軍神ヌアザ
「……これは?」
眩い光の後、自分の体を見る。銀の刃が仕込まれた右腕に、黒く金属質な鎧を思わせる体。そして、白い鷲の翼を模した仮面に黒く燃える髪。
「……これは、まさか」
「神話に語られる軍神の姿?」
――魔物狩りにして巫術士の裔たる君ならば、その身に旧き神と祖霊を降ろせるだろう。
ミルディン老人が言っていたことを思い出す。この姿は恐らく、軍神ヌアザだろうか?
細部は違うが、銀の腕などそれを思わせる要素は多い。
まあ、色々驚く点はあるが体力は回復している。ならば――
「俺の名は、最後の神秘の後継者。捨てられし者の王、アーサーと名乗っておこうか」
「グ……ン……シ、ン? フ、ザケルナ!」
俺は叫び声と共に、周囲を腐らせる吐息を吐く蠅の王に対して、指を突きつける。魔人は殴ってくるが――
「遅いっ!!」
相手の動きを間一髪で避け、腕を掴んでそのまま投げ飛ばし、さらに掴みかかって馬乗りになる。流石に、これにはさしもの魔人もきついらしく、俺に更に蹴りを入れてそのまま飛んで逃げようとする。
「……ニ……ゲ。カンセイ……ホウ……ク」
「悪いな! 逃がす道理はない」
「!?」
ジャンプで追いついてくると思わなかったのだろう。だが、気づいた時にはもう遅い。
「今は失われし、神代の剣、其は輝ける銀の腕――」
腕が輝き、仕込まれた刃が開く。
「アガートラム・クラウソラス!!」
「ッッッアアアアアアッッアアア!」
黒く濁った血と、半身から零れた内臓をまき散らしながら蠅の王は地に堕ち、そして、沈黙する。
「……終わりか」
誰かが呟く。
普通ならそうだ。だが、俺は魔物狩り。未だ、やるべきことが残っている。
「ああ、やっぱり息があるか」
「……!」
体の半分を失って、未だ蠅の魔人は息をしていた。可哀そうに。さっき、死んでおけばよかったのに。
「アレだけのことをしておいて、放っておくっていうのは流石にできないからな」
「……」
「経験値を貰うぜ」
俺はそのまま魔人の首元に犬歯を近づけ、そのままその五体を食い始める。
――そう。これが、魔物狩りがありとあらゆる身分や職業の中で最も忌み嫌われる理由。
生きたまま、魔物、亜人、そして自らの師匠を喰い、そしていずれは自らも誰かに喰らわれることによって経験値と魂をその内に受け継ぐ。これこそが、神も祖霊もない時代にて、その身に魂を降ろす秘技。
恐らく、老人も、阿保王子も、ジェニファーも、グエンドレナさんも、そしてニミュエですら引く光景だろう。だが、これなくして魔物狩りは成り立たない。
「ア、ガ、ガアアアッ!!」
最早、血に染まった魔人の目が人間性を取り戻したのか、恐怖におびえるが――
しばらくして。
それも徐々に弱弱しいものになり、やがて沈黙した。
「これは……うん?」
脳裏に浮かぶ光景は奇妙なものだった。多くの修道士のような格好をした人物が、男を抑え込み、頭部を切開している姿。そして、失われた眼窩に脳髄を縫い付けられる姿。
そして――
「『……あの方、そしてアルビオンのために』」
それ以降は靄がかかったように何も見えない。これ以上の深掘りは無駄だろう。
「それよりも」
俺は血まみれの阿保王子たちを睨み付ける。果たして、彼らは怯え、蔑み、そして敵愾心を露わにした目をしていた。
「人喰いが……来いよ」
「ああ、そのつもりだ」
阿保王子は震えるジェニファーを庇うように前へ出る。一応は男らしいところもあるということか。
いいシーンだ。感動的だ
だが、無意味だ。
「俺の糧になれ」
仕込み刃を出して、彼と睨み合う。
「待ってください」
待ったをかけるように響く声。
そこには、ニミュエの首元にナイフを突きつけたグエンドレナさんの姿があった。
「殿下を襲うなら、この方の安全は保障しません」
「……貴女のことは信用していたんだがな」
「私も貴方も今は最早赤の他人。信用する方が可笑しいでしょう」
俺が甘かったか。黙っていると、ニミュエの首に赤い血が一筋流れる。
「……そちらの要求はなんだ」
グエンドレナは何かを言いかける阿保王子とジェニファーを抑える。
「一つ、変身を解除すること。二つ、我々が指定した方角へ、更に十数分歩いて行くこと」
「俺がそれに従う益は無いな」
だが、グエンドレナは更に薄く笑む。
「そちらは、今強く出られる状況だと思っていますか?」
「……」
変身を解除する。
「アーサーさん!」
約束通り、ニミュエも解放してくれたが……。
「おい、お前。あんな、人喰い化け物より俺の方がよくないか?」
「レイア!?」
ジェニファーを無視して、ニミュエを口説き始める阿保王子。だが、彼女が向こうになびくというならば俺は止める手立ても道理もない。
彼女は阿保王子の方を見る。
「自分の仲間を放り出して、感謝の一言もない人間より、怖くても人を慮ってくれるアーサーさんの方がいいです」
「えっ」
ニミュエは振り返らずにこちらへ来る。
「……後ろから攻撃するとかはなしだぞ」
「勿論。南の方に十五分歩いて行ってください」
俺はそのまま、阿保王子の喚き声を無視して南の方へと歩いて行った。
◇
「……なあ、本当に良かったのか」
その言葉にニミュエはやや強張った顔をする。だけれども。
「正直言うと、怖いです」
「……」
「でも、私は貴方を見捨てないと約束しましたし、貴方を信じたいのです」
彼女は俺の顔を真正面から見つめて、吐息がかかるほど近くからその言葉を告げる。
「だから……少し時間をください。貴方を理解するための」
「……ありがとな」
ニミュエは怖いながらも俺を信頼してくれた。ならば、俺も期待に応えられる人間にならなければ。
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