第2話 黄昏の帰り道

 授業から解放された下校の道程。

夕暮れの色に染められた河川敷の沿いの通学路を、石田は期せずして同志となった眼鏡とデブと連れ立ってトボトボと歩いていた。

 彼ら三人は戦に敗れた者のようなくたびれた雰囲気を纏い、道の上に暗く長い影が伸びている。


「なんか、ごめんな。巻き込んじゃって」


 石田は顔を歩く足元に落としたまま、眼鏡とデブに謝った。

 眼鏡が石田の肩に手を置いて言う。


「水臭いな。お前とは小学校からの付き合いだろう?」


 そう慰めを口にする眼鏡の名は百瀬大気といい、石田とは旧知の中である。同じ小学校に通い中学は別の学校に入ったが、高校で再会したのだ。


「そうっすタケちゃん。おいら達はつくばの友っす」


 百瀬を挟んでデブが石田に笑いかける。

 このデブの名は関根悠人といい、彼も石田の小学校来の友人で、高校で石田と百瀬と再会した。


「それを言うなら竹馬の友だと思うぞ、ユウト」


 石田が訂正すると、間違ったちゃったっすハハハと関根は笑い飛ばした。

 小学校の頃の三人ならば楽しかった下校の道も、高校生となると少しメランコリーになる。

 しかもクラスの蔑みの辛酸を舐めさせられた後の帰路で、石田の顔はよけいに晴れない。


「タケちゃん、元気出すっす」

「そうだぞ。こうして久しぶりに三人で一緒に帰ってるんだ。昔の思い出でも語り合おう」


 この三人とは高校に入ってから以降あまり深い縁がなく、吾妻の提案という名の挑発に乗ったことで、ようやく小学校時代の距離感に戻った。


「ほら見てみろ。夕焼けが綺麗だぞ」


 百瀬は気軽に石田の肩に手を置いたまま、空いた手で空を指さす。


「タイちゃんの言う通りっす。この夕焼けは綺麗っす」

「だろユウト」



 偶さかの美しい夕景にはしゃぐ二人。

 石田が俯いて足を止めると、二人は一歩だけ多く進んでしまう。


「どうしたんだ?」

「タケちゃん?」


 不思議そうに二人が振り向くと、石田は真剣な目を二人に据えた。


「二人は悔しくないのか?」


 百瀬と関根は互いに顔を見合わせると、俄かに弾けるように笑い出した。


「お前があまりにも鈍感過ぎて笑えてきちまう、ハハハハハ」

「タケちゃんは変わらないっす、アッハハハハハ」

「わ、笑うことないだろ」


 遠慮もなく笑い声を出す二人に、石田は当惑しつつ少しだけムッとした。

 二人はひとしきり笑うと、途端に笑いを引っ込めて憮然とする石田に向き直る。


「なあ、お前は俺がプライドの無い人間だと思ってるのか?」

「タケちゃんなら、おいらの気持ちわかるはずっす」

「それならもっと悔しがってもいいだろ」


 石田は問うように二人に言う。

 百瀬がニヒルに口元を緩めた。


「空元気だよ。意味わかるだろ?」

「……ああ。わかるよ」


 旧来の友人の言葉に石田は納得する。


「空元気って唐揚げに似てるっす」


 丸々とした体形に非ず小学生の頃から健啖な関根は、ふと思い浮かんだ発想を朗らかに口にした。

 石田と百瀬が笑い声をこぼす。


「ほんとっ、ユウトは頭の中食べ物のことばっかりだな」

「こんな時でも美味しい物か。おなか減るじゃないか」

「食べれば元気も出るっす」


 オードブル料理でも想像している幸福な表情で、関根は気を落としている友人を励ました。

 石田の顔から暗い悔しさが消えた。


「商店街のコロッケでも買って帰るか」


 何かふっ切れた声で二人を寄り道に誘う。


「それいいっす」

「小学校の頃じゃ好きに買えなかったもんな」


 百瀬と関根は賛成した。

 夕暮れの河川敷の沿いの道を商店街へと歩き出した三人の話題は、自然と懐かしい話題へと移り変わっていった。

 

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