死闘
レイア達が蠅の王と邂逅する数時間前。
俺とニミュエは鬱蒼とした森を抜けて、やっと道らしい道に出てきた。
「で、ここは何て言う街道なんだ?」
「わかりません。本当に必要な買い出しとかはお爺様が全部やってくれていたので」
その割にミルディン老人は周辺の地図を残してくれなかったんだな。変なところで気が回らなくて、困る。
「でも、歩いて行けば何とかなるでしょう!」
「……楽天的なんだか、単純に能天気なんだか」
とはいえ、草が踏み荒らされた跡が残っている。人数は恐らく、四人位か? どうやら南の方へ向かったらしい。そっちへ歩いて行けば、人に会うことは出来るだろう。
「いよいよ、私も街デビューですね!」
「うーん、なんというか田舎から王都へ出てきたお上りさんというか」
まあ、間違っていないのだが。
今の白いローブだけだと、流石に悪いから街で服を買ってもらったほうがいいだろう。ニミュエは素材もいいし、着飾れば輝くはずだ。
やはり、俺もここら辺、男ということか?
「ところで、アーサーさん。少し、いいですか?」
「……ああ、わかってるよ」
さっきから腐臭と、それに追われるかのように沢山の動物たちが俺たちの方へと逃げてきているのだ。
「……少し、後ろを向いていてくれ」
「? わかりました」
ニミュエが後ろを向いたのを確認して俺は地を這うダニを一匹捕まえ、それを一飲みにする。……ひどい味だ。だが。
「成程な」
「何か、わかったんですか?」
「ここから十数分ほど行ったところに、あの阿保王子とその一行、もといお守り役と毛皮職人が気味の悪い怪物に襲われているらしい」
そう、これが魔物狩りの秘術、”経験値獲得”。生物を生きたまま喰らうことによって、そいつの魂や記憶を継承できる唯一の方法。肉体面を強化できるわけではないが、それでも何かと便利な業だ。
人から嫌われることを除けば。
「それで、どうするんですか?」
「勿論、殺りに行くさ」
当然、復讐については黙っておく。多分、反対されるだろうし、彼女を巻き込むのは面倒だ。
さて、問題はどう殺すかだが――
「なあ、魔人を引き付けておくことってできるか?」
ニミュエは可愛らしく首を傾げる。
「歌を使えば」
「OK じゃあ――」
――斯くして、前回の最後に繋がる。
「今更来て、何なんだよ!」
「……俺を追い出した、もとい殺したのはお前だ。それはそうと、いい格好だな? 王子様」
体中の皮膚ができもので覆われたレイアを見下ろす。王国の華と称えられた美貌もこれでは形無しだ。
笑いをこらえる。
「こういうのは専門家に任せて、お前はそこで失禁してる売女のお守りでもしとけばいいんだよ」
ジェニファーは泡を吹いて倒れている。こちらも、中々の光景だ。
「だが、お前じゃ」
「……どうか、魔物狩りよ。あいつを倒してくれ」
「おうよ」
老人もどうやら、俺の方が頼りになると気付いたらしい。
「じゃ、ニミュエ。そこの盾のお姉さんに守ってもらえ。間違っても、他の人とは口を利くなよ。馬鹿が移るから」
「はい? はい」
本当なら、それすら嫌だがグエンドレナさんなら信頼できる。
さて。
「問題はお前だよな、魔人」
「ニ……ン、ゲン。クラ……ウ」
倒れ伏していたはずの蠅の王は立ち上がり、こちらを向いてくる。
対して、俺は腰から聖句を刻んだ銀鉄の剣を二振り抜く。本来なら罠で嵌めて、弓矢なり石を投げつけて殺すのが楽だが仕方ない。
魔人が、牙を剥き出しにした蠅の大群を差し向けてくる。
「正々堂々戦わないとうるさい奴がいるからな」
俺は敢えて、避けずにそのまま突っ込む。
「馬鹿じゃないのか? それをやって、食い殺されればいい!」
一応、俺はあの阿保を助けているということになっているはずなのだが。
まあ、いい。
「だって、俺はそれに耐性を持っているのだから」
魔人の目(脳髄だが)が見開かれる。
蠅の大群をこともなげに、俺は突破する。害虫除けの護符のおかげだ。
まあ、実のところ喰われてないわけではないが、それでも気にするほどではないだろう。
「昔の魔術師様ほど俺は実力は高くない。――だから、切り刻まれて、俺の糧になってくれや!」
勢いのまま、首を叩き落とさんと剣を伸ばす。そして、魔人はそれを防がんと副脚で守ってくるが……。
「剣が二つある理由を考えろっての!」
左手の剣で副脚を叩き落とす。どろりと黒く濁った血が大地も、木々も、俺も染め上げていく。
魔人は悲鳴声を上げるが、関係ない。そのまま攻撃を続けていく。
「あんなにも強い魔人が……。流石は魔物狩りと言ったところですな!」
「ええ、このままアーサーさんが押し切っちゃうんじゃないですか?」
ニミュエたちの興奮した声が聞こえる。
だがしかし。
「いや、これはまずいですね」
グエンドレナの言う通りなのだ。相手の瘴気は問題ない。だが、戦いが長引くと――
「しま、った」
攻撃後の死に体に良いのを貰って、吹き飛ばされる。その後の追撃を何とか躱すが、しかし変なひねり方をしたせいで脇腹が痛い。
そう。
瘴気などの攻撃は護符で何とかなるが、魔物との間には覆しえない体力差がある。故に殴り合いに持ち込まれるとどうしようもないのだ。
「おい、どうしたんだよ! 大見得きっておいて、あの程度か?」
「ああ、うるせえ! おめえもガタガタ言っている暇あったら参戦しろよ!」
「はあ?」
「この、やろっ」
腹に蹴りを貰って吹き飛ばされる。
――これは、肋骨の二本も持っていかれたか。
そうでなくとも、目に血が沁みて、そしてあの銀の腕が血に染まっている。これはどうしようもないかもしれない。
いや。
――血と、魂を捧げろ。さすれば……
「あまり、使いたくなかったんだがな」
「何を言っているんですか! さっさと……」
遠くでニミュエの言葉が聞こえるが、問題はそこではない。
ミルディン老人から渡された義手。それには当然というべきか、秘密があった。腕が血に染まり、そして魂を捧げることでそれは発動する。
全く、俺に似合う汚れ仕事だ。
だが、今は使わなければどうしようもない。
魔人の生臭い吐息がかかるのを感じて、俺はその言葉を唱える。
――神々よ、今一度我に力を。
その瞬間、辺り一面はまばゆい光に包まれた。
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