疲弊していた。加えてエミレールが貴族の買収に多額の金を使い、即位後も贅をほしいままにしたため民の窮乏いよいよ極まり、革命を起こして共和制樹立を目論む急進派が現れてくる始末である。そんな国内の混乱などエミレールにとってはどこ吹く風、つい先日も近隣国との親善のためと称して、多数の軍と政府高官を引き連れて外遊に行ってしまった。もちろん親善などは名目で、軍と高官を連れて行った以上は隣国への軍事的威圧が目的なのである。


(この国内混乱の中よくやるわ)


 フィーラウラは呆れている。私が王だったら軍の大部分と政府首脳を連れて行くなんて金のかかることはしない。だいたい外遊の間に国内で何かあったらどうするのだ。――そのとき、フィーラウラの平凡な頭に非凡な(と彼女には思われた)アイデアが閃いた。


(そうだ、クーデターを起こしましょう!)


 彼女はウキウキで爺やに説明した。

 まずは国王代理と称して、国王の権限を制限するような法令を濫発する。自分は王族だし、有力な人間は皆外遊中だから、表だって自分を止められる者はいないのだ。エミレールが帰国するといつの間にか自分の権力が無くなっていて、嫌あ、やだあ、もうやめてえ、どころの話じゃない。フィーラウラはそれを嘲笑いながら、エミレールの手が及ばない外国に高飛びして余生を送るのだ。自分が国王になれない国に未練なんかない。


「私の手で、この王国をメチャメチャにしてやるのよ!」


 そうと決まったら善は急げ。フィーラウラは止める爺やを無理矢理引きずって王宮に乗り込んでいった。




 次の日から王国は変わった。税率が大幅に引き下げられ、貴族の特権が廃止されていった。そしてフィーラウラは勉強熱心だったので(と自分では思っていた)、外国のこともちょっと知っていた。外国にはケンポーとギカイとサイバンショというのがあって、それを作ると国王の権限が勝手に弱くなるらしい。だから議会が開かれ、裁判所が設置され、法整備が急がれた。国民は初め無関心だったが、やがて自分の権力を自分で制限する間抜けな国王代理の話題で持ちきりとなり、さらにいつしか「フィーラウラ万歳」「国王代理万歳」の声がそこかしこで聞こえるようになった。しかもその声はフィーラウラがエミレールへの嫌がらせをすればするほど大きくなっていく。フィーラウラはもう得意満面、


「爺や、じゃなくて宮内大臣代理、エミレールは民に随分嫌われているようね。私が嫌がらせするたびに万歳、万歳って言ってるもの。まあ、あんな卑怯な手で即位した女の人気なんて、こんなものでしょうけれど!」


「そのようでございますな」


 宮内大臣代理に任命されていた爺やは、吹き出しそうなのをこらえながら努めて平静に答えた。




 ある日、王宮内で泥棒が捕らえられた。王家の宝物を盗もうとは不届千万。フィーラウラも怒って、


「この者を牢に入れなさい」


 と命じると、爺やが言った。


「お嬢様、じゃなくて国王陛下代理。どうもこの呼び方は慣れませんな。裁判を経ないで人を罰することは四日前にご自身が禁止されました」


「え?あ、ああ、そうでしたわね」


 そんな法を制定した記憶があるようなないような……。エミレールが嫌がるような制度や法を昼夜問わず思いつくたびに制定していたので、もはや自分でも何を制定したのか記憶があやふやなのだ。


「では、裁判を経ないでは人を罰せられない、という法を廃止しましょう」


「議会を通さずに法を改廃することは二日前にご自身が禁止されたばかりです」


「そうでしたっけ……?」


 こちらに至っては何も覚えていない。


「では、議会を廃止――」


「議会の廃止には昨日制定された王国憲法の改正が必要ですが、同憲法の規定によりますと改正には18歳以上の全国民による国民投票を実施の上、全投票の過半数の賛成を――」


「もういい、もういいわ!」


 地団駄踏みながら、フィーラウラはやり過ぎたことにようやく気付いた。エミレールへの嫌がらせどころか、自分も何もできなくなっているではないか。




 そこへ伝令が飛び込んできた。


「国王陛下代理、緊急事態です」


「今更だけど、陛下代理、はおかしくないかしら。国王代理陛下、が正しいのではなくて?いや、それもおかしいかしら。どうもしっくりこないわねえ」


「代理国王陛下、そんなことを気にされている場合ではありません。エミレール殿が代理陛下国王は偽の国王であるとして軍を連れて首都に戻ろうとしています」


 ここらが潮時か。フィーラウラ自身何も出来なくなったのだから、エミレールや貴族達には十分嫌がらせをしたと思うべきであろう。復讐は完了した。


「爺や、じゃなくて宮内大臣代理。最後まで呼び慣れないわねえ。いえ、それどころじゃない、速やかに国外に逃げる準備をして頂戴」


 爺やは困った顔で、


「それは無理かと。窓の外をご覧ください」


 そういえば、なんだか窓の外がやかましい。何事かと覗いてみると、数多の国民が王宮の周りに集まり、「フィーラウラ様こそ真の王だ」「暗黒時代に戻るのは嫌だ」「我々は戦うぞ」などと口々に叫んでいる。この中を逃亡するのはもはや不可能。


「なぜ、こんなことに……?」


 事態が理解できずに茫然自失のフィーラウラに向かって、軍事大臣代理が言う。


「エミレール殿は軍の主力を握っていますが、こちらは全国民が味方。勝機はあります」


 冗談じゃない。そんな危ない戦いは御免蒙る。もっと安全に、エミレールがこの宮廷に戻れなくなる方法がほしい。エミレールを国王でなくしてしまう方法が――そのとき、再びフィーラウラの平凡な頭に非凡な(と彼女には思われた)アイデアが閃いた。




「王国はその歴史的役割を終えました。王国は本日を以て共和国になります」


 フィーラウラによる突然の共和制宣言により王国は滅亡、共和制に移行した。エミレールは大義名分を失って軍が崩壊、自身が国外に亡命する羽目になる。国民が共和制成立を喜ぶ中、ひとりフィーラウラだけは自分の命が助かったことを喜んでいた。




 フィーラウラは爺やとの暮らしに戻ったが、前とは違っていろいろな人がひっきりなしに面会を求めてくる。僅かな期間で王国の溜まりに溜まった課題を一掃し、無血で共和制に移行させた彼女に皆が感謝と尊敬の念を伝えに来ているのだ。しかし彼女は決して面会に応じない。自分の原動力はエミレールへの嫌がらせと、彼女から討伐されないがためだった、という恥ずかしいことは絶対に言いたくない。そんな彼女の、傍目には謙虚に見える態度によって、彼女の評価は望まないまま勝手に上昇していく。


 フィーラウラが篭もる部屋には今日も爺やが面会の取り次ぎに来る。


「お嬢様、貴族の荘園で酷使されていた農民が感謝の言葉を伝えたいとのことです」


「嫌あ……」


「お嬢様、全国から感謝の手紙と面会申し入れの手紙が今日もどっさり届きましたよ」


「やだあ……」


「お嬢様、政府から共和国成立に最も功績のあった人物として特別に表彰したいとの申し入れが」


「もうやめてえ!」

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復讐王女フィーラウラ 桃栗三千之 @momokurimichiyuki

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