二人の距離はそのままで
四条藍
①
「あ、もしもーし、ナオくん、繋がってる?」
「うん、沙織ちゃん。ちゃんと見えてるよ」
面倒な宿題をちょうど片づけ終わったタイミングで
もっとも、それは僕が幼稚園や小学校低学年の頃の話であって、中学2年にもなった現在ではこうしてたまに夜に電話でおしゃべりをしている。お互いに入学から2年目になり、そろそろ学校や授業にも慣れてきたころなので、苦手な教科の話や友達の恋バナの話とかを夜な夜なしているわけだ。
「最近寒くなってきたよね。そういや、もうすぐマラソン大会の時期じゃない?私、あれ疲れるから苦手だよ~」
「あーあったね、そんな行事。去年も確かこの頃だったっけ」
マラソン大会と言えば学校で開催されるイベントの中でも群を抜いて苦手な人が多いことだろう。かく言う僕もそうである。
「でも沙織ちゃん、めちゃくちゃ足速いじゃん」
「うーん、まあそうだけどさ。足が速くても長距離走るのは疲れるじゃない?」
そう言いつつ沙織ちゃんは少し得意げだった。子供の頃はよく公園でかけっこや鬼ごっこをしたことを覚えている。僕も周りの中では速い方ではあったけれど、沙織ちゃんはその中でも1番速かったんだっけ。
「なんで陸上部に入らなかったの?」
「だって疲れるの嫌だし。それに私が走ることより手芸の方が好きなの、ナオくんもよく知ってるでしょ」
そう言って電話の画面に手作りしたクマのぬいぐるみを映し出す。そのかわいらしい姿はまるで手作りとは思えないほど洗礼された見事な出来栄えであった。
「相変わらず器用だよね。手先が器用で運動もできる、天は二物を与えずとはなんだったのか」
「そんなこと言って、ナオくんも普通に勉強できるし運動も別に苦手じゃないの知ってるんだからね」
お互いに手の内がばれているので何も言い返すことができなかった。
「でもさ、運動だって、昔から沙織ちゃんに勝てたこと1回もなかったよね」
「そうだっけ?ナオくん、優しいからてっきり手を抜いてくれてたんだと思ってたよ」
そのにやけた顔は僕をからかっているのだと一目で分かった。いくら昔の話だからって悔しいものは悔しい。
「じゃあさ、今度のマラソン大会で勝負しようよ。昔の僕とは違うってこと、証明してみせるから」
根拠のない自信で僕はそう答えた。沙織ちゃんも文化部だが、僕も将棋部なので日頃から運動しているタイプではない。
「言ったね~。じゃあ、こうしよう。勝った方が相手になんでも一つ命令できるってことで」
「命令……」
沙織ちゃんの提案を頭の中で考える。だとしたら、言うか迷っていたあのことを言えるチャンスかもしれない。
「……えっちなのはだめだよ」
「そ、そんなこと言うわけないだろ!」
考え事をしていた僕の顔を怪しんだのか、沙織ちゃんが疑いの目でこちらをじと目で見つめる。
「よし、その勝負、受けて立とう」
「言ったからね、負けても知らないよ」
沙織ちゃんは絶対に負けないと確信した表情でそう言った。
「ただし、ルールはこちらで決めさせてもらうよ。そうだな、ゴールした時の順位が良かった方の勝ちでどうだろう」
「いいよー。たしか男女混合だったよね」
「うん、走る距離も同じって聞いたしこれで文句ないでしょ」
「おーけーおーけー。それじゃあ、負けないように秘密の特訓頑張ってね」
沙織ちゃんは相変わらずにやにやしている。でも、そのかわいらしい表情が僕は好きであった。
かくして、絶対に負けられない戦いがここに開かれることとなったのである。
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