探査機は逝く
@J2130
第1話
軌道上の観測機がそれを探知し、地上の担当者が人としては最初に認識した。
勿論正確な形状は不明だったが、それは明らかに自然発生した彗星や隕石とはまったく違ったものであった。
担当者は異星の生物やその製造物との最初のコンタクトに興奮したが、まずは上司へと連絡した。
しかし、自分でも信じることができず、実はマニュアルの三倍の確認作業を行ったが、それは報告しなかった。
しかし、彼の驚愕はすぐに違った意味で裏切られた。
その物体のほぼ正確な形状が確定してくると、彼は先ほどよりも興奮し、震え、電子メールのみならず、自ら上司のデスクへと向かった。
上司は、彼の姿を身近で見ると‥
「まさかな‥、悪い冗談はよせ。仕事だぞ‥」
と言い、彼も、
「冗談ならいいのですが‥、見なかったことにはできませんよね‥」
と眉間に皺を寄せながら言った。
「説明ができない‥」
「しかし、報告は報告です‥どうしよもありません‥」
すぐに世界はその事実に驚き混乱した。
「先ほどA国の宇宙開発事業団が発表しました地球に接近している物体ですが、最新の調査の結果、ほぼ百年前、A国より発射された惑星探査機と判明しました」。
メディア上では様々な憶測が行きかい、宇宙関係の解説者達が引っ張りだことなり、いつも同じ顔がテレビの画面を占拠し、雑誌の紙面を飾っていた。
そんな解説者達は、それこそ様々な事例、解説を視聴者、読者に展開していたが、もっとも単純な質問には、いつも、誰も、同じ回答をした。
「探査機が戻ってきた理由‥? それはわからない。
わからない、ということしかわからないですね‥」
捕獲しようと誰もが考えた。
何か異星人のメッセージがあるかも‥。
テレビでそんなことを言った若い女性アイドルは、専門の解説者にこんな一言で一蹴された。
「秒速十数キロで飛んでくるものをキャッチなんて、それこそ素人の‥」
あまり人気がないが、あくの強くないおだやかな司会者が
「専門的なことをそれこそ素人にわかりやすく説明するのが、解説者なのでは‥」
と言い、少しメディアで話題になった。
ある国では、ミサイルで破壊して残骸だけでも捕獲しようと計画したが、所有権はまだ発射国のものであり、また宇宙にゴミをばらまくのかと非難され計画は中止となった。
実はあれは帰ってきたものではなく、向かってきたもので、遠い宇宙には我々と同じ形態で進化した別の人類がおり、その別の人類により打ち上げられ、今、こちらの人類に到達したものだ、と推測した者もいた。調べれば、我々のカレンダーとは違うはずだと‥。
いや、あれは、宇宙空間にはひずみがあり、地球から遠ざかって行ったが、それにはまりいつしか方向を変え戻ってきたもので、きっと地球方向に電波を飛ばせと指示すれば、逆方向にアンテナを向けるだろうと言う者もいた。
とにかく、各国、各人勝手なことを考え、勝手なことを言っていた。
A国の宇宙開発事業団はもっと具体的なことを考えていた。より状況を深く理解していたので、ある意味それは当然の結果だった。
全世界生中継で記者会見が行われた。
「調査の結果、探査機は、不安定な姿勢‥、まあ、いわゆる回転しながら地球に接近していて、アンテナは数分間に数十秒しか地球に向かない状態であることが判明しました。ですが、試しに一世紀前のプロトコルにより通信を試みたところ、驚くべきことに、細切れですが探査機の状況をつかむことに我々は成功しました」
報道官はここで少し微笑んで見せた。
「探査機にはまだ幾分かのバッテリー、姿勢制御用エンジンには、ごくわずかな燃料残量があることがわかりました。また、太陽に近づいたことにより、太陽電池パネルによる蓄電がわずかですが、可能であることもわかりました」
みなさん理解しましたか‥?
そんな感じで記者を見回したあと、彼はこう続けた。
「探査機の姿勢制御用エンジンの燃料残量はほぼありません。簡単な姿勢制御に使えるぐらいです。なので軌道修正は残念ながら無理です。月や地球を使ったスイングバイ(惑星を使った加減速方法)の可能性はまったくありません」
会見会場と世界中に落胆の声が広がった。
「現在の軌道ですと、大気圏外を通ります。地球に落とす方法もありません」
溜息が聞こえた。
「ただ、姿勢をある程度整え、アンテナをより長時間地球に向けることは可能と考えています。それに姿勢が整えられれば、太陽電池パネルを太陽に向けられて、うまくいけば電源をより確保できるかもしれません‥」
すぐにその処置がとられた。探査機との細切れの通信によりそれが行われ、幾分姿勢が整い、電力も少しだけ確保され、まとまったデータを地球に取り込めるようになった。
調査の結果、カレンダーは正常で現在の日時、まあそれは打ち上げたA国の日時であるが、それを刻んでおり、地球の位置も正確に把握していた。
コンピューターに何か書き込まれていないか‥、他に何か手がかりはないか‥、それぞれの分野で、いろいろな調査が行われたが、A国政府はほとんど何も発表はしなかった。
探査機は地球に速い速度で近づき、幸か不幸か計算通りの軌道をとおり、地球のそばまできただけで、そのまま、また暗黒の宇宙へと再び向かっていった。
今度こそ、人の手の届かない世界に永遠に逝ってしまった。
なぜ戻ってきたのか‥それはまた謎となって人類の歴史刻まれることになった。
ただ地球上では、その探査機が一番近づいたとき、祈る者、拝む者が幾人もいた。不思議とどの国の誰もが神聖な感情をその探査機に向けていた。
はるか宇宙に放たれたはずの探査機‥。なぜか帰ってきた探査機‥。
誰もがそれに何かを感じたが、誰もがそれをはっきりとはつかめなかった‥、探査機も、その感情も‥。
*****
そのうわさは瞬く間にA国の宇宙開発事業団を飛び出し、全世界に広まっていった。
それを見たという人を知っている、それ自体を見た、それは今軍に保管されているなどなど、うわさがうわさを呼び、またも世界は各国、各人、勝手なことを言いだした。
元A国宇宙開発事業団の職員という人に、キャスターが質問をした。
「あの探査機からのデータに、なにか重要な資料があり、それをA国政府、軍が隠しているとのうわさがありますが‥、その点、いかがお考えでしょうか?」
元職員という人物は、いとも簡単に応えた。
「内部の者しか知らないことですよ‥。
僕になんか教えてくれません。
でもね、大抵そうゆうものって、取るに足らないデータです。
発表するまでもないので、発表されないだけですよ。
実は写真データを転送させたら、百年前の未転送のものが見つかって、それがテストのもので、職員のふざけたVサインをした姿を撮ったものだったとかね‥、そんなもんです」
うわさである、証拠はどこにもない。
世界は苛立ったが、A国政府は
「探査機からのデータは解析中です。今のところなぜ地球に戻ってきたか、なにがあったのかはまったく不明です。おそらく今後もわからないでしょう」
とのみ発表しただけだった。
探査機が過ぎ去っていってすでに数週間たった。世界はまた内戦や紛争、事故、事件がどこかで起き、誰かがどこかで泣き、誰かがどこかで笑い、探査機のうわさなど、皆がすっかりと忘れてしまっていた。
*****
休憩時間。
A国の宇宙開発事業団内の広大な庭で、二人の男が話していた。
「バベルの塔の話しってわかるよな‥」
青空を見上げながら映像関係の技術者が言った。もう年配と言っていい年頃だ。
「はい‥、旧約聖書に書かれている話しですよね。人が天に向けて作った塔の物語。その傲慢さに神が怒り、塔を壊し、人から共通の言葉を奪ったっていう‥」
もう一人の若い男が応えた。彼は警備を担当している。ふたりはなぜか気が合い、たまにこうやってラウンジや芝生に座り、話相手となっていた。
「そうだ、でさ‥俺は今回の探査機騒動って、それだと思うんだ‥」
若者は不思議そうに年配の技術者を見た。
「どうしてですか‥、探査機を飛ばしたことが神の怒りに触れたということですか‥? それを知らせるために、戻してきたってことですか‥?まさか‥」
「いや‥、ちょっと違うんだな‥」
少し白髪が混じった髪をなでながら、年配の男は言った。
「バベルの塔の話しって、俺はこんなふうに考えているんだ‥」
淡々と、なぜか若者の問には応えず、男はこう続けた。
「人は言葉を違えても、心を一つにできるすばらしいものだってな‥」
「はぁ‥?」
「実際、言葉が違ってたって人はわかりあえているじゃないか‥。結婚したり友達になったり‥。まあな、戦争もあるけれど、言葉が同じ国や国内でもそれはある」
若者は今朝のテレビで流された異国の内戦のニュースを思いだした。
年配の男は相変わらず空を見上げていた。白い雲がゆっくりと流れている。
「神はさ‥、お怒りじゃなくて、ただどんな状況でも心はひとつにできる、ひとつにしなくてはいけない、ひとつにすることが一番重要なんだ‥、それを教えたかったんじゃないかな‥、そのために言葉を違えるという試練を人類に下したと思うんだ。言葉より大切なもの、心を一つにすること、それを教えたかったと思うんだ‥」
首をひねる若者。
「じゃあなぜ塔を破壊したんですかね‥」
風が少し通り、二人の髪を揺らした。
「塔なんて‥、どうでもよかったと思うんだ‥。到底神の領域なんか誰もいつまでも届かない。それよりインパクトじゃないか‥、衝撃があったほうが人の心に響くし、今でもこうやって語り継がれているしな‥」
「インパクト‥? で‥、今回の探査機を戻したことがインパクトということですか‥?」
「ああ‥」
年配の男は風で少し乱れた髪をなでた。
「そうだとすると、前回の言葉を違えたこと、試練‥に類するものってなんですか‥」
またも若者の問にはすぐに応えず、彼は周りをゆっくりと眺めたあと、若者の方を向き、小声で、でも表情は変えず、まるで世間話するみたいに言った。
「写真が2枚‥、地上に保管しているものより多く探査機には保存されていた‥」
若者は唾を飲み込んだ。
「やっぱり‥、うわさは本当だったんですね」
年配の男は、大きく息を吐いた。
「転送させたんですか‥?、地上に‥」
男は小さく、視線をあえて若者から外しながらうなずいた。
若者は小声で訊いた。
「何が映っていたんですか‥、まさか‥、神のお姿ですか‥?」
技術者は空を指差した。
そんなに小さな声でもなく、こんなことを言った。
「星空、宇宙の写真さ‥、2枚ともな‥。で‥、方向はほぼいっしょ、時間は六か月ほど間隔を置いてあった‥」
ほっとしたような溜息が若者から漏れた。そうだ、神が映っていたらそれこそ‥。
「そうですか‥、よかったような‥残念なような‥」
「いわゆるシャッター、まあスイッチなんて自然には押せない、でも、2枚映っていた‥」
「偶然じゃないんですか‥? 以前そう命じた指示が遅れて届いたとか、機械の故障とか‥」
「まあな‥、推測しかできない‥」
「で‥、写真からなにかわかったのですか‥。その、バベルの塔の言葉を違えたような試練が‥」
今度は大きく2度ほど男はうなずいた。そして、両手でコップくらいの輪をつくり、それをバスケットボールぐらいの大きさに開いて見せた。
「こうやって画像を拡大するんだ‥、確認できるぐらいまで‥。隅から隅まで‥」
今度は若者が頷いた。そうだろう、解析とはそうゆうものだろう。
「そこで、誰とは言わないが見つけたんだ‥」
「なんですか‥?」
若者はきっとこの年配の技術者本人がそれを見つけたのであろうと思ったが、それは訊かなかった。
「まだ小さいが、2枚の写真の中を高速で動いている石をね‥」
「はぁ‥、まあ、彗星ですかね‥」
「そうだ‥」
「それが何か‥」
「2枚あるので軌道は計算できる‥。スピードもな‥」
若者は黙って聞いていた。少し青ざめたようだ。
「軌道計算の技術者に回したよ‥いや、そうしたようだ…」
技術者は笑いかけた‥。
「大丈夫さ‥、探査機よりかなり遅いんだ‥。大きさも地球が滅亡するほどではない‥」
若者の不安な表情は変わらない。
「七十年後だそうだ‥、確実にそれは地球をかすめるか、当たるらしい‥」
「七十年‥」
男は軽く相手の肩を叩いた。
「なあ、偶然、彗星が映るように、軌道が計算できるように、不安定な姿勢の探査機がほぼ同じ方角を向いたときにカメラのシャッターが押されたなんて考えるか‥、それとも、誰かがそう仕組んだか‥。まあ、それはあとで考えるとして‥」
「俺達人類は心を一つにして、言葉やそれ以外のなにもかもを違える者達と心を一つにして、協力しあう時期にきたとは思はないか‥?」
「できるのでしょうか‥?」
「乗り越えられる試練しか、神は我らに与えない‥。言葉を違えたって人類は少しはわかりあえるくらいまで成長したじゃないか‥。俺は楽しみなんだ、まあそんなに長くは生きられないが、これからの人類の行く末がな‥」
技術者は空を見上げながら満面の笑みを見せた。
「おそらく歴史上初めて人類は本当に一つになる‥新たな試練に向けて、克服に向けて‥。そんな姿、いいよな‥俺は見たいよ‥」。
了
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