結果発表は後日に近所の公園で行われることとなった。


「ここも懐かしいねー。昔はよくあの大きな滑り台を下から駆け上がったりしたっけ」

「そうそう、沙織ちゃんはいつもすいすい登っていくけど、僕はぎりぎり手が届くくらいだったよね」


 二人で幼少期の遊びを思い出す。あの頃と比べたら僕も沙織ちゃんも少しは大人になったと言ってもいいだろう。


「ナオくん、私に内緒でこっそり特訓してたでしょ」

「な、なんでそれを……」


 近所に家がある沙織ちゃんに気付かれないようにわざわざ少し離れた場所で走っていたのだが、全く意味がなかったようだ。


「まあ少し特訓したくらいで私に勝てるとは思えないけどね。それじゃ結果を見せてあげる」


 そう言って沙織ちゃんが手にした紙に記録されたタイムは僕の予想を上回るものだった。


「5kmを20分30秒で完走。記録は13位」


 沙織ちゃんは自慢げにその用紙をこちらへ見せつけてくる。


「どうよ、文化部だからって運動できるんだから」

「さすがだね、全然衰えてない」


 素直に沙織ちゃんを褒める。普段運動してないのにどこにこんな力があるのか不思議で仕方がない。


「女子では陸上部の次に速かったんだよ。それで、肝心のナオくんはどうだったの?」


 記録カードをポケットから取り出す。


「これが特訓の成果だよ」


 言葉とは裏腹に、少し暗めの声で沙織ちゃんに結果を伝える。


「5kmを21分30秒で完走」


「おー、頑張ったね!でも、それなら私の勝ちだね~」


 勝利を確信した沙織ちゃんが何をしてもらおうかなと勝者の権利を考え始めている。


 僕はそんな沙織ちゃんに向かってその先の結果を伝えた。


「記録は10位。僕の勝ちだよ」


 勝利を確信したばかりの沙織ちゃんの顔が次第に困り顔になっていく。


「えー!なんでなんで!私の方が速いじゃない!」


 納得していない表情で抗議をしてきた。やはり気が付いていなかったようだ。


「ゴールした時の順位が良かった方が勝ちって言ったよね?僕は中学のマラソン大会の順位で10位。沙織ちゃんはの順位で13位でしょ?」


 あの時、沙織ちゃんから勝負を挑まれたときにタイムではなく順位で勝負しようとしたのはこれを狙っていたからだ。


 まず初めに、中学生より高校生の方が足が速いのは当然である。特に中学2年生の僕と比べて2の沙織ちゃんはその中でもずば抜けて速い。まともに勝負をしても勝てるとは思えなかった。


 そして、それはタイムの話だと不利になるのだが、順位だとそうはいかない。いくら足の速い沙織ちゃんだからといって、それが高校生の中で比較することを考えると中学生の僕に少しアドバンテージがあるかもしれないと思ったからである。


 2つ目は沙織ちゃんが通っている高校の陸上部のレベルの高さだ。高校入学当初から沙織ちゃんを狙っていた陸上部は県内でもレベルが高いことで有名である。いくら沙織ちゃんが速くてもそれより速い陸上部が上位を占めてくれたら少しは勝てる可能性があると考えた。


 そして3つ目、これは言ったら沙織ちゃんに怒られるのが目に見えているので伝えないが、沙織ちゃんは手先の器用さと運動は得意でもこのようなずる賢さに対する頭の回転がそんなに速くないのを僕は昔から知っていた。これは別に沙織ちゃんが頭が悪いとかそういう話ではない。彼女は昔から純粋だったのだから。


「ずるいよーナオくん、お姉さんを騙したらいけないんだよ」

「別に騙したわけじゃ……それに、結構ぎりぎりだったからね」


 勝てる可能性があることは分かっていたが、それはあくまで可能性の話。僕自身の順位が上位でありながら、沙織ちゃんに勝たなければならないという非常に厳しい勝負だった。


 だからこその秘密の特訓である。まあ、それも沙織ちゃんにはバレバレだったみたいだけど。


「でも、ナオくんもあれだけ頑張ってたからね。私の完敗だ」


 本当は沙織ちゃんより速いタイムを出せるのが理想である。でも、今はまだそれはできそうになかった。だからこその賭け。


「それで、ナオくんはそこまで頑張って私に何をさせようというのかな?」

「えーと、その……」


 そう、全てはこのために頑張ったのだ。震える唇で前から言おうとして迷っていたことを伝える。


「今度、その、よかったら一緒に映画でも見に行かない?」

「え?」


 きょとんとした目で沙織ちゃんがこちらを見つめる。思っていたことと違っていたらしい。


「映画、それだけでいいの?別にそれだったら命令なんかじゃなくて普通に言ってくれたら……」


 そこまで口にしたところで沙織ちゃんが何かに気付いた。それもそのはず、僕の表情は茹でたタコのように真っ赤になっていたからである。


「ははーん、そういうことね~」

「な、なにがそういうことだよ」


 必死になって反論するが、その表情からはまるで説得力がなかった。


「せっかくの命令なんだから、僕と付き合え!とか言ってもいいんだよ」


 にやにやした顔で僕をからかう。これじゃどっちが勝負に勝ったか分かったもんじゃない。


「だって、そんなので告白したくないし」

「それ、もうほとんど言ってるようなもんじゃない」


 墓穴を掘るとはこのことである。


「うん、じゃあ来週の日曜日で」

「え、いいの?」


 割とすんなりOKがもらえて困惑した。まあ、断られても悲しいだけなのでめちゃくちゃ嬉しいんだけど。


「お姉さんをちゃんとエスコートできるか、楽しみにしてるんだからね」


 そう言って悪戯にほほ笑む沙織ちゃんを見て、やっぱり僕はこの表情が好きなんだと実感するのであった。









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二人の距離はそのままで 四条藍 @shallotte

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