格助詞2020〜短文作成〜
真花
格助詞2020〜短文作成〜
家庭教師先のヒロシくんがいつもは英語なのに今日は国語を見て欲しいと言う。仮にも女子大生の私からしたら中学一年生の国語なら問題なく答えられるだろうから、二つ返事でオーケーした。
「今日僕は、助詞を極めたい」
蘭々とした瞳、漢字もかなり書けるし、この子は英語よりも日本語の方が向いているんだろうな。いや、日本人なら大抵がそうか。
「助詞って言ってもかなり数があるけど、何か戦略はあるの?」
「格助詞を極めたい」
「大分狭まったけど、最初からそう言おうか」
「格助詞の覚え方ってあるの?」
「あるよ。まず、格助詞って『が、の、を、に、へ、と、から、より、で』でしょ?」
「うん。ここに書いてある」
「それを並び替えるとこうなるの。『
「おお、覚えやすい。腐女子はデートしても上手くいかないから家で似顔絵描いてろってことだね」
「腐女子だって素敵なデートするわ! そもそも描く女子と腐女子は違う! 全然違う! お前私が描く女子って知ってて言ってるだろ!?」
「先生の作品は二つ見たよ」
「どっちの意味の先生!? ……どれを見たの?」
「『渋谷のスクランブル交差点で全員がダブルラリアットをする』」
「自信作ね」
「どうしてあんな地獄絵図を思い付くの?」
「インスピレーションの仕組みは私にも分からない」
「あれが降って来て、描くって、神様とんでもないよ!」
「酷いのが降って来たら弾いてるよ」
「ダブルラリアットで!?」
「パーンってね。もう一作は?」
「『黄身』」
「まあまあの作品よ」
「てんとう虫が止まってた」
「それがいいのよ」
「僕としてはこっちの作品の方が好き。でも先生はどっちの気持ちで描いたの? 黄身? てんとう虫?」
「それを見てる人間だよ!」
ヒロシくんが、は、とした顔で私を見る。その視線を声で押し返す。
「人間だよ!」
「じゃあ、僕がてんとう虫で、ここに広がっている格助詞は黄身なんだ」
「勉強の主役って意味ではそれでいいけど、私が人間なの確認したでしょ!?」
「そっと、した」
「がっつり見てたわ」
「僕のそっとは、それくらいなんだ」
「大袈裟に驚いたら首が一回転するんじゃないの!?」
「人間の範囲の動きしかしないよ」
「そりゃそうだけどね!」
どちらからともなく視線が格助詞一覧に向く。さて、始めようか。
「助詞とかの言葉を勉強するコツは、例文を作ってみることなんだけど、格助詞の場合は文の他のところを変えずに助詞だけを変えて、意味の変化を見るのがいいの。簡単だから、二人で一つずつ単語か短文を言って、それを順番に助詞で繋いでみよう」
「分かった」
「じゃあヒロシくんが先の言葉で」
「考えた」
「よし、何?」
「『人生の最後』」
「何で!? これから未来に向かうから勉強してるんじゃないの!?」
「ドラマチックなのがいいと思って。先生は?」
「……『逆上がり』」
「平和な日常だね」
「別にいいじゃない」
「平凡な日常だね」
「そうかも知れないけどね」
「平穏な日常だね」
「しつこいよ! ……やってみよう。まずは『の』」
「『人生の最後の逆上がり』、もうすぐ死ぬんだろうね。きっとヨボヨボのおじいちゃん。それは僕かも知れない。余命宣告されて、もうこれからは寝たきりになる。だから……最後に逆上がりをする。そう、僕の人生は逆上がりの連続だった。連続逆上がりじゃないよ。何万回もして来た、あの時も、この時も、僕の人生には逆上がりが常にあった。もう最後になる。でも、それでも、僕は、逆上がりをする!」
「走馬灯走り過ぎ! F1ですか!? フォーミュラー走馬灯ですか!?」
「それくらい歴史を感じる『の』、僕かも知れない」
「そんなに逆上がりする?」
「僕の逆上がり成功確率は、宝くじより低い」
「ゼロでしょ! それ」
「だからこそこれから、人生逆上がりするかも知れない」
「人生逆上がったらどうなるのよ!? 中学卒業して小学校に入るとか?」
「平安な日常が」
「こころの中だけで逆上がっておきなさい。次行くよ。『が』」
「『人生の最後が逆上がり』、何か残念感がある。これまでやって来たのに、最後の最後で、これかよ」
「確かに、これじゃないのがよかったニュアンスだね」
「僕はずっと前回りだったんだ。そう、僕の人生は前回りの連続だった。連続前回りじゃないよ。何万回もして来た。あの時も、この時も、僕の人生には前回りが常にあった。なのに、最後は逆上がり!?」
「走馬灯二周目はぶつかって終わってしまった」
「歴史を裏切る『が』、すごい破壊力だ。人生の最後なのに、こんなメンタルじゃ、出来ない」
「最初から逆上がり出来ないでしょ!」
「それでもやるの?」
「チャレンジは必須」
「……やっぱり、出来なかった。前回りで締めていい?」
「人生を飲み会みたいに言うな! そして前回りならいいの!?」
「いつもの、って大事」
「焼酎のC Mか!? 次。『で』」
「『人生の最後で逆上がり』、えー、これかぁ、って溜息が出る感じ。『が』よりもずっと弱くて、だからなのかそれと同時に、しょうがないか、って気持ちがある。そう、僕には諦めの向こう側の安寧たるこころが、あるのだ」
「天使に半分連れて行かれたみたいな顔」
「それって右半身? 左半身?」
「そんな横からシュレッダーするみたいな連れて行き方しないわ! 上半身? 下半身? それも奇妙ね。前半身で」
「それも奇妙だよ!」
「じゃあ、後ろ?」
「それってうつ伏せ確定でしょ? 床に顔付けて、体の後ろ吸い上げられて、どんな安寧がそこにあるんだよ!?」
「本当に『で』は安寧なの? もう一つの読み方があるわよ」
「……! 本当だ。逆上がりが比喩だ」
「いい着眼点」
「人生色々やって来たけど、最後に一花咲かせるぜ! 花咲爺さんって、こう言う話なのかな」
「枯れ木に花を?」
「咲かせましょう、がさ、比喩で、おばあちゃんは怒るかも知れないけど、若いお姉ちゃんと遊んでやろうって」
「それじゃあ隣の爺さんと二人で、ダブル悪い爺さんの話じゃないの!」
「ダブル婆さんにやっつけられる結末になりそう。そう言う、一花を人生最後になりましたが、僕はやってやる! やってやるぜ! そう言う意気込みの言葉に大変身。僕の人生の最後だから、やっぱり、花咲爺さんに参加しようかな」
「トリプル悪い爺さんだとしても、ダブルラリアットで成敗するからね! 次。『に』」
「『人生の最後に逆上がり』、これはもう、花咲ワード。もちろん、普通に逆上がりをすることも出来るけど、僕はもう知ってしまった。でもやっぱり、若い女の子がいいってのがよく分からない」
「そりゃ、中学生だもんね。若いって小学生以下だし」
「先生も花咲爺さんから見たら若い女の子でしょ?」
「疑問を挟むな」
「リアルな感情はジジイになってみないと分からない。それでも僕は想像する。ジジイの僕が一花咲かせるのはゲームでランキングを上位にすることだ」
「そのモチベーションを維持出来る爺さんは希少価値がシーラカンス超えだよ」
「だって未来過ぎて分からない」
「ヒロシくんが『人生の最後』にしたんでしょ!?」
「じゃあ、若くして最後になるイメージで」
「何で!? それはそれで悲し過ぎる。今日はそう言うのダメ!」
「でも、『で』と『に』って被っている感じがする」
「そう言う感覚が大事なんだよ。次。『へ』」
「『人生の最後へ逆上がり』、逆上がりをしたら人生の最後に到達してしまった。いやいやいやいや、その逆上がり危険過ぎるでしょ。上がった先にギロチンでも待ってるの? どう置くの? 僕怖くて逆上がり出来ないよ、もう」
「元々出来ないでしょ」
「怖過ぎる。何て恐ろしい遊びなんだ。これまでどれだけの若い命を吸い取って来たのだ、鉄棒よ」
「吸ってないから」
「立札が必要だ。『この鉄棒を逆上がる者、一切の希望を捨てよ』」
「公園に地獄の門を置かないでくれ。そしてそんな鉄棒逆上がらないわ!」
「しかも今回は年齢がジジイじゃない。今の僕だ。ああ、ロダンは逆上がり出来たのかな。ねえ、先生」
「知らないよ! あんだけ筋肉好きなら出来たかも知れないけど、鉄棒がなかったんじゃないの?」
「だからあんな『地獄の門』を作ったんだ」
「あれが鉄棒に見える!? 次『から』」
「『人生の最後から逆上がり』、これは真逆だ。人生の最後から逆転優勝する。と言うより、人生の最後を突破して、第二の人生が始まる。……第二の人生って、暇を持て余しているイメージなんだけど、そうなの?」
「私まだ第一の人生の真っ最中だから」
「あ、でももう一つ意味がある。人生の最後から、逆上がり始めました」
「冷やし中華?」
「でももう最後じゃん。そっから始めてどうするの?」
「私が訊きたい」
「ポジティブではあると思う。でもこれまでやって来なかったこと、いきなり出来るかな」
「それでも挑戦するってことかな?」
「この話は挑戦の無意味なときもあることを表現しているのか、無意味な挑戦などないことを表しているのか」
「ヒロシくんはどっちに取りたい?」
「逆上がりが出来なくても人生は素敵に過ごせると、言って欲しい」
「挑戦自体を否定しちゃった!? 次、『より』」
「『人生の最後より逆上がり』、これはさっきと同じ意味と、もう一つ、人生の最後よりも価値のある逆上がり、って意味がある。そんな訳ない! 人生の最後よりも重要な逆上がりなんて、どんだけ人生逆上がって来たんだよ!? 何万回もやって来た方の人生か? 愛する人に囲まれた病床からひとり公園に向かい、逆上がりをする男?」
「流石にそのときには鉄棒の周りを愛する人が囲んでくれると思うよ?」
「どんな状況? 親族一同公園に集結して、『おじいちゃんがんばれ』って涙ながらに応援している中で、おじいちゃんが、しゅる、って逆上がりするの?」
「調子よければ、もう一回するかも」
「それで、調子に乗ってさらにもう一回? でも、四回目からはもう応援してくれないんじゃないの?」
「ひとり、またひとり去ってゆく家族」
「取り残されたおじいちゃんは逆上がりを続け、夕暮れに没してゆく。逆上がりおじいちゃん、完」
「終わっちゃったよ!? おじいちゃん人生の最後突破してるじゃない」
「うん。だから、もう一つの意味の『より』に繋がっちゃった」
「きれいだけどね。次。『を』」
「『人生の最後を逆上がり』、こうすると、突破じゃなくてそこで回っている感じがする。逆上がりおじいちゃん、続・逆上がりおじいちゃん、続々・逆上がりおじいちゃん。親族はもうかまってくれないけど、あの公園に行けばいつだっておじいちゃんは逆上がりをしている。だって、逆上がりをやめたら、人生の最後になっちゃうから」
「体操選手由来の呪い?」
「と言うより、むしろ、最後を逆上がりで締め括る、の方が合っているのかな。何回も回るんじゃなくて、一回回っておしまい。満足した表情で、人生が終わる」
「結局畳の上では死ねなかったね」
「でも一回だから家族は見守ってくれているよ」
「その周辺で通行人がざわざわしているよ」
「どうか警察は呼ばないで下さい。安らかに逝かせてやってください」
「手短にすれば多分大丈夫」
「最後が手短って」
「鉄棒まで来てる時点で大仰だから」
「逆上がりおじいちゃん、今度こそ、完」
「次、ラスト『と』」
「『人生の最後と逆上がり』、この僕は逆上がりに想いはあっても、この重要局面に逆上がりから離れている。よくて回想。距離のある二つ。……だけど、逆にも取れる。距離のある二つを、合わせたもの。梅キュウ巻みたいな、別々の二つを、一つにする。まさか、僕の人生の最後に、先生は逆上がりをねじ込もうとしているのか!?」
「『人生の最後』って決めたのヒロシくんでしょ!?」
「二つで一つ。距離があるようで一番近いかも知れない。そう、そこには一緒にすることの意志がある。全ての逆上がりおじいちゃん達と同じように、逆上がりへの意志がある」
「逆上がりおじいちゃんって大量にいるの!?」
「渋谷のスクランブル交差点に鉄棒を建てよう」
「何で!?」
「たくさんたくさん建てよう。そして、逆上がりおじいちゃんの全員を集めて、みんなで一斉に逆上がりするんだ。僕も、一緒に」
「しゅる、って、回ってる中で、ヒロシくんだけ、おっと、って回らないなんて」
「やっぱり僕はいいや、そしたら、綺麗に縦回転が一面に。……着地した後にはダブルラリアットして貰おう」
「縦横の回転のコラボ!? 絶対絵に描くわ。……これで格助詞は全部よ」
彼がどれくらい格助詞をマスターしたかは分からないけど、満足そうな顔をしていた。
帰り道、逆上がりおじいちゃんが本当に居るような気がして近所の公園を覗いたら、小学生くらいの女の子が一人で逆上がりの練習をしていた。見回してもおじいちゃんはいなくて、人だかりもないから、そりゃそうだよね、女の子の練習をしばらく見ていたら、友達が来て連れ立って行ってしまった。空っぽになった鉄棒。私は、そこに吸い寄せられて、荷物を柱のところに置き、逆上がりをする。十年ぶりくらいに、しゅる、と回った。突っ張った腕と鉄棒の分だけ高い位置から見える景色、人生の最後に逆上がりをするおじいちゃんの気持ちが分かった気がした。
(了)
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