#3 ありったけの笑顔を結んで

「……ん?」


 BGMが流れ出して、披露宴会場への扉が開いたところで……俺は首を傾げた。


 なんかリハーサルのときと、段取りが違わない?



 結花ゆうかが「ゆうくん似合う! 格好いい、最高っ!!」なんてはしゃいだから、リクエストに応えて選んだ、白のタキシード。


 確かお色直しが終わったら、先にお色直しに行っていた結花と合流して。二人で一緒に再入場……だったと思うんだけど。


 なんかすっきりしないけど、取りあえず場の流れに従うしかないか。



 ということで、俺は会場に入って、高砂席の方へ向かって――。



 そのときだった。

 BGMが止まって、照明が一斉に消えたのは。



 え……何これ? 事故? それとも事件?


 そんなことを考えていたら、司会の女性が大きな声で言った。



「皆さま、驚かせてしまい申し訳ございません。これは、新婦・結花さんによる……新郎・遊一ゆういちさんも知らないサプライズ演出になります! それでは改めまして――装い新たな新婦・結花さんのご入場です!! 皆さま、大きな拍手でお迎えください!!」



 …………はい? サプライズ演出?

 どういうことなんだよ、結花?



 半ばパニックみたいになっている俺をよそに。

 会場の入り口のところが――スポットライトによって照らし出される。


 その光を追って、俺は入り口の方へ身体を向け直した。



 すると、会場の扉が開かれて――。



「――佐方さかたくん。何を呆けているの? 私と結婚するって、誓ったんでしょう?」



 そこに立っていたのは、お色直しを終えた結花だった。


 ゆうなちゃんのイメージカラーである、ピンク色のドレスを纏って。

 眼鏡を掛けて。髪型をポニーテールにして。


 …………うん。そうだ。


 これはまさに、学校結花。


 高校の教室でいつも見ていた、あの頃の結花の――ウェディングバージョンだ。



「どうしてじろじろ見ているの? 獣のような視線を感じるのだけど」

「そりゃ見るよ! 新郎が新婦をガン無視したら、その方が怖いでしょ!?」

「……はて?」



 いや、そんな小首を傾げられても。

 俺の方こそ、首が折れるまで傾げたいくらいだよ。本当に。



「――ふっふっふ。これで終わりと思わないでよね? 遊くんっ!」



 頭の中がぐっちゃぐちゃになってる俺に向けて……学校結花は不敵に笑うと。

 再び会場が、暗転した。


 そして数秒の間を置いて、再度スポットライトで照らし出された結花は――。



「もぉ! ゆうなと結婚するからには、一生幸せにするって約束しないと……ぜーったいに、許さないんだからねっ!!」



 瞬間、俺は吐血した。


 やめてくれよ……サプライズゆうなちゃんボイスは、俺に効く……。



 そう、今度の結花は――和泉いずみゆうな、ウェディングバージョンだった。



 眼鏡を外した代わりに、ツインテールに縛った茶髪のウィッグをかぶって。

 きゅるんっと、猫みたいに口元を丸めて。


 素の結花とは、また違った魅力を放ちながら――和泉ゆうなは、無邪気に笑った。



「どう? びっくりしてくれたかな? 『恋する死神』さんっ!」


「えっと……あんまり『死神』って言わない方がよくない? 結婚式だし、これ」


「じゃあ、『恋する生き神』さん?」


「ださっ!? 勝手に名前を変えないでよ! 普通に、佐方遊一の方で呼んで!!」



 ――そんな普段どおりの、俺と結花の掛け合いに。

 会場からは笑いが巻き起こり、拍手やら声援やらが飛んでくる。


 その光景はなんだか……とても温かくて。

 改めて、俺たち二人が幸せなんだなってことを、実感する。



 そして、再びの暗転を挟んで――。


 最後に現れたのは、ピンクのドレスを身に纏った素の結花だった。



 その咲き誇る花のような笑顔は、いつも以上に煌めいていて。

 本当に……綺麗だった。



「…………遊くん。この先どんなことがあったとしても、私は絶対、あなたのそばにいます。何十年先も、幸せな二人でいれたらいいなって、そう思ってますっ。だから、どんな私のことも……いっぱい愛してくれたら、嬉しいですっ!」



 スポットライトを浴びながら、結花は笑って、そう言った。


 そんな、可愛いしかない妻の姿に。


 なんだか自然と――笑ってしまう。



「…………当たり前だって。どんな結花のことだって愛してるし、何があったって、結花のそばを離れないって約束する。だから、結花――一緒に幸せになろうね」



 そして俺は、結花のところまで駆け寄って。


 キラキラ輝く、眩しいスポットライトの中で。


 結花を抱き寄せて――キスを交わした。



 そんな俺たちを見守る披露宴会場からは、割れんばかりの拍手の音が聞こえてきて。


 みんなも笑顔でいてくれてるんだろうなって……そう思ったんだ。



          ◆



 披露宴も、いよいよ終盤に差し掛かったところで。

 司会の人に促されて、俺たちは会場から庭園の方へと移動する。


 その道中……ドレス姿の那由なゆが、なんでもないことみたいに言った。



「あ。兄さん、郷崎ごうさき先生から伝言預かってたの、忘れてたわ。『二人とも一生懸命、幸せになれよ!!』だってさ。ウケるよね」


「ん? あー、そういえば那由、去年も今年も郷崎先生が担任なんだっけ? 昔と何も変わってなさそうで、いっそ安心するよ。郷崎先生は」


「や、そーでもないよ? 七月には産休に入るし」


「え、いつの間に結婚したの郷崎先生!? ……って、あれ? 那由、どこ行った?」



 めちゃくちゃ気になるところで話を打ち切りやがって、あいつは。


 とかなんとか、考えてるうちに。

 いよいよ――花嫁によるブーケトスの時間になった。



「はーい! それじゃあ、いきますよー?」



 結花は俺たちに背を向けると、赤いゼラニウムのブーケを、ギュッと抱き寄せた。

 結花のすぐ後ろあたりにいるのは、未婚の女性陣。



「えーいっ!!」



 掛け声とともに、結花はブーケを、天高く放り投げた。


 陽の光を浴びながら宙を舞う、ゼラニウムのブーケ。


 そしてブーケは、ゆっくりと落下して――。



「へっ!? あっ! えっと……取っちゃった」



 見事、それをキャッチしたのは――鉢川はちかわさんだった。



「いーじゃん、くるみん。やっぱブーケも、一番必要な人のとこを選んだんでしょ」


「おめでとう、鉢川。『60Pプロダクション』は、福利厚生もしっかりしているからな。結婚しても安心して働けるぞ?」


麗香れいか……結婚式でそんな話、しなくてもいいでしょうに」



 関矢せきやさんに六条ろくじょう社長、母さんと……『60Pプロダクション』の関係者が、わいわいと盛り上がってる。



久留実くるみさんの花嫁姿も、めっちゃ見たい! 趣向を変えて、ウェディング着ぐるみとか、どーです? うち、結婚式に合いそうな怪獣とか、ピックアップしますよ!!」


「結婚式で着ぐるみを着たいのなんて、桃乃もものさんぐらいですって……ここは僕に任せてください。久留実さんが絶世の美女に変身できるよう、コーディネートしますから」


「結婚式とコスプレ会場を、一緒にしちゃ駄目よ。あ、でも……さっきの結花さんも、コスプレといえばコスプレだったか」


野々花ののはな来夢らいむの言うとおりだし。ま、でも……いいんじゃね? みんな楽しけりゃ、なんでも」


「……って! わたしの未来の結婚話で、勝手に盛り上がらないでよ!!」



 二原にはらさんと勇海いさみが、ぶっ飛んだ提案をして。

 それに来夢らいむ那由なゆが、和やかにツッコんで。

 恥ずかしくなった鉢川さんが、大きな声を上げている。


 そんな、みんなの姿を眺めていたら――マサの奴がバシンッと、思いきり背中を叩いてきやがった。



「おい、遊一ゆういち! ブーケをゲットした鉢川さんを中心に、記念写真を撮るってよ!! 主役のお前が、ボーッとしてんなっての!」



 そして、俺と結花は――カメラの正面に立った。



 結花の反対側には、ブーケを持った鉢川さん。


 それに続くように、那由と勇海、二原さんとマサ、来夢や関矢さんも……俺たちの周りへと集まってきた。



 母さんと六条社長は、恥ずかしいからってことで、写真には入らないらしい。だけど近くで楽しそうに、俺たちのことを見守っている。


 もちろん親父も、お義父とうさんもお義母かあさんも――穏やかな表情で、俺たちのことを眺めている。



「……ねぇ。結花さんの掛け声があった方が、みんな笑いやすいんじゃない?」


「ふぇ!? 来夢さんってば、結婚式中に無茶振りするの、やめてくださいよぉ!」


「ああ、でも……来夢の言うとおりかもな。結花の声を聞いたら、俺もみんなも――一番の笑顔が、浮かべられそうな気がする」


「……ふへへっ。それじゃあやりまーす!!」


「単純ね」



 そんな感じで、やる気満々になった結花は。



「それでは皆さんっ! 『いっせーのーでー』の後に、私が掛け声を出します! 続けて皆さんも、おんなじ掛け声を口に出してくださいねー!!」



 周りに集まったみんなに、楽しそうに説明すると。


 スタッフの人が、カメラを構えるのに合わせて――元気いっぱいな声を、上げたんだ。



「みんなぁ! 一緒に笑おーねっ!! いっせーのーでー……だーいすきっ!!」





 ――――結花が結んだ、このたくさんの笑顔が。


 これからも、ずっとずっと――咲き続けていきますように。





~【朗報】俺の許嫁になった地味子、家では可愛いしかない。~

             FIN.

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【朗報】俺の許嫁になった地味子、家では可愛いしかない。 氷高悠 @hidakayuu

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