チートお断り!

神門忌月

チートお断り!

「それでは、転生するにあたって、あなたの欲しいチート能力を教えて下さい」


「え、いらない」


「……ええと、チート能力ですよ? 自分だけの、とってもすごい能力ですよ?」


「お断りします」


「……あの、転生者には、もれなくチート能力を授ける決まりなのですが」


「だが、断る!」


 決め顔で拒絶の言葉を発した俺の前では、自称・女神が泣きそうな顔になっている。

 だが、俺の知ったことではない。


 どうやら俺はいつの間にか死んでしまったらしい。

 今は、女神を名乗る美女を前に、何もない真っ白な空間で、異世界に転生する準備の真っ最中だ。


「っていうか、転生者は俺のほかに何十人もいるんだろ?」


「はい。皆様、嬉々としてチート能力を受け取り、すでに転生済みです」


「あー、じゃあ、俺の転生自体、なしってことで」


「そんな! 異世界転生ですよ? いま大流行の! 転生したくないんですか?」


 自称・女神が慌てふためいている。

 そんなに驚くことか?


「いやいや、転生自体には興味あるよ。けどねぇ、チートはお断り。不正、ダメ、ゼッタイ。っていうか、イカサマは許さん! チーターは死ね、滅べ。ぶっゃちけ、生きている価値ねえよ」


「いえ、あの、ここでいうチート能力というのは、イカサマみたいに強い能力という意味で、別に不正ではありませんよ。神が授ける公式な能力ですよ」


「じゃあ、それは、転生先の世界で普通に生きている人間が、努力して手に入れられるものなの?」


「いえ、それは無理かと……ああ、でも、生涯修行を続ければ、0.05%くらいの確率で手に入るかも?」


 自称・女神が可愛く首をかしげてみせるが、そんなものには騙されない。


「無理ゲーすぎんだろ! 確率操作した不正ガチャかよ! てか、運営側が選んだ人間だけが使える能力とか、ありえんだろ? サクラか? なめてんのか! 一生分の努力で課金しても出ないのか!?」


「えええ!? でもでも、あなたも、そのチート能力を使える側なんですよ? 相手にだけチートを使われて、悔しい思いをすることもないのですよ? だったら、問題ないのではありませんか?」


「はあ? まわりの大多数はその世界の住人だろうが。そんな中で、自分だけが使える能力を使って、優越感にひたれってか? 俺はそこまで腐っちゃいねえ! ゲーマーの誇りってもんがあるんだ! 馬鹿にするな!」


 俺は思わず声を荒げた。


「ゲ、ゲーマー? じゃ、じゃあ、普段はチートを隠して生活すればいいじゃないですか!」


 意地になったのか、自称・女神が食ってかかる。


「だ・か・ら! 隠すくらいなら、最初からいらねーって言ってんだろ! その上で、ほかの転生者がゲームのルールを、世界の常識を壊しまくるんだろ? それが苦行だっつってんだよ! そんな世界への転生なら、こっちから願い下げだ!」


「く、苦行……ですか?」


「仮にそれがマルチプレイだとしたら、どうだ? 誰が好き好んでやりたがる? いきなり出てきたやつに、苦心して身につけた技術を全部おしゃかにされるんだぞ? 勝ち負けの問題じゃねえんだよ!」


「は、はあ……」


 曖昧あいまいな女神の返事に、俺はさらにいらだつ。


「わかってねえなぁ。チーターってさ、イカサマで相手を負かして、悔しがってるの見て喜んでるらしいけど。違うから。悔しいのは負けたからじゃなくて、勝負を台なしにされたからだから。そもそもイカサマに負けても、こっちの中じゃ負けにカウントすらされねえし」


「……」


 いらだちの中、なんとか道筋つけて話そうとするが、単なる愚痴になってしまう。

 女神が困った顔をしているが、もう自分でも止められない。


「イカサマした時点で、ゲーム板をひっくり返してんだよ。もう勝負ですらなくなってんのに、イカサマ野郎はひとりで勝った気になってんだよ。もう、いっそ哀れだよ。情けなさ過ぎて、殺してやった方がそいつのためだとすら思えてくるレベルだよ」


「ええと……」


 女神がオロオロしながら懸命に言葉を探している。

 その様子を見て、俺もようやく怒りが抜けてる。


「わりぃ、熱くなっちまった。ところでさぁ、なんで転生者にチート能力なんて渡しているんだっけ?」


「ええと、この世界はいろいろなことが停滞していまして。魔王とか、魔竜とか、そういったものに現地人だけでは対処しきれなくて。それで異世界の方にチート能力を授けて、対処してもらってます」


「おい、駄女神!」


「駄女神!?」


「それ、チーターが原因じゃないのか?」


「は?」


「いや、だってそうだろ? 生涯修行しても手に入らないような力を、ポッと出の若造に使われてみろよ? 努力する気をなくすだろ? その魔王とかも、現地人が死ぬ気で修行して強くなったり、武器や魔法を懸命に改良すれば、どうにかできたんじゃないか?」


「え? ええ!?」


「その世界の住民てさー、みんな死んだ目をして、『転生者さま、すごーい』とか『転生者さま、さすがー』とか言ってねえ? 思考を放棄してさぁ。そんで、そんな転生者にそれでも歯向かおうとする骨のある奴を、転生者が片っ端からコテンパンにしてねえか?」


「あ、あ、ああああああああああああああ」


 駄女神が頭を抱えてしゃがみこんだ。


 俺はあきれ果ててため息をつく。

 同時に、この駄女神と、その世界の住民が少しかわいそうになってきた。


「おい、クソ運営!」


「クソ運営!?」


「気が変わった。そのチート能力ってのは、たとえば、こういうこともできるのか?」


 その後、俺はチート能力を決め、異世界に転生した。




 その世界では最近、とある噂が流れていた。


転生者殺しチート・キラー


 すでに何十人ものチート能力者が姿を消していた。

 どうやら、ほかの転生者を殺して回っている転生者がいるらしい。


 そんな中、最強と噂される三人の転生者が一時的に共闘して『転生者殺しチート・キラー』に対抗することになった。


 その三人とは──


世界静止者ワールド・ストッパー

 彼は、止まった時間の中で、自分と自分に触れるものだけを通常の時間内と同じ状態に維持できた。


無限再生者エターナル・リジェネレイター

 彼は不死であり、たとえ素粒子レベルにまで分解されても何度でも元の状態に再生できた。


完全不知覚者パーフェクト・ステルス

 彼が能力を発揮すれば、その姿も、発する音も、体臭も、体温も、魔力さえもけして知覚されることはなかった。


 彼らは強すぎるがゆえに、互いに争うことはなかったのだ。


 そして今、彼ら三人の前に『転生者殺しチート・キラー』が立っていた。


「ほう、お前が噂の『転生者殺チート・キ──」


世界静止者ワールド・ストッパー』が言葉を終えるより先に、その足下にぽっかりと大穴が空いた。


「は?」


 不意をつかれた『世界静止者ワールド・ストッパー』は、とっさに能力を発動する。

 だが、止まった時間の中で、彼の体は何事もなかったのように、大穴の中を落ち続けた。


「えええええええええええ」


──ドゲシャ


 深い穴の底から生えた無数の突起に激突し、『世界静止者ワールド・ストッパー』の手足がありえない方向へと折れ曲がった。


世界静止者ワールド・ストッパー』は意識を失い、時は動き出す。


「ふっ。大規模土魔法を無詠唱か。だが、そんなものは俺には効かんぞ? 俺を殺せる者はこの世界にいな──」


無限再生者エターナル・リジェネレイター』は氷詰めになった。


永久凍土の棺エターナル・アイス・コフィン

 永遠に溶けることのない最上級の氷魔法だった。


 その時すでに、『完全不知覚者パーフェクト・ステルス』はその姿を消していた。


転生者殺しチート・キラー』は人さし指を何もない空間に向ける。


「わりぃ。見えてんだわ。あんたの横にステータス表示が」


 その指が示す先で、観念した『完全不知覚者パーフェクト・ステルス』が姿を現した。

 最上級魔法を使える相手に位置を知られてしまった以上、それ以下の魔法しか使えない『完全不知覚者パーフェクト・ステルス』には抵抗するすべがない。


「それがお前の能力か? 普通、転生者のステータスは鑑定魔法でも見えないはずだ。もちろん、チート能力の内容も」


「知ってるか? チート能力は対象を限定するほど強力にできる。お前らの能力は対象を広げすぎだ。俺のチート能力はチーターにしか効果を発揮しない。しかも【鑑定】はおまけ。本当の能力は──」


転生者殺しチート・キラー』は片目をつむり、指鉄砲で狙いを定めた。


BANバン!」


完全不知覚者パーフェクト・ステルス』は跡形もなく消えてしまった。


BANバン!」「BANバン!」


世界静止者ワールド・ストッパー』と『無限再生者エターナル・リジェネレイター』もBAN──この世界への干渉を禁止する。


「しっかしさぁ、【鑑定】でチート能力の内容がバレていたとはいえ、最上級魔法を極めただけの俺に勝てないって、どういうことなの? チーターでしょ? 仮にも」


転生者殺しチート・キラー』は肩をすくめて歩きだした。


 チート能力を除けば『転生者殺しチート・キラー』の才能は平凡極まりない。

 ただ彼は、努力が苦にならない性格だ。単調な繰り返しの鍛錬でも、もくもくと一日中続けられる。

 そして常に最善は何かを考え続けることをやめない。


 この世界で若くして最上級魔法を極めた者は多くない。

 だが、チート能力者が減り続ける中、最上級魔法を極める者は増えてゆくだろう。


 武術を極めた達人もまた、増えてゆく。


 それこそ、彼らが束になれば魔王を倒せるくらいに。




 チート能力者が一人もいなくなった世界で、『超越の使い手スーパー・プレイヤー』と呼ばれる男が世界を謳歌おうかするのは、もう少し先の話である。


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