マラソン大会本番まで確かまだ一月近くあったはずだ。悔しいが今のままだと沙織ちゃんに勝てる可能性は限りなく低いだろう。そのためにはやはり走り込みの特訓が不可欠だろう。


 そう考えた僕はあの日以降、夕方にランニングをすることにした。もちろん、沙織ちゃんには内緒である。もともと運動神経は悪くなかったので慣れてくると本番と同じ5kmを走りきるのはそこまで苦ではなかった。


 問題はそのタイムである。この前は油断していたとはいえ沙織ちゃんはめちゃくちゃ速い。そのスピードは入学時に強豪と言われている陸上部からオファーが来たほどだ。まあ、沙織ちゃんは興味なさそうに断って手芸部に入ったんだけども。


 スタミナに問題がなくなったのであとはスピードを上げるだけだった。しかし、これが意外と難しい。陸上部の友達にアドバイスを聞いたり、動画サイトで速く走る方法を見たりしたが、なかなか上達するのは困難であると思われた。


 1か月でそんなに速くなるのは難しいよと友達に言われたのを思い出す。そんなことは分かっている。だけども、僕にはどうしても沙織ちゃんに勝ちたい理由がある。それだけをモチベーションに本番まで特訓に明け暮れるのであった。



 そして、いよいよマラソン大会。長距離を走ることに考慮しているのか、全国的にマラソン大会は秋や冬に行われることが多いと聞く。それは悪くないのだが、走る前の準備体操をしている段階では半袖半ズボンのこの格好では少し寒かった。


「特訓の成果は出せそうか?」

「ああ、今日こそは自分の限界を超えてみせるよ」


 アドバイスをくれた友達に感謝しながら柔軟などの準備体操を終えた。そして、今日までやってきた努力を思い出す。少ない期間であったが、自分なりにやれることは全てやり尽くしたはずだ。あとはもう自分自身を信じるしかない。


 スタートの合図と同時に飛び出す。秋風が僕に味方してくれているのか、この日は追い風が吹いていた。行ける、コンディションは最高のはずだ。


直樹なおき、飛ばしすぎには注意だぞ。途中でスタミナが切れたら元も子もないんだからな」


 友達の忠告に軽くうなずきながらさらにスピードを上げる。初めこそは快調だったが、4kmを過ぎたあたりで腹部に痛みを感じ出した。ランニング中にお腹が痛くなる原因は走ることで肝臓が揺れることが原因であると動画で見たことがある。でも、それは我慢できないくらいのレベルではなかった。


「あと少し、あと少しだけ……」


 微かに口からこぼれる言葉で自分を奮い立たせる。ゴールはもう目の前だ。このまま行けば自己ベストが出せるという自信が今の僕にはあった。


「はい、お疲れ様。直樹、すごいじゃないか。学年でも上位の記録だぞ」

「あ、ありがとうございます」


 担任の先生のねぎらいの言葉に息も絶え絶えに返事をする。やった、僕はやりきったんだ。


 順位とタイムが記入されたカードを記録係から受け取る。疲れ切った僕は飲み物を求めて鞄から水筒を取り出した。


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