ドーセットの街はツイード河の下流、海から三十キロ内陸の街だ。アンティオクの聖アンソニーが最初にアルビオン島で教会の布教を始めたということもあって、この地は聖地になっている。そのせいか、聖地巡礼が盛んであり多くの人を受け入れる懐の深い街だと古来から言われてきた。


 だが――


 ここ最近、俺とニミュエの間にはそれに反するようにどこか余所余所しい関係が続いていた。彼女は俺を信頼したいと言ってくれたが、やはり先日、人喰いの姿を見せてしまったことと、復讐の対象たる阿保王子に対して殺意を向けたのは気まずい。それでも、彼女は明るく振舞ってくれているのだけれど、それでもどこか無理しているように感じられる。


 だから――

 

「今日は少し一人で探し物をしてみようと思う」


 朝、俺はニミュエに修道院の巡礼者向けの宿坊で単独行動をすることを告げた。


「私はついてきちゃダメですか?」

「……前に街を見てみたいっていただろ? 一人で回るのもいいんじゃないか?」

「そんなもんですかねえ」


 彼女はどこか不満げに言うが、無理やり言いくるめる。


「よし、じゃあそろそろ行くか」


 修道院の前で、別れることを告げる。

 ――、とその前に。


「確認」

「ええと、濫りに耳と肌を出さない。歌は歌わない、それから――」

「但し、身の危険を感じたら歌ってもいい。そして、修道院にすぐ逃げる」

「そして、陽が暮れたら修道院に問答無用ですぐ戻る」

「はい、よくできました」


 そして、俺はお小遣いの銀貨を数枚渡す。正直馬鹿みたいだと思うが、以前金を好き勝手渡したら、東方の高価な絹のスカーフを買ったと思えば、小麦粉なんて珍妙なものも買ってきて面倒なことになったことがあるのだ。それをまたやられては困る。


「じゃあ俺は行くから」

「頑張ってくださいねー!」


 俺は手を振るニミュエを背に、街の中心部へ歩き出した。


 ◇


 歩いていて一つ気づいたのだが、全体的に街に活気がない気がする。考えてみると、復活祭の前だというのに修道院の宿坊に簡単に、しかも一週間近く滞在できるというのは妙な話だ。

 さて、誰かから話を聞きたいものだが――


「もし……そこの、お方。何か恵んでくれませんか」

「……」


 いつもは人で行きかっているであろう街の広場、そこには物乞いくらいしか今はいない。仕方ないので、銀貨を一枚投げる。


「お、おお……!! 貴方は何て優しい方なのか」

「おい、一つ話を聞かせろ。そうすれば、もう一枚やる」


 物乞いの老婆は銀貨を抱え込んで、物凄い勢いで頷く。


「この辺りは人間が少ないが……いつも、こんな感じなのか?」

「いいや。いつもはもっと人がいる。でも、金をくれる人は少ないねえ。貴方みたいなお方は」

「お前の話はどうでもいい。理由を聞かせてくれ」


 老婆はつまらなさそうな顔をするが、俺の知ったことではない。


「……なんでも、戦争が始まるんだとよ」

「何!?」

「誰だっけ、海向こうのノース公ギヨームとかいう人がうちの王位を狙ってどうこうとか」

「……」


 まあ、有名な話だ。どうにも、先代から件の人物は王位継承権を要求して色々文句をつけているらしい。まあ、いつものことと言えばいつものことだ。

 正直陳腐な内容だけに、残念と言えば残念だ。

 そんな俺を見て、老婆はニイィという音が聞こえそうなくらい気味の悪い笑顔を浮かべる。


「なあ、あんた面白い話があるんだが聞きたくないかい?」

「聞かせてくれ」

「なら……わかってますよねえ、旦那?」


 舌打ちをして銀貨をさらに一枚投げる。


「へへ、ありがとうごぜえます」

「おら、払ったぞ。さっさと聞かせろ」

 

 ――出るんだよ。


「何がだ?」

「何って、そりゃあ悪魔だよ。南のギルマンじゃエイの悪魔、王都のリディウムじゃ蜘蛛の魔人……そりゃあもういたるところにいるさ」


 魔人は多くの場所にいるのは知っていたが、まさかそんなとは……。王都は言わずもがな、ギルマンもこの街からかなり近い。というか、そんな状態で俺たちを魔人狩りに行かせて宮廷は大丈夫だったのか?

 まあ、大丈夫だから行かせたのだろうが……。お偉いさんの考えることはわからないな。


「ああ、そうだ。この近くにも悪魔の出る場所があるって話だねえ」

「聞かせろ」

「おっと、ここからはタダってわけにはいかないねえ」


 きんちゃく袋を見る。これ以上はあまり払いたくないが……。


「払えないなら、教えなくてもいいんだよ」

「おい、ババア」


 あまりやりたくなかった手だが、仕方ない。老婆の腕を掴んで自分の腕を捲り、刻み付けられた剣に貫かれた人の紋様を見せつける。


「これが、どういう意味か分かるな?」

「あ、ああ……」

「この紋様の通り、テメエを喰っちまってもいいんだぜ?」


 魔物狩りを現す紋様。世では俗に人喰いの紋様というらしく、これを見せつけるだけで恐怖を覚える人間がかなりいる。


「さあ、どうする。何も言わないなら」

「わかった、話す、話すから」


 だが、腕は離さない。騒がれて冷たい目で見られるは今更だが、逃げられて情報を吐かれないのは困る。

 どうやら、向うもこちらの意思を分かったらしい。観念したのか、とうとう口を開く。


「この街から北に少し行ったところに王国はおろか、ルーム帝国以前のダナーン人の遺跡がある。そこで、夜な夜な怪しい修道士が集まって集会を開いていたっていう話がある」

「ほう? それで」

「これ以上は実際あんたの目で確かめた方がいいだろうさ。あんたら人喰いの御先祖さんの聖地だったんだから」


 老婆は言うだけ言って、そのまま逃げて行く。

 まあ、ダナーン人の遺跡となると彼女の言う通りかもしれない。


 ダナーン人の司祭、ドルイドと呼ばれた巫術士が我ら魔物狩りの源流なのだから。


 ◇


 建物の物陰。

 そこに、少女はいた。


「なるほど。アーサーさんは仕事の件で困っていたのですね」


 当然のことながらニミュエである。彼女は実のところ、先日の人喰いに関しては自分が歌で獲物をおびき寄せて殺すのと同様、仕事をする上での必要な作業としか思っていない。加えて、仕事なんだからやりたくないこともあるだろうし、かといってそれをガタガタ言われて、ぶちぎれるのも当然だろうと言った感じだ。


「問題はあの復讐ですが――まあ、本当に幸せならばそんなのすぐに忘れられるでしょう」


 その発想が実に子供的で、また自分が幸せを分ければいいと考えるのも同様なのだが彼女はそこまで考えることは無い。

 

 なぜなら――


「私が陰から見守ってあげないといけないですね!!」


 フンスと鼻息荒く、ニミュエはハッスルする。

 

 まあ、つまるところ。

 彼女は自分自身をアーサーの保護者だと思っていたのだ。

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