第1&2話 神秘

ここは都。流行の先端。大勢の人でにぎわう街。帝が統べる国。私の故郷。

でも見えません、人っ子一人。いつもは町中を駆け巡る音が聞こえるのに。

今日は雨だから?しかし、それ以上の静けさを感じます。でも雨の音だけはしっかり聞こえる。騒がしい。煩わしい。時に雨は心の虚空を満たしてくれます。癒してくれます。でも騒音にしか聞こえないのは、今私の中に感情があるからでしょう。

それは憎悪?それとも憤怒?どちらにしても負の感情であることに変わりはないのです。喜びの感情はあの日、巫女となった日から消えてしまいました。

悲しいですね。辛いですね。・・・いいえ、これは私の理性に語り掛けているだけでしょう。自身のを勝手に、無意識にそういった感情でとらえることで、私の人間性を肯定したがっているのです。本当は微塵も思っていないのに、そんな感情。

本当は喜んでいるんだと思います。今の、この瞬間の、眼前の光景に。

私は今どんな顔をしているのでしょう。見てはいけない気がしました。なぜか、見るなと誰かが囁いているようでした。本で読んだことがあります。深層意識というのでしょうか。違ったかな。あれれ、苦しいです。呼吸が・・・できない。意識が飛びそうです。おかしい。おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい。心臓が高鳴る音、雨よりも強く聞こえる。呼吸が間に合わない。頭が・・・・・・意識が遠くなる。なぜ?なぜ?私は正しいと思ったことをしたのに。誰もが立派だとほめられることをしたのに。


――――父を殺したのは、間違ってないのに。


ガタッという音がした。その音に釣られて振り返る。我に返る。また雨の音が強くなる。部屋の襖が開いた音だった。そこには見覚えのある人物がいた、ように見えた。特別視力が悪いわけでもない。それなのに見えなかった。次の瞬間、私は軽蔑という名の悪寒を背筋に感じ、足の力が抜け、心臓を抉り取られるような感覚を味わい、また呼吸が荒くなる。


動けません。逃げなければいけないのに。走って逃げなければ。でも、なぜ?

私は正しいことをしたのでしょう?誰もが褒め称えることをしたのでしょう?

ならなぜ逃げるの?確信がありました。この人間に殺される。。理由は分からない。何かを考えられる状態ではないから。

だから。今できることは。逃げることだけだった。




「雨、やまないねぇ。こんなに雨が続くんじゃ傘買い直さないとだめだなぁ」


団子屋の外にある長椅子に腰かけながら、みたらし団子を頬張り独り言を告げる。

屋根が大きいので外にいて雨がかかることはない。一人空を見つめる。

まったく止みそうにない・・・・・・。


「傘買う金があるなら、ウチのツケ払っていきなよー、鏡子」

「えーいや、でもさぁ、この前店の窮地を救ったじゃない?あれでチャラってことにしてよー。ね?ね?」

「たまたま、あんたのが役に立っただけでしょ。それにツケ払いきるにはあと2、3回は救ってもらわないと割に合わないわよ!」


ちょっと切れ気味だった。


「あはは、怒んないでよ、大依おおよりちゃん。せっかくの美しい顔が――」


道化のように微笑み右手を彼女の頬に当て、顔を近づけようとすると―――

鏡子の鼻を右手でつまんだ。


「――だひなひらよ(台無しだよ)」

「なんて言ってるかわかんないわよー。お調子に乗らないの」


そういって大依は鏡子の鼻をつまんで手を離すと人差し指を鏡子の唇に当てて笑った。感情豊かさが裏表のない表情が鏡子の眼に勢いよく映る。


少し男勝りな女の子で、気が強い。だが、美しい顔立ちから誰をも魅せるその表情が彼女の高貴さを漂わせる大依姫香おおよりひめか。大きな瞳に曇りは無く、肌のきめ細かさや着物をたすき掛けで縛ることで見える美しい腕は、気の強さを包容力と錯覚するほどの魔性を秘めている。


同じ女で、こうも違うか!

まぁ、可愛いからいいけど。


仕事に戻る大依の後姿を見送りながら、元の長椅子に座る。

日に照らされる麦穂のような髪色、滑らかに下りてゆく髪は歩くたびに首元をちらつかせる。綺麗な容姿に美しい名前、親はきっと名付け冥利に尽きるだろう。

しかし、彼女は自分の名が好きではないようだ。姫という字がついていることにが少々照れ臭いらしい。

私のことは名字で呼べ、とうるさい。もう7年の付き合いなのに中々のいけず。よく考えたら、さっきは褒めたけど親も結構思い切ったよなぁ。


などと現を抜かしつつ、片目にかかった長く漆黒の髪を左手でかき上げ、払う。

自身の妖艶さを棚に上げ、平凡を並べる。そして写美鏡子うつみきょうこはまた、空を見上げる。




翌日、天気は曇り。鏡子は自分の店の開店を始めていた。店と言っても露店で占いをするだけの仕事というよりは趣味。今日は都を巡るように流れる川に掛けられた大きな橋の近くを拠点とした。ここでは多くの人が往来するので、邪魔になってるかもしれないという精神的不安を感じながらも、携帯机を置き椅子に座る。机の上に小さな座布団を敷き、さらにその上に水晶をのせる。そうしていつものように町行く美少女に声をかけて占っている。

勿論、老若男女分け隔てなく迷える人々に道標を授けていますとも!この神々しいまでの水晶を使って!

祖母から譲り受けた超が付くほどの高級品。国一つ買えちゃうかも。そんな大そうなものだからか、神のご加護なのか、唯でさえ当たる占いがこの水晶に変えてから外したことはない。9割5分くらいの確率だと思う。10割は無いにしても十分すぎるよなぁ。でも本気出したらギリギリまで攻められるかも。


やっぱりこの水晶は神様の恩恵を授かっているに違いない!あとで名前つけよう。

この水晶をもらい受けてから、まだ一ヶ月も経っていなかった。


昼までにお爺ちゃん、お婆ちゃん、不倫がバレて逃げている婦人を占い、とても平和だったが午後からは天気のせいか余計に客足が途絶えてしまった。


これは自慢ではないが、いや大切なことなので二回言おう。これは本当に自慢ではないのだが、実は私はこの都ではかなり有名な占い師なのだ。きっかけとしては和菓子屋さんの次なる新商品を占ったら大繁盛してしまったのが事の発端である。

だから私は決まった場所に露店を出さない。ひとつの場所に固執するとたちまちち行列ができてしまうからだ。


だから私は気まぐれに始めて、気まぐれに終える。そんな毎日―――――だと生活費はもちろん宿代も払えないので、たまーに、お城で神官として働いています。実は国家公務員。私偉い!


時は夕刻。雲の晴れた日は美しい夕焼けが見られるのだが、生憎曇りのままのようだ。少し寒気がする。私は紺色の着物の上に黒い桜小紋の羽織を着こむ。すると袴に白い粒を見つけた。


「おや、また雪か」


ここ最近では珍しい粉雪だった。いつもはすごい吹雪なんだけど。


「というか、昨日は雨で今日は雪って生まれて初めてかも」


そう呟いて数十分、頭に雪が積もってきた。


「へぁ・・・へっくち!」


勢いで頭の雪が落ちる。我ながら可愛いくしゃみをしてしまったと思いながら、鼻をすすり、今日は店仕舞いにするかな、と水晶を片付けようとしたそのとき、一人の少女が橋を渡ってくるのが見えた。今ちょうど橋の真ん中、これからこっちに向かって歩き出してくると認識した時点で、私はその少女の異様さを目の当たりにしていた。少女の一歩はあまりに覇気がなく、弱々しい印象だった。


白装束に腰までまっすぐ伸びた銀の長い髪。これだけ別世界の住人であることを十分に悟れたが、私の脳裏に色濃く焼き付けられたのは彼女の青き眼だった。見た者に重圧すら与える光を失った虚ろな目。恐らく歳は14、15あたりだろうが、近づくほど伝わってくる高潔さは、神官として城で帝を拝謁したときに全く湧かなかった敬意のようなものが、私の彼女への第一声を阻もうとしてくる。仕方なく考えるのをやめ、空っぽの頭で私は声をかけた。


「そ、そそそそこのお嬢さーん!おおお、お姉さんとおおおちゃおちゃ、お茶しなーい?」


お茶どころか、家に帰りたくなった。むしろ、土に還りたくなった。

私の19年という生涯は恥多きものでした。おとうさん、おかあさん、私は今、絶賛不審者です。ごめんなさい。悪気は無かったんです。

懺悔とともにその場で膝から崩れ落ち、両手を粉雪に包まれた地面に容赦なく叩きつけた。

心にとてつもない風穴が空いた気がした。もう埋まらいかも・・・・・・。

自分の不甲斐なさに打ちひしがれ地面を見つめていると、私の右手にほのかな温かさが伝わり、囁いた。


「だいじょうぶ?」


とても高く耳を優しく突き抜けるような透き通った声のした方、真上へと顔を上げる。目の前に写ったのは蒼白の少女。

さっき軟派したお嬢さんだった。


「うん、大丈夫だよ。ありがとうね。お姉さん助かっちゃったよ」

「え・・・わたし、なにも・・・して、ないよ?」

「そんなことないよ!手を握ってくれたでしょ?本当に嬉しかったんだよー。お姉さんの心は息を吹き返しました!」


さっきの非行を思い出しそうになったが、頭を思いっきり横に振り、邪念を吹き飛ばす。ありがとうの言葉を少女の両手を握りながらもう一度告げると、冷えきったその体に驚いてしまった。


「つめたっ!!・・・ちょっ、寒くないの!?ヤバいってなんかあったかくなるものは・・・あああっ!もう!占い道具しかないよー!!私の役立たずー!

ん。あ、そうだ。これでいいじゃん」


さっと羽織を脱ぎ、少女の肩にかけ、頭を撫でると少しだけ笑ってくれたような気がした。


「じゃ、激熱のお茶を飲みに行くとしますか、さぁのりたまえ。おぶってくよー」

「でも・・・・・・」

「いいのいいの。気にしないで。それに裸足じゃ寒いっしょ」


半ば強引に少女を背負い、私は行きつけの団子屋に向かうのであった。



「あ、あんたまさか・・・」

『団子屋あきの』に到着し、大依ちゃんは私を見つけるや否や青ざめていた。


「おい、おい大依ちゃん。待て、待つんだ。勘違いしてるって――――

うわぁあああああ!やめて!使用済みの竹串なげないでぇ!!」

「うっさい!誘拐犯に食べさせる団子はないわよ!!」


不審者から誘拐犯へ転職させられてしまった。

何とか事情を説明し、誤解を解いてもらったが私はいつもどんな風にみられているのだろうか。人間として映っているとは思うけど。相互理解はやはり難しいね。

店の奥の御座で毛布にくるまれた少女は熱々のお茶が入った湯飲みを両手で持ち、冷えきっていた手を温めている。心なしか頬も色味を取り戻しているように感じた。


「ゆっくりしていってね、お団子もあるから。えーと・・・お名前は何て言うのかな。あたしは大依姫香っていうの。よろしくね!」


子供の相手はやっぱり大依ちゃんに任せて正解かな。

じっとお茶を見つめている少女。雪の中で見たあの表情は、室内で蝋燭の火に照らされてもどこか儚げな様子だった。・・・ん?あ、茶柱立ってる。もしかしてそれ見てたのかなぁ?って、あら倒れちゃった。

少女のどこか重たげな眼、先ほど私を心配してくれた目とは違う。


「さゆき」

「そっか、さゆきちゃんかー。かわいいねぇ。お姉さんはねぇ――――ゴフッ」


両指をそわそわさせながら今にも抱き着こうとしそうな鏡子を大依ちゃんが肘で沈黙させる。


「この女の人は最近危険度が高まってるから、近寄っちゃだめよ」


大依ちゃんはさゆきの隣に座りなおす。

まぁ勿論、迷子なわけだし、お約束の質問が交わされる。


「さゆりちゃん、一人で歩いていたみたいだけど誰かと一緒じゃなかった?」

「うん」

「お父さんとお母さんは?」

「いるよ」

「どこにいるのかな」

「わからない」

「お家がどの辺にあるかわかるかな?」

「高いとこ」

「えっと、二階建てなのかな。もうちょっと・・・その周りに何か特徴的な建物とか、目印とかって――――」

「そら」


最後だけかなりはっきりと答えた。

子供の扱いが得意な大依ちゃんが手を焼いて、あたふたする姿を微笑ましい限りと穏やかな気持ちで見ていると、涙目の大依ちゃんがこっちを見てくる。

いいでしょう、いいでしょう。そんなにかわいい顔で無言の助けを求められちゃあ、萌えますとも。大依ちゃんの頭を撫で今度は鏡子が隣に座る。


「さゆきちゃん。好きなものとかある?」

「ないよ」

「本当?そんなことないと思うよ。人は誰しも好きなものが一個くらいあるもんさ。今ないと思ったのは、心の中に好きって気持ちを隠しちゃってるのかもね」

「かくしちゃうのに・・・すきなの?」


ここに来て初めて彼女の心からの問いを投げかけた。


「そうさ、どんなに好きだってたまには距離を置いてみたくなるものさ。でもそうしてるときは、好きって気持ちを確かめている最中なのかもね。私だってあるよ。

例えばお姉さんの場合は、っと――――」


優しく言い聞かせながら私は私のを鞄から取り出す。


「私が一番好きなものだよ、お婆ちゃんから譲り受けた水晶なんだ。綺麗でしょ!

名前はまだない(ドヤァ)」

「わあ・・・」


あまりの透明度のため目を凝らさなければ認知できない程の水晶。店の灯かりが反射してわずかに輝く。


「私は占いが好きなの。でも最初は占うことすらできなくて、落ち込んで、占いなんて二度とやらないぞーって思ったこともあったけど。それでもお母さんが占いで人助けしているのを見て、また好きになった。まるで恋人みたいにね」


「じゃ、あ、わたしも・・・・・・」

「忘れられない何かがあるならきっとそうかも。さゆきちゃん、私の手に右手を重ねて」


そう言って鏡子はさゆきの前に自身の左手を差し出す。さゆきの手がゆっくりと少し不安げに伸ばされる。その手を優しく包んだ。すると鏡子は右手を水晶のそばに近づけ、目を閉じた。

水晶が青白い光を放ち、たちまち店の中の灯をかき消すように広がってゆく。


「水晶よ、汝は我が宝物なれば。その意は我が裁定のもとに。起きろ、心を灯せ」

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時に白は鮮明に謳う 律水 信音 @onakahetta

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