妖精

 古い文書に曰く。




 ドルイド達はその身に神や祖霊を降ろし、様々な超常の術を操ったという。だが、人々が罪を重ねるにつれて神は彼らを見捨て徐々に天へ昇り、祖霊は地へ潜っていった。


 それゆえ、遠くなった天界、黄泉と地上を繋ぐ場所が必要とされた。




「それこそ、かつての神殿。環状列石」




 環状列石はその名の通り、巨大な岩が円状に並べられた遺跡だ。かつてドルイドがここで祈りをささげると異界への階段が開いたという。


 だが、今や神や祖霊は神殿においてすら応えることは無い。天界も黄泉も、異界は全てどこかへと消え去ってしまった。




 その、はずなのだが。




「おいおい、冗談だろ?」




 目の前には蝶や蛾の羽を背中に生やし、月明かりの下で踊る小さな異界の住人――即ち、妖精の姿がそこにはあった。それも、一体や二体ではない。群れ、それも数十体もの規模で飛び回っているのだ。


 魔物ですら十数年に一体見るかどうかになったこの時代においては、それは最早恐怖の対象だ。


 だが、臆していては何も始まらない。




「……あの、少しいいか?」




 とりあえず、近くにいた妖精たちに話しかける。




「クスクス」


「アハハ!!」


「楽しいーね」




「……」




 話にならない。言っていることはわかるが、内容は全く持って理解できない。試しに喰ってみることも考えたが、俺がそれをやろうとするとこちらを馬鹿にするかのような動きで飛び去ってしまうのだ。




 出直すか?


 しかし、出直したところで手がかりが見つかるとは思えない。




 結局俺は妖精を追いかけたり、あるいは逆にその場で立ち止まって様子を見ると言った何とも中途半端なことを繰り返していた。




 そんな時である。




 足元の奇妙な違和感に気づいたのは。




「花、か」




 ツツジ、スイセン、キク、スノードロップ……神殿の中心には季節や地域を問わずにありとあらゆる様々な花が咲いていた。


 だが、そこは周囲からあまりにも浮いている。何せ何もない草原に突然、花畑が出現したのだ。




「……地下か?」




 この異常事態を引き起こす存在は周囲にはない。もしあるとしたら、植物の根源たる地下に何か異常がある、様な気がする。




「……」




 何とも、雑な論理、というより直感でしかないが、妖精たちと無駄な鬼ごっこをするよりかは遥かに良いだろう。


 俺はその場所を爆破して掘り起こそうと、周囲に魔法陣を書き始める。


 だが、それを妖精たちは黙ってみているわけもなかった。




「何やってんの!」


「ふざけんな!」


「殺す!」




 さっきまで俺をおちょくるだけだった妖精たちが一斉に襲い掛かってくる。多少の痛みだったら何ということは無いのだが、目とか首元とか急所、それも栗の棘とかで狙ってくるから質が悪い。


 というか、口も悪いし――




「テメエら、舐めてんじゃねえぞ!」




 殺意が湧いてきた。害虫駆除用の奇跡を使えばいいだろうか。




「ザッケンナコラー!」


「死すべし」


「慈悲は無い」




 こいつらも本気のようだ。


 妖精はさも美しく陽気な存在であるように語られることがあるが、実態は残酷で狡猾な一面を持つ存在だと聞いている。ならば、それなりの手傷を負うことは覚悟せねばなるまい。




 俺は銀鉄の剣を懐取り出して威嚇し、彼らもやはり栗の棘や松の葉をこちらに向けてくる。


 正に、一触即発。




 その時だった。妖精たちの動きが歌声と共に止まったのは。




「『ブリュンヒルデは万夫不当の勇者ジークフリートと静かに、幸せに……』」




 聞き覚えのある声。まさか。




「ここまで来るのに結構時間がかかっちゃいました」




 微笑みながら、そこに立つニミュエの姿があった。




 ◇




「おい、修道院で寝てろって夕方言っただろ」


「だって、アーサーさん。仕事で悩んでらしたようでしたから……」




 何を言っているんだ? 俺がいつそんなことを言ったんだ。


 というか、何でニミュエが首を傾げているんだ。




 訳が分からない。




「そ、それよりも。お前、このクソ妖精どもの近くにいると危ないからさっさと帰れ」




 そう、きっと彼女だとすぐに体のあちらこちらを刺されて……ない?


 寧ろ、妖精たちと彼女は戯れている。




「おねーさん、僕らの仲間?」


「違うわ。私は半分エルフよ」


「エルフ! もうとっくにいなくなったと思っていた!」




 その言葉に大騒ぎする妖精たち。




「古い血、エルフ、妖精。そうか……」




 亜人たちは人というより妖精や精霊に近い存在だったという説がある。だから、妖精たちがニミュエに対して親しげなのはわかるが、俺と彼女の間でこうも露骨に待遇に差があるのは納得がいかない。




「ねえ、妖精さん。私のお話を聞いてくれないかしら?」


「いいよー」




 だが、そんな俺を蚊帳の外においてニミュエは話を進める。




「なんで、ここにはこんなに綺麗な花が生えているの?」


「それは、下に神様がいるからだよ……会いたい?」




 ニミュエは静かに頷く。


 だが、俺の方を見て。




「あの人も一緒に連れていけないかしら?」




 それを聞いて妖精たちは一斉に騒ぎ出す。まあ、内容はお察しの通りだが。




「……あの人は私の大事な人なの。私と離れたら、色々危険だから一緒に行かないと」


「でも……」




 妖精たちはニミュエの話なら聞くが、しかしこれには迷っているようだ。というか、ニミュエ、俺が大事って言ってくれたのも驚きだけど、お前そんなこと考えていたの!?




「うーん。でも、あの人から古い神様の匂いも感じるしなあ」


「でしょでしょ?」


「……じゃあ、それに免じて一回だけならいいよ」




 そう言うと妖精たちは集まり、輪になって踊りだす。


 輪は最初は蛍の光程度の明るさを発していた。だが、徐々にその輝きを増して、星の光、月の光、そして陽の光ほどにも眩いものへと変化していき、思わず目を覆うほどのモノへと変化していく。


 そして、俺が再び目を開いた時には――




「……これは、すごい」




 そこには翡翠で出来た蛇を模した手すりと大理石でできた見事な地下へと続く階段があった。


 全く、次から次へととんでもないことが起こるな。




「この下に神様がいるよ」


「さっきから言っている神様ってのは、魔人のことか?」




 妖精たちはまた俺を無視する。思わず、殴りかかりそうになるがニミュエに止められる。


「とりあえず、下に降りてみましょ?}


「……覚えておけよ」




 俺は妖精たちに捨て台詞を吐いて、彼らの煽りを背にして階段をニミュエと一緒に下って行った。




 ◇




 階段は暗く、一寸先すら見えない。にも拘らず、転ぶ気がまるでしないのは何故か。




「お仕事、そんなに大変なんですか?」


 突然ニミュエが話しかけてくる。




「……さっきから気になっていたけど、何のことだ?」




 本当にわからないのだ。ニミュエが言っていることが。




「私からすれば、アーサーさんの方が変ですよ。私は前と変わっていないのに変に距離を取られちゃって、どうしたらいいかわからないんです」


「変わってない?」




 ニミュエはその言葉に力強く頷く。




「貴方がどう思っているかわかりませんが、私は貴方が何者であろうと側にいたいと思っていますよ」


「……そうか」




 段差が途切れ、代わりにやはり荘重な蛇の装飾が為された青銅の扉が目の前に現れる。




「……この先に、古く強大な存在がいます」


「後ろにいろよ」




 俺は腕を軽くナイフで切り、聖句を唱えて変身しておく。




 扉の先に在ったのは――




「わあ、綺麗」




 ニミュエが思わず嘆息する。


 そこは正に伝説で語られる常世の国だった。




 地下だというのに澄んだ空気と満天の星空の下、蜜溢れる川が流れ、そして数々の腐ることのない各季節の果実に覆われた土地。




 そして、その最奥。骨で出来た椅子の上に、そいつはいた。




「君らが、妖精たちの言っていた客人かな?」


「……そうだ」


 


 牡鹿の角を生やしたそいつは満足げに頷く。




「それでは、僭越ながら名を名乗らせてもらおう。我が名はパーシヴァル。身に降ろした神の名は、ケルヌンノスである」




 角持つ魔人はその側に鹿を侍らせて言った。

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ある人喰いの化け物とエルフの少女の物語 @zinc3125

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