第17話 エピローグ

「フィリップ、私……まだ、時々思い出すの。妹のあの顔……、イグレット公爵そっくりの、歪んだ最後の表情」


 あの日から2年が経ち、私は皇太子妃になり、大きくなったお腹を撫でながら隣に座るフィリップに打ち明ける。


 断罪の日を迎えるまでに、フィリップは陛下と相談してあらゆる事を調べ尽くした。


 マリアは私にとって加害者であっても、あれは被害者でもあった。


 もっと早くに……妊娠の時点でスカーレット伯爵が己の子で無いと知る事ができていれば、平民として商家にでも譲られて豊かで幸せで……貴族社会とは関係のない子として人生を歩めていたかもしれない。


 だけど、お母様は殺されると脅されていた。誰が責める事ができる? こうして……王子が公爵家と伯爵家について即座に調べ尽くしたように……身分が高い者程安易に他人の人生を調べ、見張る事のできる貴族の世界で。


 そして、お父様は親友が自分の妻を強姦し、脅した事を知って尚、変わらぬ態度で接することができただろうか。……きっとそれは無理だ。長い付き合いでありながら、相手は家格が上の貴族。そしてお父様の態度が変われば、お母様は殺される。お父様の事を思えば……お母様はお父様に何も言えはしなかったと理解できる。


 ソファで時々お腹を蹴る元気な子を宥めながら、フィリップに不安を話す。


 私と半分血がつながった妹。


 私から婚約者を奪わなければ、何も知らせずに平穏に暮らす事ができたのに。


 我儘に育ててしまったせい? どこを悔やめばいい? 私に何が出来た?


 分からない……。


「そう暗い事を考えていると、お腹の子まで暗い子になってしまうぞ、ジュリア」


「フィリップ……大丈夫よ、私の心配なんて関係なしにお腹の中で元気いっぱいだもの」


「それならよかった。お父さんが、お前が産まれてくるまでにお母さんを元気にしてやるからな」


「もう、フィリップったら」


 私は結局、幸せだ。今、とても。こうして暖かい部屋で、夫に愛され、施された教育も無駄にはならずに皇太子妃として過ごしている。


 修道院に手紙を書こうかと思った事もあった。だけど、きっとマリアは望まない。


 私はきっと、……お母様の遺言や、私が生まれる前に起きた悲劇と約束、そういう物から逃げられはしない。


 お腹を撫でる私の手に、フィリップの手が重なる。


「大丈夫」


 ただ一言、だけどそれはとても貴重な一言。


 もう私は押し付けられる事も、一人で抱え込む事もしなくていい。


 隣にはこの人がいてくれる。


 お腹の中にはこの人との子供が。


 そして、いつの日か国母となる日がくる。時間は流れる。私が悔やんでも悩んでも。


 大丈夫。そう言ってくれる人が隣にいて、愛してくれている。


 この子が産まれたら、私はもう悩まない事にしよう。


 ジュリア・ウィンチェスターとして、母として、妻として、皇太子妃……いずれは王妃として。


 私は私がちゃんと選んで生きていく。


 隣に座る家族と助け合いながら。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

元婚約者の次の婚約者は私の妹だそうです。ところでご存知ないでしょうが、妹は貴方の妹でもありますよ。 真波潜 @siila

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ