最終話 エピローグ
糸上と再会したのは三日後だった。
あんなことがあっても、日常は続いていく。
僕と誠也は普段通りに学校へいき、
放課後になってから糸上のお見舞いにきた――そう、ごく普通の病院に。
以前だったら、政府、もしくは組織の息がかかった病院に入院していただろうが、今の状況なら普通の病院でも問題ない。
能力の存在が公になったのだ。
みんな、自分だけの特別な力だと思い込んでいたみたいが、実は周囲にも同じように能力を持つ者がたくさんいてタガが外れたのか、能力の暴走込みで多くの事件が起きていた。
十一年前の大事件には至らずとも、交通機関がストップするような事故が何件も続いている。
政府も対応に追われ、ひとまず能力者は、自身が持つ能力の詳細を申告するようにと呼びかけ、後々の構想として、能力者が過ごせる社会体裁を作ろうとしているらしい。
しかし、言われておいそれと教える者がどれくらいいるだろうか。
申告すれば、手厚い補助が受けられるが、これまで水面下で自己の利益のために能力を使っていた者が大半だろう。
社会的補助と引き替えに自分の切り札を簡単に晒せる者は多くはないはずだ。
「能力は発動しなければ分からねえからな。俺みたいに相手の能力があって初めて発動する能力もある。そういうタイプの能力者は申告しないだろうぜ。俺も申告してねえし」
クラスの様子を、誠也と共有する。
「自慢する奴、隠す奴、二通りだったな。大体、反応で分かるってのは訓練をやっていて良かったと思うぜ。はっきりと分かったのは、能力がない奴はいないってことだ」
そうなのだ。
まあ、絶対にいないとは言い切れないが(生まれたばかりの赤ん坊は、当然能力など使えないだろうし)……つまり、現時点の例外はいるだろうが、長い目で見れば無能力者はいない、と言い換えられる。
しかし、残念ながら、僕には能力がない。
純粋な自分の能力は、実験によって潰されてしまっているのだった。
「能力を潰した引き替えにその体を手に入れたならとんとんってところだろ」
「この体に不満があるわけじゃないけどさ……」
だとしても、少しは期待したものだ。
もしも僕に能力があったのなら、どんな能力だったのだろう……と。
「隣の芝生は青く見えるってことだよ」
そう途中で会話を切り上げて、誠也と別れた。
僕と誠也の目的は違う。
僕は糸上のお見舞いにきたが、誠也は彼女たちのお見舞いにきたのだ。
「どう説明するのかと思ったら、分裂した能力者って説明するとはね……」
組織が解体された以上、もう増えることもない。
分裂する、だとこれからも増える可能性を示唆しているが、
した、と過去形で言ってしまえば、効力が切れた能力として扱われる――、
無能力者、とも取れるが、彼女たちは僕の劣化版である。
頑丈な体としてなら僕と同じく能力者と言えるかもしれない。
『俺が責任を取る』
組織が解体されたことで浮いてしまった彼女たちの生活を、誠也が保障すると言ったのだ。
それが誠也なりの償いであり、けじめ。
男の覚悟だ。
僕はそれを、後押しした。
……僕に気を遣ったのかもしれないが……さて。
看護婦さんに案内されて目的地に辿り着いた。
仕事を済ませてすぐに別の仕事に向かう看護婦さんの背を見ながら、
あの人も能力者なのか……、と考える。
思い返せば恐い世界だ。
すれ違う人々の全員が能力者で、いつどのタイミングで攻撃されるか分からなかった。
遠い昔のように感じるが、糸上との交戦がまさにそれだ。
あれがなければこんなことにはならなかったかもしれない。
でも、あれがあったからこそ、今の関係ができた。
救われた人間が多かった。
僕だって、例外じゃない。
決して、良かったとは言えない犠牲もあったけど……でも、
関わった人の誰もが、後ろ向きにはならない結果だった。
糸上を蝕んでいた毒は綺麗さっぱり体内から消えていた。
表面に現れていたまだら模様は完全に消えて、
真っ白な肌色が花柄のパジャマの隙間から見えていた。
「坂上くん、ひーまー」
「本でも読むか?」
「字なんて読みたくなーい! つまんないもーん!」
糸上に合うと思ってライトノベルを持ってきたけど、お気に召さなかったようだ。
すぐに読み終わってしまうと思って除外していたけど、漫画の方が良かったか……。
「ねえねえ、喋ろうよ」
糸上は、別に骨折したわけではない。
大病を患っているわけでもない。
毒が完全に抜けるまで、安静にさせるための入院であるため、
別に、ベッドに固定されているわけでもなかった。
起き上がったり、病室を歩き回ることもできる。
だからベッドの横の椅子に座っている僕の肩を揺することだってできるのだ。
「喋るって、なに喋るんだよ。しりとりでもするか?」
「それでもいいけど……、坂上くん、なにかあたしに言いたいでしょ?」
平静を装うことに成功したが、装ったと自覚しているのだから負けなのだ。
感情を隠すことは得意だったのだが……、糸上には敵わないな。
それとも、僕の技術力が落ちたのだろうか。
「…………ないこともない」
「じゃあ言って」
言いにくそうにしている僕に気を遣って話題を変える、なんて、
お情けをくれる糸上ではなかった……スパルタ的に僕を急かしてくる。
相まって僕の心臓も激しく鼓動してきた。
……緊張してる、みたいだ。
大したことじゃないはずだろ、
ただ、僕の気持ちを伝えるだけなのだから。
「はぁ……」
溜息交じりに呼吸を整える。
想像していた、意図したシチュエーションではないけど、
ここで言わなかったらこれから先、言えるタイミングはなさそうだと感じてしまった。
なぜかもじもじと正座をして待っている糸上のためにも、今、言うしかない。
「糸上、急な話で、悪いけど……さ――、僕の、家族になってほしいんだ」
「っ! そ、それって――」
「ああ」
僕は言った。
「母さんの代役を、糸上に頼みたい」
前のめりになって、喜びを隠し切れていなかった糸上の表情が一瞬で崩れる。
ぐにゃりと曲がった笑顔が引きつって、しばらくその状態のまま戻らなかった。
笑顔だけど口調は不機嫌なので、喜んでいるのか怒っているのかよく分からない。
「怒ってるよ! 分かるでしょっ!!」
「なんで怒るんだよ。頼み事をしてるだけなのに。
そんなに嫌なら、断ったっていいんだぞ?
無理強いなんかしないし……残念ではあるけどさ」
無理を言っている自覚はある。
だから、すぐに頷いてくれるとは思っていない。
「……あんな言い方、卑怯じゃん……っ」
ぼそっと呟かれた一言について、聞き返す前に糸上が、
「――そもそも!」
「同級生がお母さんになるって、坂上くんはいいの!?」
言われて――はっとする。
確かに、母親役を頼むということは、
つまり、当然だけど糸上が母さんになるわけだ。
「……お前に上から目線は、ムカつくな」
「なんだとぉっ!!」
まったく恐くない威嚇を見せられた。
やっぱり糸上とは、対等がいい。
「なら、親友だ。そこから始めよう」
僕は、誠也のように上手にはできないから。
長い時間をかけてでも、それを糸上が許してくれるなら。
親友という立場を、出発点にする。
「坂上くんのお母さんにはなれないし……どっちにしろ家族にはなれないよ」
「どっちにしろってなんだよ。まるで別の道があるみたいだ」
糸上は言い淀んで、結局、話題を変えた。
「坂上くんの家族になる前に、あたしはお父さんと家族をやり直すんだから」
糸上と先生の間になにがあったのかは知らないけど、
先生が糸上に対して謝り倒していた姿が印象的だった。
先生の復讐計画によって一番被害に遭ったのは、糸上だろう。
僕らの人生の崩れ方なんて、大したことない。
そう言うと誠也は怒るだろうが、あくまでもこれは僕の価値観だ。
異論は認める。
だけど、答えを変える気は毛頭ない。
最も怒るべき糸上が、先生を許したのなら、僕らの出る幕ではなかった。
「ふふっ、あいつの性根を、徹底的にたたき直してやるんだぁ……!」
僕らのような家族もいるのだ。
立場が逆転した親子というのもまた、
これはこれで、幸せな家族の形なのだろう。
サツ人鬼と暗サツ者 渡貫とゐち @josho
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