第16話 わたしはなにもわるくないのに(※マリア視点)
鳥と虫の声しかしないような深夜、突然多数の馬蹄の音が屋敷に押し入ってきたわ。
私は今日もまた、訪ねてきたモーガン様を励ましてフィリップ王子との仲を取り持とうとしていました。
モーガン様は暗い顔色をされますが、なんとしても仲直りしてもらわなければなりません。姉から……ジュリアからフィリップ王子を奪わなければならない、その為には必ずお近付きになる必要があるのです。
まずは仲直りをさせて、それからあの日の非礼を詫びて、何度も笑い掛ければかの方だって私を好きになるに決まっています。
中々頷かない捨てる予定の婚約者をどう動かすか考えているうちに、夜もふけました。そして、馬蹄の音。にわかに騒がしくなる屋敷。
「陛下の命であるぞ!」
そう野太い声が叫びながら私の部屋に何人もの兵が押し入ってきました。
あまりの事に驚いて、私は寝巻き姿のまま縄で括られ、離しなさいよと叫ぶ口に猿轡を噛まされて、揺れる馬上に荷物のように乗せられて王城へと連れて行かれました。
お父様が必死に私兵を連れて追いかけてきてくれますが、私を助け出す事はしません。馬鹿のくせに、何故王命には従ってしまうの?! ここは王命に逆らってでも私を助ける所でしょうが!!
そして謁見室。猿轡を外された私は、地べたに押さえ込む兵に向かって騒ぎ立てました。
だってそこには、健康的になった姉と、フィリップ王子が立っていて、本当なら私がお義父様と呼ぶべき陛下がいる。
なのに蛙のように這いつくばらされて、隣にはどうしようもない婚約者とその父親の公爵。
国王陛下の言葉に体の芯が一瞬冷えた私は黙っていたら、公爵の悪行が露見していく。馬鹿な男の父親も馬鹿なのね。やはり私にはフィリップ王子が相応しいわ。
だから早くこんな拘束を解いて!
心の中で叫ぶしかできず、今度は婚約者の偽証罪と身分剥奪。これは、もしかして私も同じ罪に問われるんじゃないの?
だめよ! 私は違うもの! すべてこの馬鹿が勘違いしただけよ!!
私は必死の形相で陛下を見上げた。しかし、私はやはり、同じ偽証罪で身分剥奪を言い渡された。
すぅ、と気持ちが冷えていく。飢えだ。どうしようもない飢えが私の感情を食べ尽くしてしまったかのように、私は血の気と表情、感情を失った。
「残酷な真実とは……モーガン、及びマリア。そなたらは血縁関係……兄と妹である。腹違いのな。よって、決して交わらぬようマリアは修道院送りとする」
背後で誰かが膝をついた音がした。
私はそれどころではない。隣で這いつくばっている男を穴が開くほど凝視した。隣で這いつくばっている馬鹿も私を凝視している。
馬鹿の親である馬鹿公爵がお母様を強姦した時にできたのが、私?
それを調べるのは簡単だ。婚前契約に夜の営みの項目があれば日付が記されている。その時勤めていた侍女と医者に話を聞けばお母様の生理周期も分かる。子供を儲けるための性交渉なのだから、当然そうやって人の手が入るのだ。
お父様は家の事は顧みない人だった。二度と飢饉を起こすまいと必死に仕事をしていた。記録に残らない性交渉はするはずがない。
ぜんぶ、ぜんぶぜんぶ、イグレット元公爵のせいで私の家は狂ったのか!
私が手に入れていた満足感、お腹いっぱいに満たされていた幸福、それらがすべて砕け散った瞬間だった。
「お、お姉様、嘘だと、いえ、私は半分はお姉様と同じ血を引いてるのです! 助けてください! お姉様!」
私は最後に足掻いた。後はもう、あの時騙されて婚約破棄された可哀想な、私の下であるべき女に懇願するしかない。
情けない、悲しい、悔しい、腹立たしい、はらわたが煮えくり変える、おかしいおかしいおかしいおかしい。
だが、その哀れな女は、私に憐憫を込めた目線を送るだけだった。
は?
妹のために、ここは陛下に跪いて嘆願する所だろうが。
だが、姉は涙を流すと、フィリップ王子の肩に顔を埋めた。
もうこれ以上醜いものを見たくないとでもいうように。
私は一晩地下牢で過ごすと、翌朝修道院に送られた。
もう、飢えすら感じなかった。
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